37 キスの一つや二つ




北へ北へと進む汽車はやがて速度を落とし、それがホグズミード駅へ着いた合図となって汽車内は一気に騒がしくなった。コンパートメントから見える通路は既に我先にと降りようとする人達でごった返している。

「私、1年生達を誘導しに行かないと!ナマエ、すぐ終わるから待ってて!」
「うん、分かった。荷物持って行くねー!」

リリーは慌ててコンパートメントを飛び出すと、群衆を掻き分けるように汽車を降りて行った。マーニー達には悪いからと先に行ってもらい、私も降りる準備を始める。人の波に押されながら何とか汽車を降りると、ハグリッドの「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」という独特の訛りまじりの大きな声と共に湖のボートの方へと先導される1年生の群衆を振り返った。ここからではリリーの姿は見えない。そうこうしているうちに、後ろからゾロゾロと下車する人の群れに押され、いつの間にかホームを出てしまっていた。

蚊の鳴くような声で「あの、すみません……」と人並みを掻き分けて駅に向かって逆行しようとしたが、どうにもこうにも前には進めず、結局諦めて人波に流されるようにとぼとぼと歩き始めた。リリーのことは馬車乗り場で待てばいい。

暗がりの広がる道路に沢山の馬車が乗客を待つように並んでいた。馬車と言っても、肝心の馬は居ないのだが。リリーを探すように後ろを何度も振り返ったが、その姿はまだ見えない。私の横を通り過ぎる人々が、馬車に中々乗り込もうとしない私を見て邪魔だと言わんばかりに顔を顰めた。

突然手に持っていたトランクを引っ張られ、思わず振り返る。するとポッターが、私とリリーのトランクを馬車に積み込もうとしている所だった。

「ちょっと、何してるの?」
「何って荷物を積んであげてるんだよ」
「いいってば、私リリーを待ってるんだから!」

ポッターは「エバンズはどうせ"リーマス"と一緒に来るさ」とにべも無く言うと、はい、と私に向かって手を差し伸べる。心無しか私にはポッターがリーマスの名前を強調しているように聞こえた。
それから私はポッターの後ろの馬車に乗り込んでいるメンバーを一瞥した。案の定ぺティグリューと、そしてブラックが長い脚を組んで偉そうに此方を見ている。その姿に思わず顔を顰めると、ブラックは疎ましそうな表情浮かべて私から顔を背けた。ブラックが乗っているなら尚のことこの馬車には乗りたくない。

「早く乗らないと、ほら後ろ詰まってるから」

私はもう一度後ろを振り向いてリリーを探した。しかしリリーの姿は見えないばかりか、ポッターの言うように私の後ろに並んでいた上級生の女の子2人組が、中々乗り込まない私を焦れったそうに見ている。
私は止むを得ず馬車に乗り込んだ。勿論ポッターの差し出された手は無視だ。ポッターはやり場の無くなった手をヒラヒラさせながらわざとらしく肩を竦めた。

私の後ろに並んでいた上級生の女の子2人組も乗り込み、満員となった馬車は音もなく動き出した。上級生の女の子2人組は、ポッターとブラックと一緒に馬車に乗り込めたことに大層色めき立っている様子だ。良く見ると、2人組のうちの片方は私も知っている人物だった。バーサ・ジョーキンズだ。彼女はゴシップ好きで有名だった。なんだか面倒臭い人と乗り合わせてしまったものだ。

先程からその2人がクスクスと笑いながらポッターとブラックに視線を送っているものだから、私とぺティグリューは居心地の悪い思いで端の方で縮こまってしまった。それを見たポッターは、やれ愉快だと言わんばかりにニヤニヤしている。

「さっき駅のホームでレイブンクローのジェシカとティムがキスしてたの見た?」

上級生の片方の女の子が笑いながら話しかけてきた。そもそもジェシカとティムが誰だか分からなかった私は向かい側に座る3人に助けを求めたが、3人とも「さぁ」という表情だ。

「わ、私その2人が誰だかも分からないし見ていないんです、ごめんなさい……」
「やだ、謝らなくていいのよ」

また更に居心地が悪くなって、私は出来るだけ存在感を消すように縮こまった。もういっそのことそこら辺に落ちてる小石にでもなってしまいたい。上級生の2人はまたクスクス笑いながらそのジェシカとティムの噂話をしている。

「……キス如きが何だってんだよ。そんな一つや二つ誰だってしたことあるだろ。いちいち騒ぐことじゃねーよ」

この状況に痺れを切らしたブラックが、イライラしながらそう言った。その言葉に私は驚いてブラックを見た後、何故だかぺティグリューを見た。そして彼も同じく、目を真ん丸にして私を見ている。きっと私達今同じことを考えているに違いない。ポッターは殊更愉快そうに今日一番の笑みを浮かべていた。ブラックが吠えたことによって、2人組はしゅんとして静かになってしまった。


気まずい空気が流れる中、馬車は羽の生えた2体の猪の象の間を通り過ぎ、あっという間にホグワーツに辿り着いていた。
私はさっさと自分とリリーの荷物を下ろして馬車から降りた。その時、ポッターが意地悪そうな顔で「キスの一つや二つかぁ。君したことあるの?」と言ってきたが、無視してやった。


「リリーごめん、はぐれちゃって……」
「私の方こそ遅くなってごめんなさい」

玄関ホールでリリーとやっと落ち合った。心無しかリリーは疲れているように見える。それから大広間に移動しようとした時、突然悲鳴が起こった。悲鳴が上がった方向に視線を向けると、ピーブスが鎧に入って駄々をこねながら暴れているようだった。きっと、今年も歓迎会に呼ばれていないことに腹を立てているのだろう。
騒ぎを聞きつけ鼻息荒く現れたフィルチに向かって、ピーブスは水風船を投げつけた。見事命中したそれは、フィルチを水浸しにした。それを見て、ピーブスは腹を抱えて笑っている。
その後もピーブスはケタケタとバカ笑いをしながら水風船をそこら中に投げ付けまくり、それに当たった2年生の子は泣き出すわ、濡れた床でひっくり返る人は居るわで大騒ぎだった。最終的に誰が呼び出したのか、血みどろ男爵が現れたことによりやっとその騒ぎは収束したのだ。

「ナマエごめん、私行かないと」
「うん、大広間で待ってるね」

リリーは申し訳無さそうにそう言うと、騒ぎの後片付けに行ってしまった。
これはこれは、本格的に私はリリー離れをしなくてはいけないのではないか。でないとリリーにいらぬ負担を掛けてしまう。私は何だか寂しいような、仄暗い気持ちを抱えて大広間へ向かった。




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