40 ネズミと女の子




それから数日間は宿題の量にうなされる日々を過ごした。皮肉にも、おかげで占い学の夢日記は驚く程に捗った。
何度かリリーが宿題の手助けを申し出てくれたが、私はその欲になんとか耐え抜き、ここまで自分一人の力で乗り切ることが出来た。





月曜日には、先週提出した宿題が帰ってきた。
大嫌いな『魔法史』は――A(可)だった。恐らく先週の授業のメモの最後がミミズ文字でほぼ判別出来ず、後半を当てずっぽうで書いてしまったからだろう。それでもO.W.L.試験ギリギリ合格のラインで私は思わずにんまりとした。その日の魔法史の授業もなんとか眠さに耐え抜き、授業を最後まで聞き果せた。



「静かに。宿題を返却します――ミス・エバンズ、こちらに来て皆さんに宿題を配って下さい――それからミスター・ぺティグリュー、今から使うネズミを皆に配って――」

次の変身術の授業でマクゴナガル先生が淡々とそう告げると、何故かポッターとブラックが吹き出した。クラス全員が一斉に何故か笑っている2人に振り返った。

「ミスター・ポッター、ミスター・ブラック、何がそんなにおかしいのですか――いいから早くミスター・ぺティグリューからネズミを受け取りなさい」

マクゴナガル先生が少し苛立った声でそう言うと、更に2人は大きく笑い出した。ネズミの箱を抱えたぺティグリューは何やらソワソワとしているし、ブラックとポッターは笑い続けているしで、遂にはマクゴナガル先生が大声を張り上げた。

「笑うのを止めて今すぐネズミを受け取りなさい!――ミスター・ぺティグリュー、モジモジしていないで早く2人にお渡しなさい――授業を妨害した罰として2人は明日から1週間罰則です」

マクゴナガル先生がピシャリと告げ、やっと2人の笑いは治まった。2人のせいで授業が10分もロスしたと、マクゴナガル先生がブツブツと小言を言っている。
宿題を配り終えたリリーが私の隣に着席して小声で「あいつらついに頭おかしくなったんじゃないの?」と訝しげに言うものだから、「元々頭はおかしいよ」と告げるとリリーは肘で私を小突いて堪えるように笑った。

それから私はリリーから渡された宿題を見た。右上に書かれたA(可)の文字を見て、ほっと胸を撫で下ろす。この調子で頑張れば、なんとか落第せずにはいられるだろう。


「……皆さん静かに。今日は配ったネズミを使って『消失呪文』を練習します。この間練習した無脊椎動物のカタツムリを消失させるよりも更に難しくなりますので――時間をロスした分、しっかり"真剣"に練習するように」

マクゴナガル先生は"真剣"の部分をより強調して、ポッターとブラックの方を睨み付けながらそう言った。

隣のリリーは、4、5回目でネズミを消失させることに成功した。一方私は、10回目でやっと消せるようになった。
授業の最後にぺティグリューがまたネズミを回収するのに机を回ると、ブラックが「ピーター、お前もこの箱に入らなくていいのか?」等とぺティグリューに言ってゲラゲラ笑っていたが、マクゴナガル先生は呆れた様子でもう何も言わなかった。




「リーマス、さっきの騒ぎは何だったの?」

昼食の時間、リリーは通りがかったリーマスを引き止めてそう尋ねた。

「ああ、彼等が最近ハマってるジョークで……」

「ネズミが?」と私が言うと、リーマスは眉毛を下げながら頷く。私とリリーは思わず目を合わせた。

「……まぁどちらにしても、リーマス、あなた監督生なんだから注意しないと」
「ああ、そうだよね……ごめん、リリー」

リーマスが申し訳なさそうに目を伏せた。それから「リーマス!」とポッターに呼ばれてしまい、行ってしまった。

「ネズミのジョークって笑えるの?」
「……さあ。あいつらの笑いのセンスを疑うわ」

リリーは呆れた様に目を回した。「そうだね……」と言いながらちらりとポッターの方へ視線を向けると、ポッターがリリーに気付いて欲しそうに熱視線を送っている。それに気が付いたリリーが私に吐き真似をして見せたので、私は飲んでいたかぼちゃジュースを吹き出しそうになった。





◇◇◇



その日の夜、リリーと魔法薬学の宿題に使う本を数冊図書室から持ち出して談話室に戻っていた。
グリフィンドール塔の階段を上りきって右折すると、廊下の突き当たりの太った婦人の肖像画の前に女の子がソワソワした様子で立っていた。グリフィンドールでは見たことがない子だった。

「あの子誰?」

リリーは訝しげな顔をしながら小声で囁いた。
私は「さあ……」と首を傾げたが、廊下の突き当たりまで歩みを進めて顔が判別出来る距離まで来た時、暗闇に浮かび上がったその顔を見てピンときた。
闇の魔術の防衛術の授業で、ブラックとペアを組んでいたレイブンクローの栗毛の女の子だ。彼女は近付いてきた私達の顔を見ると、可愛らしい顔を思い切り顰めた。その事に気が付いたリリーは明らかにムッとして、私の腕を引っ張った。

「レディ、スナー……」
「ちょっと、あなた」

リリーが彼女を無視して婦人に合言葉を言おうとした時、彼女が口を開いた。それに対して、リリーは物申してやると言わんばかりに勢い良くぐりんと彼女の方へ向き直った。

「リリー・エバンズじゃなくて――あなたよ、あなた」
「……え、私?」

「あなた以外に誰がいるの?」と彼女は私を上から下まで舐めまわすように見ながら言った。私は居心地の悪い思いでスカートの裾をしきりに弄りながら「あの、何?」と尋ねた。

「シリウス呼んできてくれない?シリウス・ブラック。あなた知ってるでしょう?」

彼女は腕を組んでそう言った。その表情は気のせいだろうか、心無しか勝ち誇った表情に見える。
それを聞いたリリーが隣で声を上げようとしたので私は咄嗟にリリーを抑え、「いいよ」と答えていた。

「呼んでくるよ。あなたの名前は?」
「パトリシアよ。パトリシア・グリーン」
「分かった。ちょっと待っててね」

私は不満げな顔をしているリリーの手を引いて、太った婦人の肖像画に「レディ、スナーガラフ」と合言葉を言った。婦人は「若いっていいわね」と言いながら、バタンと開いた。




×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -