27 エメラルドの涙




私とリーマスの間に気まずい空気が流れた。私は「ごめん、そうだよね!」と言いながらバタービールを一気に飲み干した。甘ったるい味が口全体に広がり、気持ち悪い。手の甲で口を拭いながらお店の一角に集まって飲み比べで盛り上がる男子の群れをぼーっと見つめていると、近くにあるお店の扉が開いた。それから入ってくるその人物を確認すれば、なんとリリーとポッターだった。二人は何やら言い争っている。

「聞いてくれリリー、僕は……」
「リリーなんて馴れ馴れしく呼ばないでちょうだい!もう、着いてこないで!!!!」

リリーはお店中に響き渡るような大声を張り上げた。先程まで騒がしかった三本の箒の店内が、一瞬にして静かになった様な気がした。そして沢山の人が二人を見つめる中、お店を見渡して私を見つけたリリーは小さく手招きをすると、それからわざとポッターの肩にぶつかるようにしてお店を出た。

「ごめん、これバタービールのお金!」

私はリーマスに財布から2シックルを取り出して渡すと、荷物をひっつかんでお店から飛び出した。お店を出る前に見たポッターの顔は、まさにこの世の終わりのような、絶望的な表情だった。

お店を出て辺りを見渡すと、数メートル先を赤毛を垂らしながら項垂れるように歩くリリーの姿を見つけた。

「リリー!今日はごめんね、あの、私リリーになんて謝ったら良いのか……」
「いいのよ、ナマエは悪くないわ。私だって何だかんだ言って最初は楽しんでたもの」

リリーはつま先で足元の小さな石を蹴りながら落ち着いた声でそう言った。さっきはあんなにポッターに激怒していたと言うのに、今やこんなに落ち着きながらぽつりぽつりと話すリリーに、私の中で不安が大きく渦巻いていた。それは私が想像している以上に最悪なことが起きそうだという漠然とした予感だった。

「私達、マダム・パディフットのお店に行って二人で紅茶を飲んだの。あの、ナマエが行きたいって言っていたお店よ。そのうち段々ポッターがね、闇の魔術がどうとか、セブがどれだけ悪い奴だとか話始めて……」

リリーが言葉に詰まった。ビー玉のような緑色のその瞳には、大粒の涙が今にも溢れ出しそうに溜まっている。

「何より最悪だったのは、あいつと一緒にいるところをセブに見られてしまったことよ。私、あの時の彼の顔が頭から離れなくて、」

リリーはついに泣き出した。リリーが泣くのを見るのは久しぶりだ。私は本当にとんでもないことをしてしまった。彼女にどう謝れば良いのだろう。わんわんと声を出して泣くリリーに、私は何と声をかければ良いか分からずに狼狽えながら、二人でホグズミード村を後にした。


寝室に戻ってひとしきり泣いて落ち着いたリリーは、赤く腫れ上がった目を擦りながら私がハニーデュークスで買ってきたトフィーを食べた。私もトフィーをつまんで一口齧れば、途端に口の中に甘さが広がって心がほっとするような感覚になる。それから私はリリーにもう一度「ごめんね」と呟いた。

「いいのよ、本当にもう。それに本当に嫌だったらマダム・パディフットの店に行った時点で飛び出せば良かったんだもの」

リリーは二つ目のトフィーに手を伸ばしながら鼻声でそう言った。とは言え、きっかけを作ってしまったのは紛れもなく私だ。拭いきれない罪悪感に支配されながら、「ほらナマエ、もう遅いから寝る準備をしましょう」と言うリリーの声に力なく頷いたのだった。


リリーのポッターに対する風当たりは以前よりも強い物となった。彼の存在を完全に無視するようになり、その度にポッターは今にも死にそうな表情を浮かべていた。そしてそのこともあって、リーマスとあの時の気まずい雰囲気のまま話しかけることが出来なくなっていた。
もう一つの変化は、リリーがスネイプに対してよそよそしい態度を取るようになったことだ。リリーはポッターといるところを目撃されたことが引っかかっているのだと思う。スネイプもリリーのその変化に気付いたのか、二人の間にはどんどん隙間が空いていっているように感じた。

そうしているうちにホグワーツはクリスマス休暇に入ることになり、ホグズミード駅はホグワーツ特急に乗る生徒でごった返した。リリーや同室のマーニー達と共に特急に乗り込んだ私達はコンパートメントでクリスマスプレゼントをどうするかで盛り上がった。

「私はピンズ先生の授業で眠らなくて済む薬が欲しいわ」

同室の女の子達がジョークを飛ばしてクスクスと笑っている時、コンパートメントの扉が突然開いた。驚いて扉を見れば、リーマスが息を荒げて立っている。リーマスは息を整えるように途切れ途切れに「ナマエ、リリー、僕どうしても、休暇前に君達と、話したくてーー」と肩を上下させながら言った。
私とリリーはコンパートメントから少し狭い通路口に出た。リーマスは深呼吸をして息を整えている。
「そんなに探し回らなくても、手紙をくれれば良かったのに。」
そう言いながらリリーを見れば、彼女も困惑した表情でうんうんと頷いた。

「直接話したかったんだ。君達と気まずいままなのはどうしても嫌だったから……」

リーマスは俯いてそう言った。言葉の最後の方は周りの喧騒によってほとんどかき消されてしまいそうなほどの消え入りそうな声だった。
リリーが「ごめんなさい、あなたは関係無いのに、私ったらーー」と少し俯いて言うのに対し、私は「そのことなら私もだよ!」と大きな声を張り上げた。

「ジェームズのことで何かあったなら僕からも謝るよ。ただ僕はーー」

「君達とは今まで通り友達でいたい、ダメかな?」そう言うリーマスは小さな包みを二つ、私達に差し出した。包みを広げれば、リリーには白いビーンズが、私には赤いビーンズが10粒程入っていた。

「わぁ、これ全部マシュマロ味のビーンズ?」
リリーが驚きと嬉しさで顔を紅潮させた。リリーのは前に好きだと言っていたマシュマロ味のビーンズで、私のは恐らくチェリー味のビーンズだろう。百味ビーンズは色々な味が入っているから、同じ物を集めるのはきっと大変だったに違いない。

「ありがとう、手紙、送ってね」
リーマスの目をしっかり見つめてそう言うと、彼はいつもの優しい笑顔で笑い返してくれた。以前まであったリーマスに対しての緊張感は、今ではすっかり私の中から消えていた。リリーを見ると、彼女は私に一瞬ウィンクをして笑った。
「絶対に送るよ。じゃあ僕、そろそろ戻らないと。ジェームズが君達と一緒にいたって知ったらホグワーツ特急から飛び降りかねないからね」
そう悪戯に笑って去って行くリーマスに手を振ってコンパートメントに入る前に、赤色にキラキラ光るビーンズを一粒口に放り込んだ。
一噛みした途端に口の中で広がる味に思わず顔をしかめる。これは間違いなくチェリー味じゃなかった。この土みたいな味、それから後引く生臭さ……

「……ミミズ味だ」

吐きそうになりながらそう言ってリリーを見れば、リリーは目を見開いた後、大爆笑し始めた。なんと惨いことでしょう。確かにミミズ味のビーンズの色とチェリー味のビーンズの色は似ている。リーマスはきっと間違えてしまったのだ。
それから私達はコンパートメントに入り、尚も爆笑し続けるリリーに対して同室の女の子達の「何があったの?」という質問攻めにいちから答えなければならなかった。

こうして私のミミズ味の愉快なクリスマス休暇がスタートした。







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