45 泣き妖怪・バンシー




談話室でリーマスに別れを告げると、私は真っ直ぐと寝室に向かった。寝室にはまだ誰も戻って来ていなかった。きっとまだリリーやマーニーは楽しく買い物でもしているのだろう。
私はベッドにそのまま沈み込んだ。枕に顔を埋めて深く息を吸い込むと、洗濯したての良い匂いが胸いっぱいに広がる。いつの間にか洗濯されたものに取り替えられたらしい。その匂いにほっとして、同時にずっと堪えていた涙が堰を切って溢れ出した。
自分でも気が付かないうちに、リーマスへの気持ちはこんなに大きくなっていたらしい。私は誰もいないことを良いことに、枕に顔を埋めたまま大きな声で泣き続けた。


どれくらいそうしていただろうか、泣き疲れて眠り込んでいた私は寝室の物音に気が付いて目を覚ました。どうやらリリー達が帰って来たらしい。

「ナマエ先に帰ってたのね!」
「ねーどうだった?話聞かせて!」

寝室に飛び込むや否や、マーニー達が楽しそうにそう尋ねた。背中越しに、沢山の紙袋が擦れる音がする。皆、思う存分買い物出来たようだ。
私は依然枕に突っ伏したまま、「うん、楽しかったよ」とだけ答えた。

「とりあえず夕食に行きましょう、話はそれからよ」
「もう私お腹ペコペコ!」
「やだマーニー、あなたホグズミードで沢山食べてたじゃない」
「それは別腹よ。ほら、ナマエも起きて!」
「……あー、私は大丈夫、お腹空いてないから」
「……何かあったの?」

私の背中にリリーの心配そうな声が降りかかる。ぺちゃくちゃとお喋りしていた声がたちまち止み、寝室が不自然なくらいに静まり返った。

「んーん、何にも!ただ眠いだけだよ」

わざとらしく欠伸して見せれば、リリー以外の同室の3人は納得したらしく、「なんだー!」と笑った。しかしリリーだけは未だ腑に落ちない様子で、マーニー達に「私も後から行くから先に行ってて」と告げた。



「……さて」

リリーは腕を組んでベッド脇に立った。その顔は何だか怒っているようにも見える。私はリリーから隠れるように急いで布団に潜り込んだ。

「眠いだけでそんなに目が赤くなるかしら?――ナマエ、いい加減出てきなさい――ナマエってば!」

リリーが布団を捲ろうとするのを、私は布団の内側から必死に引っ張って抵抗する。暫く引っ張り合っていたが、結局私が根負けして渋々布団から出た。私の顔を見てリリーは溜息をつくと、ベッドの縁に腰を下ろした。

「……何かあったのね?」

私は小さく頷き、視線を落とした。正直、何があったか言いたくなかった。言ったら、また思い出して泣いてしまいそうだったから。
そんな私の気持ちを汲み取ったのか、リリーは私の方へ手を伸ばすと何も言わずにぎゅっと強く抱き締めた。リリーの髪の毛から、ほのかにシャンプーのいい香りがする。私は何も聞かないでいてくれるリリーにただ頭を預けて、結局堪えきれずにまた嗚咽を漏らして泣いた。




「少し落ち着いた?ほら、ハニーデュークスで買って来たお菓子一緒に食べましょう!ナマエの好きな物いっぱい買って来たの!」

ひとしきり泣いた後、リリーがそう言ってハニーデュークスで買ってきたお菓子をベッドに広げてくれた。見事に私の好きな物ばかりだ。
その中からフィフィ・フィズビーを選んで口にほおりこむと、私の身体が風船の様にみるみる空中に浮かび上がった。そしてそのままプカプカと昇って、ベッドの天蓋に頭をぶつけてしまったのを見たリリーがお腹を抱えてそれはそれは笑うので、私もつられて笑った。

程なくしてマーニー達が食事を終えて戻って来たが、泣き腫らした目の私を見て何となく察してくれたのか、私に何があったのか追求することなく一緒にお菓子パーティーに混ざって盛り上げてくれた。
その日は私にとって忘れられない一日になった。






◇◇◇





次の日、鏡を見た私は思わず口から汚い言葉が出そうになるのを寸でのところで堪えた。目が、見た事もないくらいに腫れていたのだ。恐らく昨日泣きすぎたからだろう。とてもじゃないがこんな目で外に出られたものじゃない。今日が日曜日で良かったと心底思った。
しかしながら、無慈悲にも昨日から何も食べていない私のお腹は先程からグーグーと鳴き続けていた。

「ナマエ、昨日も食べなかったんだから、朝は食べないとダメよ」
「そうよ、それにそんなに酷くない………わけではないけど、そんなに気になるんだったら隠しながら行けばいいわ」

同室の女の子達に諭され、私は渋々大広間へ向かった。リリー達の後ろに隠れてなるべく顔を見られないようにローブのフードを目深に被り、下を向きながら歩く。しかしこれがかえって目立ったのか、大広間に着くまでの間も大広間に着いてからもすれ違う人が皆私を振り返った。

更に最悪だったのが、大広間に着いた時にポッター達に声をかけられた事だ。

「エバンズおはよう!」
「誰だよ?そのバンシーみたいなのは」
「ちょっと、ブラック!」

ポッターがリリーに挨拶を無視されているその横で、ブラックがそう言いながらズカズカと近付いて来るのを感じた。俯いて更に深くフードを被る。狭くなった視界にブラックの大きな靴が入り込んだと思った刹那、グイッと下から覗き込む様にブラックの顔が現れた。
私は驚いて思わず後ずさったが、ブラックも覗き込んだ私の顔の酷さに同様に驚いたようで「うわ!」と声を上げた。

「顔までバンシーみたいじゃねぇか!」

ブラックが意地悪な顔でそう言った。その時、ちらっとリーマスを見た。リーマスは席から立ち上がり、心配そうな顔で此方を見ている。私は何だかやるせない気持ちになった。

「……そうだよね、私酷い顔してるよね」

とうとうブラックに言い返す気にもなれず、私は独り言のようにそう呟いた。私の顔がバンシーみたいに酷いのは重々承知だ。なんだったら昨日の私はバンシーになる寸前なのではと言うくらいにずっと泣いていたのだから。
ブラックはそんな私の返答に面食らった顔をして、私を穴が空くほど見つめ返した。どうやら彼は私が怒って言い返してくるとでも思ったらしい。私はブラックやポッター達を無視して、適当に空いている席に座った。

「シリウス、何だかシュンとしているみたい」

隣に座ったマーニーがブラックを見ながらそう言ってクスクスと笑っている。リリーは眉根を寄せながら「当然の報いだわ」とトーストに手を伸ばしながらそう言った。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -