52 クリスマスパーティー
クリスマス休暇も目前に迫り、ホグワーツの内装もすっかりクリスマス一色に染まっていた。
しょっちゅうヤドリギの下でイチャつくカップルを目撃したし、ポッターやブラックの後ろに女の子がゾロゾロと着いて回っているのを見た。隙あらば、ヤドリギの下でキスをしてもらえるのではと期待しているようだ。
木曜日の朝、リリーやマーニー達と朝食を取っているとフクロウ達が次々と大広間に現れた。5年生にもなれば、もうすっかり見慣れた光景だ。しかしいつもと違うのは、今日は私とリリー宛に配達があった事だった。
大広間を飛び交うフクロウの中でも一際大きなワシミミズクが2羽、いやに丁寧に梱包された箱を爪にひっかけて私とリリーの元へ一直線にやって来た。2羽は私達がトーストやらかぼちゃジュースやらをどかしてテーブルを空けるのを確認すると、私とリリーそれぞれの目の前に箱をボトッと落としてまた飛び立って行った。
箱の送り名は"グラドラグス魔法ファッション店"となっている。
「わぁ!これってもしかして……」
「ふふ、明日のパーティーに着ていくドレスよ」
「開けて見せて!」
周りにいた女の子達が、私とリリーのドレスを見る為に群がった。
箱を開封しながら皆でキャッキャウフフとしていると、ポッターがわざとらしく私達の近くを通った。それから私とリリーの周りに女の子達が群がっていることにさも初めて気が付いたとでもいうように、「皆そんなに群がって何してるんだい?」と驚いてみせた。
「リリーとナマエがクリスマスパーティーに着ていくドレスを皆で見ているのよ」
私とリリーが黙りしている代わりに、キャシーがポッターにそう答えた。ポッターはキャシーに「へぇ!」と相槌を打ったが、その視線はリリーから外れることは無かった。まるで頑としてもポッターを見ないリリーが今にでもポッターに振り返って、愛想良く返事してくれるのを待っているかのようだった。
「ドレスを買ったところで、それを見せる相手がいないんじゃあ悲惨だよな」
私達の周りに群がる女の子の軍団より頭一つ分背の高いブラックが、ドレスを覗き込んで嫌味ったらしくそう言った。
その時女の子の何人かが明らかに顔を赤らめて縮こまった。
「あら?何か勘違いしているようだから言っておきますけど、ナマエは一緒に行く相手がちゃーんといるわ!」
眉を吊り上げ若干上ずった声でそう言うリリーに、ブラック以上にポッターが「えっ?!」と反応を示した。
「僕、てっきりミョウジは君と一緒に行くのかと思ってた」
「ナマエも私も、ちゃんとパートナーがいるわ」
「それって誰?」
「相手が誰であろうとあなたには一切関係のないことよ、ポッター」
リリーはピシャリと言うと、ドレスの箱を抱えて「寝室に戻るわ」と大広間を出て行ってしまった。リリーを後を追いながら一瞬振り返ると、絶望に満ちた顔のポッターと、何だかイラついているような表情のブラックがこちらを見ながら立ちすくんでいた。
◇◇◇
金曜の最後の授業を終えて、残すはスラグホーン先生のパーティーだけとなった。それが終われば、明日から私達はクリスマス休暇を迎える。
夕食もそこそこに、私とリリーは寝室でパーティーへ向かう準備をしていた。
「リリーもナマエも髪の毛が羨ましいくらいにツヤツヤだわ」
そう言いながら、手先の器用なキャシーが私とリリーの髪の毛を私には到底真似出来そうにもないような形に綺麗にまとめてくれた。私もリリーも「わぁ!凄い!」と言いながらしきりに鏡で何度も髪型を確認した。
それから皆に教えてもらいながら初めて化粧もした。劇的に顔が変わるようなものでは無いが、おかげで心無しか少し顔が華やかになったような気がする。
私とリリーは同室の皆にお礼を言うと、何だかふわふわした気持ちで玄関ホールへ向かった。
緊張もかなりしていたが、それ以上に楽しみが大きい。リリーですら何だか浮かれているように見えた。
談話室を横切った時、明らかにポッターに熱視線を浴びせられているのを感じていたが、リリーも私も頑なに前だけを見てさっさと談話室を後にした。
「髪の毛こんなに素敵にしてもらっちゃって、終わった後ほどくの勿体ないよね」
「そうね。私、このまま寝ちゃおうかしら」
冗談とも本気ともつかない言い方でリリーがそう言うので、私は思わず笑ってしまった。暫くすると、ほとんど同時くらいのタイミングでリリーのパートナーのマーティンと私のパートナーのモーリスが現れた。
「やあ!今日は誘ってくれてありがとう!僕楽しみで今日が待ちきれなかったよ!あ、今日の君、素敵だね!」
モーリスは若干興奮気味にそう言った。最後の褒め言葉は取ってつけたようだ。
リリーと別れを告げ、私はモーリスとスラグホーン先生の部屋へ向かった。
