35 期末テスト




学年末試験の前日、私はリリーやリーマスと共に談話室で明日から始まる試験の予習をしていた。
有難いことに、試験の最初の教科は悪夢の原因であった魔法史だ。一番苦手とも言えるこの教科さえ切り抜ければ、あとは多少落ち着いて試験を受けられるはずだ。ビンズ先生の話などほとんど聞いてないに等しいので、大概の生徒が同じ寮の先輩方にテストで何処が出るのかを教えてもらったりしている。

小鬼ゴブリンの反乱は間違いなく出るでしょうね。」

小鬼ゴブリンの反乱、そのワードを聞いただけで顔から血の気が失せるのを自分でも感じた。隣でそれを見ていたリーマスが、忍び笑いをしている。きっと彼も今この瞬間、この間打ち明けた悪夢の話を思い出しているに違いない。しかし不思議なことにほとんど毎晩呪いのように小鬼ゴブリンの反乱についてビンズ先生に聞かされていたというのに、私は反乱者の名前もまともに言えなかった。あんなに睡眠を妨げておきながら酷い話である。夢の中ですら、ビンズ先生の話は何一つ私の脳みそに入ってきてはくれないらしい。
私は教科書と睨めっこしながら、反乱の扇動者や反乱者の名前を頭に叩き入れるようにブツブツと何度も繰り返し続けた。しかし、それを遮るように後ろから大きな声で「フレディ、ローガン、フィービー、アラベア」と適当な名前をつらつらと上げる声が聞こえ、思わず振り向けばブラックがしたり顔で私を見下すように立っていた。

「アシュリーは男女共に使える名前、っと」
「……さっきから何なの?勉強の邪魔しないでくれる?」
「勉強の邪魔?俺はお前がさっきから必死に名前を上げてるからそれに協力してやっただけさ」

「てっきり将来子供に付ける名前でも考えてるのかと思ったよ」とケロリとした顔で宣うブラックの憎たらしい顔に、前みたいに一発拳をお見舞したい気持ちに駆られた。せっかく覚えようとしていた名前も今しがたのやり取りで全部パーだ。

「くれぐれも子供にラグヌックなんて名前付けるんじゃねーぞ」

言われなくても付けないっての。一連のやり取りに堪え兼ねたリリーは隣で魔法史の教科書を机に荒々しく置くと、「勉強の邪魔よ。何処かに行って!」とブラックに憤怒した。

「はいはい。言われなくても行くさ。リーマス来いよ、あの件だ」

ブラックにそう声をかけられたリーマスは、ちらりと私達の顔を見て小さく手を振ると、ブラックと人目を避けるように何やらコソコソと部屋の隅へ行ってしまった。その時小さな声で「俺達ステージ4まで行ったんだぜ」とブラックがリーマスに言ったのを確かに聞いた。

「……ステージ4って何のこと?」
「さあ。どうせゲームの話かくだらない悪戯の話でしょう」

リリーはやれやれと言わんばかりの表情で再び魔法史の教科書を開いた。そう、今は彼等に構っている場合ではないのだ。私ももう一度教科書に書かれた名前と年号を頭に叩き込む為、ブツブツと念仏の様に復唱を始めた。



◇◇◇



その日のテストはまぁまぁの手応えだった。
しかし、あんなに復唱して覚えたと思った小鬼ゴブリンの反逆者の名前の内どうしても一人だけ思い出せなかった為、私は当てつけのようにその欄に「シリウス・ブラック」と名前を書いて満足した。

「終わったよー!リリー!」

試験の教室から出ようとする生徒の列に並びながら、思い切り伸びをしてリリーにそう告げれば、リリーはこちらを見て微笑んだ。やっと試験から解放される。私は嬉しくて浮き足立つ気持ちになっていた。
ルンルンと鼻歌交じりで談話室に戻るとリーマスが笑顔で私達を迎えた。どうやら戻って来るのを待っていてくれたようだ。

「お疲れ、ナマエ、リリー。試験はどうだった?」
「お陰で結構出来たよ、本当ありがとう!」

その私の言葉に、リーマスは安堵の笑みを浮かべる。それから「これで悪夢にうなされなくて済むね」とリーマスが悪戯っぽく言うと、隣でリリーが「何のこと?」とキョトンとしていた。

「そうだ、頑張ったご褒美にこれ、あげるよ」

リーマスは陽だまりのようなニコニコ顔で私に何かを差し出した。不思議に思いながらも手を差し出せば、手のひらにころっと可愛い包装がされた飴が乗せられた。

「わぁ、ありがとうリーマス」

にっこり微笑んで口に頬張れば、甘い味が口の中に広がる。美味しい、そうリーマスに伝えようと口を開きかけた刹那、横隔膜が痙攣する感覚が私を襲った。驚いてひゅっ、と息を吸い込むと、堰を切ったように「ヒック」となんとも間抜けな音が私の口から飛び出した。

「リー、ヒック、マス、ヒックヒック…こ、これ、ヒック」

止まらないしゃっくりに目を白黒させていると、リーマスが「あれ?ゾンコのしゃっくり飴だったみたい!」と悪い顔で笑いながら言うものだから、リリーは信じられないという顔でリーマスを見た。

「リーマス、笑ってないで早くナマエのしゃっくりを止めてあげて!」
「あはは、ごめんごめん、フィニート!」

リーマスが笑いながら私に呪文をかけると、ピタッと私の横隔膜の痙攣が止まった。リリーは相変わらずリーマスに非難するような視線を向けている。当の私は、まさかリーマスに悪戯を仕掛けられるとは思いもしなかった為、怒りよりも先に笑いが込み上げてきた。リーマスがあまりにも普段優しいので、アイツらと仲良しだという事をすっかり忘れてしまっていた。アイツらと仲良しという事は、彼もまた悪戯が好きだという事だ。ただアイツらと違うのは、リーマスがする悪戯はかわいくて笑えるものだという点である。

ふふふ、と思わず笑えば、リーマスもふふふと笑うので、リリーは間に挟まれて何が何やらという表情を浮かべている。

「ごめん。最近試験で気が滅入ってるように見えたから、元気付けたくてさ。びっくりした?」
「本当に、全く、びっくりよ!」

リリーが相変わらず衝撃を受けた表情でわざとらしくそう言うのがさらに面白くて、私はまた笑った。
悩みの種だった試験も終わったし、こうして友達と笑い合える今この瞬間、私は心の底から幸せだと感じた。




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