42 デートのお誘い




10月頭のホグズミード行きが差し迫っていた。
相変わらず宿題がてんこ盛りだったが、久々の息抜きに皆が浮き足立っているのを感じた。

「あ、アリシャとノアだ」

中庭をリリーと横切ると、噴水にアリシャとボーイフレンドのノアが腰掛けていた。2人はくっついて、何やらクスクスと楽しそうに笑っている。

「楽しそうだね。いいなー」
「あら?ナマエも次のホグズミードに思い切って誘えばいいじゃない、リーマスの事」

突然飛び出したリーマスの名前に、思わず「え?」とリリーに振り返った。当のリリーは、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「最近体調も良さそうだし、誘ってみたら?」
「む、無理無理!無理だよ!」
「これが私の"一生のお願い"でも?」

「う……」と言葉に詰まった。私は以前、嫌がるリリーを"一生のお願い"を使って無理矢理ポッターとデートさせた前科がある。勿論その結果は言うまでもない。私はあの日のことを酷く後悔しているのだ。
リリーをちらりと見ると、緑の瞳が2つ、私の返事を期待するようにキラキラと輝いている。

「……じゃあ、誘うタイミングがあれば言ってみようかな」
「ナマエ!その意気よー!」

リリーは大喜びで私の肩を組むと、スキップしながら歩き始めた。それから玄関ホールを横切り、私達は2階にある魔法史の教室へ向かう為そのまま階段を駆け上った。

魔法史の授業では、ビンズ先生が相変わらず機械の様な一本調子で『巨人戦争』がもたらした影響についてを長々と話し始めた。

19世紀に巨人が扇動して起こした争いによって巨人と魔法族の関係性はいかなる変化を起こしたか――ビンズ先生の念仏のような声が遠くに聞こえる――
私の意識が別な場所へ引っ張られていく――
リリーは私とリーマスをくっつけようと躍起になっているけれど、自分の方はどうなんだろう……ボーイフレンドを作らないのだろうか……

魔法族と巨人の関係性の変化――ビンズ先生が遠くで説明しているのが聞こえてくる……
リリーとスネイプの関係性……私はもしポッターとスネイプどちらかがリリーと付き合うことになるのならばスネイプの方がいいな、だって助けてもらったりしたし……でも最近リリーはスネイプとめっきり話さなくなった……私が関係を拗らせた……でもスネイプが最近つるんでるあの子達は嫌な奴等だ……でも……でも……――

うつらうつらと意識が遠のいていく――
あれ……――?ビンズ先生は巨人と魔法族の関係性について何ておっしゃっていたっけ……――?
――そこまで考えた時、私はプツリと意識を手放した。



「……ナマエ、ナマエってば!」

肩を激しく揺さぶられ、私はハッと上体を起こした。
辺りを見渡すと、皆が既に教室を出る準備を始めている。そこで初めて、自分が寝てしまったのだと気が付いた。青ざめてリリーを見ればリリーは呆れた顔で肩を竦めた。

「今日の魔法史のレポート、写させてあげる」
「……ごめん、リリー。忙しいのに」
「いいのよ。それに私の宿題写すのなんて久しぶりじゃない?」

リリーは朗らかに笑った。まぁ確かにそうだ。久しぶりにビンズ先生の授業で寝てしまった。
私達は魔法史の教室から出ると、次の変身術の授業へ向かう為そのままマクゴナガル先生の研究室へ向かった。

「いい?ナマエ。リーマスが1人になる時を狙って誘うのよ!」
「でもリーマスが1人になるタイミングってあんまりないよ……」

次の授業が始まるのを廊下で待ちながら、小声で囁く。教室の前の廊下には、私達と同じように授業が始まるのを待つ生徒達が集まり始めていた。

「夜の見回りの時があるじゃない。あの時なら彼1人で私のところに呼びに来るわ」

マクゴナガル先生が教室の扉を開けた。廊下で小声で話していた生徒達の波がゾロゾロと教室の入口に向かって動き出す。リリーは私に向かって悪戯っぽくウインクをした。



◇◇◇



「リリー、そろそろ行こう」

談話室で宿題をしているとリーマスがリリーに声をかけた。すぐさまリリーは私に目配せをする。私は小さく頷くと、意を決してリーマスに話しかけた。

「……あの、リーマス、その前にちょっとだけいいかな……?」
「ナマエ?……いいよ」

リーマスは不思議そうな顔で私を見た。「ここじゃ話しにくいから談話室の外で……」と促すと、リーマスは困惑しながら「オーケー」と従った。

談話室から出ると、途端に静けさが2人を包む。
リーマスを外に連れ出したはいいが、その先の言葉が喉の奥に詰まって、まるで舌が絡まってしまっているみたいだ。私が何か言いたげにしている事に気が付いたリーマスは、私の顔を覗き込んで視線を合わせながら「どうしたの?」と尋ねた。私の心臓が早鐘を打ち始めた。

「……今度のホグズミードって、リーマス、誰かと回る?」
「……え?ホグズミード?……ああ、多分いつも通りジェームズ達と回るけど……」
「……あの、良かったら、一緒に回らない?」



言ってしまった――


答えを聞くのが怖くて、私は廊下に映る自分の影を見つめた。2人の間に、またしても長い沈黙が流れた。どのくらい経っただろうか、程なくしてリーマスが突然「ふふ」と笑い出した。

「シリウスも誰かと回るって言ってたから、ジェームズとピーター、2人きりになっちゃうなぁ」
「……あの、それって」
「勿論いいよ」

私は弾かれたように思い切り顔を上げてリーマスを見た。リーマスは私に向かっていつものように優しく微笑み返した。――まさか、信じられない。

私は「あ、ありがとう!」とだけ言うと、大急ぎで談話室に駆け込んだ。談話室の穴をよじ登るその足は、寒いわけじゃないのにガクガクと震えていた。




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