スラグホーン先生の部屋は、魔法でそうしてあるのかすごく広く感じた。沢山の人が談笑する声や、音楽もかかっていて部屋全体が賑やかだ。
スラグホーン先生は私と、それから後からマーティンと入って来たリリーを笑顔で迎え入れた。
「やぁやぁ!よく来てくれたね!さぁ楽しんで行ってくれ!」
先生は既にお酒を飲んで出来上がっているように見えた。顔が真っ赤だ。
モーリスは入った瞬間に部屋を見回して、「あ!」と声を上げた。
「グウェノグ・ジョーンズだ!」
「いた?」
モーリスが指を指す方を見た。グウェノグ・ジョーンズは私達とあまり歳が変わらないように見えた。ちょっと自信家っぽい顔立ちの女性だ。モーリスと私は彼女の元まで一直線で向かった。
そこには私達以外にも先客がいた。彼女の傍らに立つ人物を見て一瞬ギョッとしたが、良く見て違うと気が付いた。――ブラックの弟だ。一瞬シリウス・ブラックがここにいるのかと思ってしまった。
モーリスがグウェノグ・ジョーンズに自己紹介をした後に私が自己紹介をすると、気のせいだろうか、ブラック弟とその横にいたパートナーの女の子がバカにするように笑った気がした。
「これはこれは、レギュラスもナマエも今日はグウェノグがお目当てなのかい?」
どこからともなく現れた赤ら顔のスラグホーン先生が、グウェノグ・ジョーンズの肩に腕を回してそう言った。
「先生、僕が今年シーカーに選ばれたのお忘れですか?」
「忘れてなんかいないよ!例えこの先老いぼれたとしても君みたいな優秀な生徒の事を忘れるものか!」
スラグホーン先生は、ブラック弟がそれはそれは高級な芸術品だとでも言うようなうっとりした目で見た。先生にとって、とっても自慢の生徒のようだ。
グウェノグ・ジョーンズに先生がブラック弟を紹介している横で、物腰も態度も兄の方とは大違いであるブラック弟を感心しながら見ていると、それまで熱心にブラック弟の話をしていた先生の視線がこちらに移った。
「しかしナマエもクィディッチに興味があったとは!」
「いいえ、私は特に……パートナーの彼がホリヘッド・ハーピーズの大ファンで」
「ほっほう!そうだったのか!ああ、レギュラス、紹介が遅れたね。彼女は今日初めて私が誘ったグリフィンドールの生徒でね……」
「ナマエ・ミョウジですよね。勿論知っています。お噂はかねがね」
またしても、意地の悪い顔でブラック弟とパートナーの女の子がニヤッと笑った。先生はそんなことも露知らず、呑気に私の紹介を続けた。
「レギュラスも知っていたか!彼女のあの時の呪文ときたら――あれは何の呪文だったのかね?」
「あ……失神呪文です」
「そう失神呪文!――それの威力ときたらね、図書室の惨状を見れば分かるだろう、君達にも是非見せたかった――兎に角あの時の呪文の威力が凄いもので――」
話を止めてくれそうにないスラグホーン先生の横で、私は俯いていた。先生は悪気もなくあの日の私の失態を皆に言い聞かせ続けている。恥ずかしさで消えてしまいたかった。
先生は私を褒めるつもりで話しているのだろうけど、明らかにバカにするような空気を向かいのブラック弟とパートナーから感じていたのだ。
「先生、私飲み物を取ってきます――モーリス、後でね」
私は逃げるようにその場を後にした。
ずっとスラグホーン先生が私を今回のパーティーに招待してきた理由を疑問に思っていたが、本当にリリーの言う通りあの日の騒動が先生に強く印象を残してしまったからだったのだ。あんなの笑い種だ――先生も早く忘れてくれればいいのに。
私はバタービールとミートパイを取ると部屋の端っこの方でただただぼーっと部屋を見回した。
何名か、マーニー達が話していた魔法界のバンドのメンバーや有名な著者など、見た覚えのある有名人もいた。本当に先生の人脈には驚かされる。リリーの燃えるような赤毛を見付けたが、スラグクラブの誰かと楽しそうに話しているのを見て、邪魔しては悪いと思い声を掛けるのを止めた。
自分はやっぱり場違いなのではないだろうか……来たばかりだけれど、既に談話室に戻りたい気分になっていた。でもせっかく来たのだしせめてお腹だけは満たそうと、料理やら飲み物を沢山お腹に詰め込んだ。
「やだナマエ、あなた一体何を飲んだの?」
「えー?」
飲み物を取りに来たリリーが、私を見て目を丸くしていた。
「喉が渇いたからここにあったやつを適当に……」
「これ、蜂蜜酒よ!お酒よ、お酒」
どうりでさっきから顔が熱いわけだ。リリーは呆れた顔で私を見た。
「ナマエ、もう談話室に戻った方がいいわ」
「あ、でもモーリスが……」
「彼には私から言っておくから。一人で戻れる?」
「オーケーオーケー!」とヘラヘラ笑う私をリリーは心配そうに見ると、それからモーリスを探しに人混みに吸い込まれていった。
