31 心の溝





あっという間に日々は過ぎ、イースター休暇があと一週間後に迫っていた。イースター休暇が終わればその後は恐怖の学年末試験が待っている。イースター休暇は間違いなく勉強に明け暮れる事になるだろう。しかし今までと違う点は、今年は珍しく勉強を頑張っていた為、イースター休暇で泣く事にならなくて済みそうだという事だ。とは言え、相も変わらず私はリリーに教えてもらいながら勉強をしている。
そしてなにより、私の一番の成長は呪文が以前より正確に当たるようになった事だろう。これに関しては、ブラックが大いに役立ってくれた。
と言うのも、リリーのアドバイスで呪文を当てる対象の物をブラックに脳内変換してみたらどうか?と言われて試してみたところ、七割の呪文が当たるようになったからだ。リーマスが言っていた「私のブラックに対しての呪文は百発百中」説は、あながち間違ってないのかもしれない。呪文を唱えるたびにあいつの顔を思い浮かべなくてはならないのは少し癪だったが、背に腹はかえられまい。

リリーといつも通り図書室へ向かおうとすると、数メートル先に見慣れた猫背の後ろ姿があった。スネイプだ。最近いつも一緒にいる嫌なお友達の姿はなく、一人で俯いて早歩きで歩いている。その姿を改めて見るとやはりどこか人を寄せ付けない雰囲気を纏っており、リリーの幼馴染でなければ私はきっと話す事なんて一生無かっただろう。横にいるリリーをチラリと見やれば、話しかけるか迷っている表情だった。

「おーい!スネイプー!」

見兼ねた私はスネイプに向かって廊下で大声を張り上げた。隣のリリーは「ちょっと!ナマエ!」と少し焦っている様子だ。当のスネイプは、眉根を寄せながら振り向いたが、隣のリリーに気が付くと一瞬にして表情が変わった。それからおずおずとお互い距離を縮め、数ヶ月ぶりに顔を付き合わせた。
久々に見るスネイプの土気色の顔が、ほんの僅かに赤らんでいる。きっとリリーと久しぶりに話せて嬉しいのであろう事が見て取れる。スネイプには話す機会を与えた私に是非感謝をしてもらいたいものだ。
リリーは少し気まずそうに俯きながら「久しぶり……」と呟いた。

「ああ、久しぶり」
「元気だった?少し背が伸びたのね」

その後もなんとも白々しい会話を続ける二人に痺れを切らした私は、「最近いつも一緒にいるお友達は?」と会話に割って入った。

「……ああ、エイブリーのことか?」
「あとマルシベールね」

リリーがピシャリと言った。この二人の名前が出てから、リリーの表情は先程と打って変わって険しい物になっていた。
「彼等は、」と答えようとしたスネイプに、リリーはやや食い気味に「セブ、あなたの友人関係に口を出すつもりはないけど」と会話を続けた。

「私は彼等をあまり良く思っていないわ。あなたが彼等と一緒にいる限り話しかける事はないから」

そう言い切ったリリーに、スネイプは目を見開いている。それから少し苛立った様子で、
「……リリー、君だって、ポッターと仲良くお茶をしていたじゃないか。あんなに嫌っていたのに」
と苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てた。
リリーから「……っ!」と声にならずに息を飲み込む音が聞こえた。そっと隣を見遣れば、顔を真っ赤にして今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。
嗚呼、余計な事をしてしまった。以前の様にまた仲良く一緒に勉強出来ればと思い声を掛けたが、エイブリーの件を名前に出したのが間違いだった。


「違うのスネイプ、あれは私が無理矢理頼み込んでデートをしてもらって……!」
「……もういいの、ナマエ。行こう。勉強する時間が無くなっちゃう」

リリーに腕を引かれながらもすれ違いざまにスネイプを見れば、今にも頭が廊下に着いてしまいそうなくらいに項垂れていた。




◇ ◇ ◇


図書室に着いてからも、私とリリーの間には妙に気まずい空気が流れていた。リリーは何かをぐっと堪える様な表情で、今日勉強する予定だった魔法史の教科書をパラパラと捲っている。

「ねぇリリー、本当に良かったの?……仲直りのチャンスだったのに」

私は独り言のように小さく呟いた。リリーは教科書を捲る手を止め、顔を上げずに目線だけをこちらに向けた。

「ポッターとの事は誤解を解きたかったけど……やっぱり無理よ。エイ……、"彼等"とつるんでるうちは」

リリーはエイブリーと言いかけて、私の後ろにいる姿に気が付き"彼等"と言い直した。不思議に思い後ろを振り向けば、机を何個か挟んだ向こう側に、噂のエイブリーとその他数名のスリザリン生が私達と同じように勉強しているのが見えた。
その時ふとエイブリーと目が合ってしまい、慌てて前に向き直す。見ていたのがバレてしまっただろうか?

「……はぁ、私達のこと何か言っているわ」

さしずめ穢れた血がどうのこうの、だろう。奴等のような過激派なスリザリン生は、口を開けばそれしか言わないのだ。リリーも最初こそは無視をして勉強に集中しようとしていたが、奴等のクスクス笑いがあまりにも止まない為、「ああもう集中できないわ!」と魔法史の分厚い教科書をバタンと閉じた。

「今日は談話室で勉強しようか?」

私の提案に、リリーは「仕方が無いけど、そうしましょう」と渋々勉強道具を片付け始める。
それから全てを抱えて図書室を出ようとした時、エイブリーが「ロコモーター!」と唱えた。
え?とエイブリーを見るよりも早く、通路にあった椅子が動いて私の進行を阻み、私はそれに躓いて盛大に顔面から前のめりで倒れた。
突然の出来事に、私は何が起こったのか分からなかった。私の背後ではスリザリン生が大爆笑をしていて、マダム・ピンスが憤慨している声だけが聞こえる。消え入りそうになりながらも、散らばった道具を拾い上げ、一目散に図書室を飛び出した。







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