55 すってんころりん




ブラックを無視することにかけては、私の右に出るものはいないだろう。なんせ1年生から4年生になるまでの3年間、私はブラックとまともに会話をせずに生きてきたのだから。"ブラックを無視する選手権"があれば、間違いなく私は1番だ。
――つまり何が言いたいかと言うと、ブラックを無視する生活に戻るのは私にとって簡単なことだった。




「やだナマエ、まだ起きていたの?」

夜の見回りを終えて戻って来たリリーに声をかけられ、そこで初めて時計の針がすでにてっぺんを回っていることに気が付いた。

「そのへんにしてもう寝たら?ここのところずっと遅くまで勉強してるじゃない」
「うん、このページの復習したらもう寝るね」

リリーの言う通り、私は最近夜遅くまで部屋に引き篭って勉強に明け暮れる毎日を過ごしていた。そうすればそもそもブラックに会うこともないし、何よりあのトロール級のバカに勉強面でバカにされるのはもっと悔しかったので、必死に勉強していたのだ。おかげで2月になる頃には、提出する宿題の評価でE(良)や調子が良い時なんかはO(優)まで取れるようになっていた。A(可)の評価で喜んでいた昔の自分では到底考えられないことだ。
私は『秘密保持法』の章の"秘密保護法の違反と再発防止対策について"の最後のひと文をレポートに書き写すと、分厚い魔法史の教科書をバタンと閉じた。魔法史の複雑な年号を覚えるのも、すっかり板に付いてきた。もうビンズ先生の悪夢を見ることも無いだろう。一際大きな欠伸をして、私はベッドに潜り込んだ。





次の日の朝、談話室の掲示板にホグズミード行きが来週末に決定したというお知らせが張り出されていた。

「ナマエはどうする?」
「え?何が?」
「もう、聞いてなかったの?次のホグズミード!ナマエも行くでしょ?」
「うーん、私、行かない……」

大広間でマーニーがわざとらしいくらいに大きな声で「えーっ!」と叫んだ。

「皆でマダム・パディフットの喫茶店へ行ってバレンタイン限定メニューを食べようって言ったじゃない!」
「そうだっけ?でも……私、勉強したいの」
「いつからあなたはそんなガリ勉ちゃんになっちゃったわけ?」

マーニーは近くを飛ぶメンフクロウに警戒しながら顔を顰めた。まるで裏切り者とでも言いたげな表情である。それもそのはず、同室で、いや、グリフィンドールの5年生の中で私に並んで勉強が苦手なのは彼女ぐらいなのだ。

「ガリ勉じゃなくてもO.W.L.試験に向けて勉強するのは普通のことじゃない?なんならマーニー、あなたも本来ならホグズミードなんて行かないでナマエみたいにしっかり勉強するべき――」
「分かってる、分かってるわ!なによもうリリーまで」

助け舟を出してくれたリリーをチラッと見遣ると、リリーが小さくウインクした。おかげでマーニーはすっかり怒ってしまったが。私はそんなマーニーを宥めるように「勉強だけじゃなくて、会いたくない奴がいるから行かないだけだよ」と苦笑いしながら言えば、今度はまた私を非難するような表情に変わった。

「まだそんなこと言ってるわけ?これで何回目の喧嘩よ?」
「今回の無視は最長記録じゃない?」
「いーや、去年も長いこと無視してたわ」
「なんならナマエは1年生から4年生までずっと口を利いてなかったんだから、こんなの序の口よ」

あーでもないこーでもないと、マーニーと一緒になってキャシーやアリシャまで好き勝手言い始めた。最終的に「こんなにお互いに(悪い意味で)意識し合ってるのは、寧ろ何かあるに違いない」という話で盛り上がっていて、呆れ果てた私はリリーと目を合わせて肩を竦めた。

「はいはい、皆さん何とでも言ってください。じゃあ私はあいつが来る前にもう戻るから!」

1限目は魔法薬学だ。私は尚もあることないこと好き勝手言っているマーニー達を置いて、談話室に戻った。




「解毒剤が出来上がったらフラスコを私の机に提出するように」

魔法薬学の授業でスラグホーン先生が赤ら顔をくしゃくしゃにしながら朗らかに言った。一斉に皆が黙々と作業に取り掛かり、教室に瞬く間に湯気と薬品の独特なにおいが立ち込める。
私も教科書と黒板に書かれたスラグホーン先生の要点を何度も確認しながらなんとかかんとか慎重に調合し、出来上がった混乱薬の解毒剤をフラスコに詰めた。私にしては上出来だ。
一番後ろの一番端っこの机からスラグホーン先生の教卓まで、かなりの距離を人の間を縫いながら進む。一番後ろの一番端っこの席を選ぶのは、ブラックが視界に入らないようにする為だ。あいつが視界に入るだけで腹立たしくなって授業に集中出来なくなるし、それはきっとあいつも同じだろう。お互いの視界に入らないようにする、それが私達には良い距離感なのだ。

丁度教室の真ん中まで来た時、視界の端でブラックがスネイプにまたちょっかいを出しているのが見えた。あーあ、やだやだ、バカが視界に入った。またあんなことして……そう思った瞬間、スネイプがよろけて、隣のスリザリンの女の子にぶつかった。ぶつかった拍子にその子がフラスコに詰めようとした鍋が盛大に床に溢れ出し、あ、と思った瞬間に私はドロドロの解毒剤で足を滑らせ、そのまま勢い良く後ろにすっ転び、そこで意識を手放した。





***




私が目を覚ましたのは、次の日のお昼頃だった。

「ナマエ!良かった、目が覚めた?」
「あれ?私……」
「魔法薬学の授業中に机に頭をぶつけて脳しんとうで倒れたのよ、覚えてない?」

心配顔でそう話すリリーを、ぼーっと見つめる。
そうか、あれから私、気を失っていたんだ。
リリーの他にも、同室のマーニーやアリシャ、キャシーまでお見舞いに来ていたようで、3人とも私を取り囲んでまるで今にも死んでしまう患者の最期の言葉を聞く時のような表情で私のことを見ていた。

「授業――あ、私も授業受けないと、ついていけなくなっちゃう、それに宿題も――」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ!あと2、3日はここで安静にってマダム・ポンフリーも仰っていたし」
「でも――」
「授業で出たところも宿題も全部私が教えてあげるから、今は療養することだけ考えてちょうだい」
「リリーの言う通りよ。勉強なんてさせたら、私達が殺されちゃうもの」

「早く良くなってね」と言いながら、キャシーが蛙チョコレートをドッサリと枕元のサイドテーブルに置いた。

ああ、最近試験に向けての勉強も順調だったというのに、なんだかすっかり出鼻をくじかれた気分だ。
そうこうしているうちに昼休み終了のチャイムが鳴り響き、まだぼーっとする頭を抱えて意気消沈している私を尻目にマダム・ポンフリーに半分追い出されるような形で4人は医務室から出て行ってしまった。







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