私はふわふわした足取りでスラグホーン先生の部屋を出ると、階段の手摺に掴まりながらグリフィンドールの談話室へ戻った。いつもよりとても遠く感じたし、戻るのにいつもの倍以上の時間が掛かった。
太った婦人に何度も聞き返されながらなんとか合言葉を言い(勿論婦人はとても怒って文句を言っていた)、穴をよじ登る。談話室にはほとんど人がいないようだった。明日から休暇だから、皆帰る準備でもしているのだろう。
ふらついた足で寝室に戻る為に談話室を横切ろうとしたが、暖炉の前で爆発スナップをして遊んでいたポッターが私の姿を見てすぐさま飛んで来た。
「やあ、ミョウジ!楽しかったかい?エバンズは……」
「やあ、ポッター!元気?」
ポッターが陽気にそう返した私を見て、ギョッとした顔をした。上から下まで視線を動かしているのが分かる。
「君、お酒でも飲んだの?」
「そうみたい!でも少しね!」
すっかり熱に浮かされて、気分が高揚している為心無しか声も上ずった。ヘラヘラと笑っている私を見て、ポッターは先程のリリーと同じようにやれやれと呆れた顔をしていた。リリーの事を私に聞こうとしていたことすら吹き飛んでしまったようだ。
「随分帰るの早かったんじゃねーか?パートナーに捨てられたか?」
暖炉の前で胡座をかいてポッターが戻るのを待っていたブラックが、いつものように意地の悪い薄ら笑いを浮かべてそう言った。その表情はどこかイラついているようだ。物腰は違ったが、その意地の悪い表情だけはパーティーで会ったブラック弟に瓜二つだった。
同じように床に座っているぺティグリューと、隣のソファで本を読んでいたリーマスが心配そうにこちらを見ていた。
「別に彼はそう言うんじゃ……」
「勘違いしてるみたいだから言っておくけどな、お前は何着たって何したってブスだ」
「なっ……!」
グッと何かが込み上げるのを感じた。先程食べた物も吐き出してしまいそうな気分だ。何だかとても頭がガンガンする。顔が更に熱くなって、そのまま爆発してしまうのではないかと思った。
ブラックを見ていた視界が段々と歪み、いつの間にか自分が泣いていることに気が付いた。こんな奴の言葉で泣きたくなんかなかったのに、一度涙が溢れ出すと止まらなくなってしまった。
「シリウス」
静かに、だけど怒っているような声でリーマスがソファから立ち上がった。ブラックはムッとした顔でリーマスに振り返った。
「……もういい加減、そんな子供みたいな事やめたらどうだ?」
「……何がだよ?」
「君のその態度だよ――僕達が君の気持ちに気付いてないとでも思ってるのかい?」
リーマスが挑むような声でブラックにそう言った。明らかに不穏な空気だ。僅かにピリピリと空気が張り詰めた。前にも、ホグズミードでこんな事があった気がする。ブラックが私のことをブスと呼ぶのを、リーマスが咎めたあの時だ。
私はブラックが今にもリーマスに殴りかかってしまうのではないかと思った――しかしブラックは押し黙ってぐっと堪えると、談話室を飛び出して行ってしまった。ポッターとぺティグリューは困ったような表情を浮かべてその後を追いかけたが、リーマスだけは談話室にただ1人残った。
「今凄い勢いで走って行くブラック達とすれ違ったんだけど何が……――ちょっとナマエ、なんで泣いているの?!」
戻って来たリリーが、私の肩を掴んだ。
「またあいつらね?あいつらにまた何か言われたんでしょう?」
リリーが顔を真っ赤にして怒っている。私は相変わらず泣いていた。せっかく化粧もしたのに、これではきっとぐちゃぐちゃだ。それになんだか無性に眠たくなってきていた。
「わ、私、もう、ね、寝る」
ヒックヒックと泣きながらシャワーも浴びずに寝室に戻ろうとした時、「ナマエ」とリーマスに呼び止められた。
「ナマエに誤解の無いように言っておきたいんだけど、シリウスは……彼は、別に君を傷付けたくてあんな態度取っているわけじゃないんだよ」
そんなわけないだろう、と思う気持ちがあからさまに顔に出てしまったらしい。私の顔を見てリーマスは「そう思うのも無理は無いんだけど」と笑った。
「――シリウスは1年生の頃から、君のことが好きなんだよ、だから……」
「……え?」
――シリウス・ブラックがなんだって?
私の涙はあまりの衝撃に引っ込んだ。リーマスは私をからかっているに違いない。今までの人生を振り返ってみても、ブラックが私にそのような態度を取ったことなんか一度だって無いのだから。
「リーマス、悪いけどそんなはずないよ、あなたの勘違いじゃ――」
「そう思うなら、直接本人に聞いてみるといい」
リーマスはにっこりと笑顔を向けると、「おやすみ、ナマエ」と言った。