26 私の名前




ハニーデュークスに着いた私はすぐさまリリーへのお菓子を買い集めた。蛙チョコでしょ、フィフィ・フィズビーでしょ、炭酸入りキャンディーでしょ、あと百味ビーンズも買わなくちゃ。
あれこれとお菓子を抱えながら隣で同じく物色しているリーマスをちらりと見ると、彼もチョコレートのお菓子を大量に買い込んでいる。
一方ブラックは、ハニーデュークスに着くまでは散々「ハニーデュークスへ行っても俺は何も買わないぞ」と言っていたくせに、中に入った途端に「ジェームズに激辛ペッパーとペロペロ酸飴食わせようぜ!」とペティグリューと一緒に目を輝かせて店を歩き回っていた。

それから私達は大量に紙袋を抱えて、三本の箒に向かった。
ブラックは私の数歩前をペティグリューと一緒に闊歩している。その時、すれ違った三年生の女の子の団体がブラックを振り返ってクスクス笑いをしているのを私はすれ違い様に二度見してしまった。

「そんなに意外だった?」
私のその様子を見たリーマスが笑みを浮かべながら聞いてきた。
「意外というか……ルックスはその、確かに良いとは思うけど……」
悔しいけれど、ブラックは初めて会った時から今も変わらずずっとハンサムだ。ただ問題なのは、彼はあまりにも性格に難がありすぎるという点だ。私は一年生のあの時から彼の存在を私の中で遮断してきていた為、彼の何が良くて女の子がきゃあきゃあ言うのかが理解出来なかった。

「かっこよくて、勉強も出来て、ちょっと悪で、こんなの好きにならないわけないだろう?僕が女の子だったらきっと好きになっていると思うもの」
「……そういうものなのかなー」

リーマスの言葉に相槌を打ちながら前方を歩く背の高いブラックの後ろ姿をまじまじと眺めた。ツヤツヤの黒髪が憎らしいリズムで揺れている。うん、だめだ。やっぱり私はこいつの髪の毛が揺れているのを見るだけでなんだか憎らしいと感じてしまうのだから。

三本の箒に着いてお店の端の方にあるテーブルへ向かう間にも、お店にいる沢山の人がちらりと私達(というか多分ブラック)に視線を向けてくるのを感じた。なんだか居心地が悪くなった私は、なるべく顔を下に向けて存在感を消すようにして店の中を横切った。
それから「みんなバタービールでいいよな?」と、ブラックは4人分のバタービールを注文すると、「ワームテール、お前ゾンコで何買った?」と目の前で悪戯グッズの見せ合いっこを始めた。
それをぼんやり眺めながら尚も感じる周りの視線に、私はもしかしたらとんでもない人に喧嘩を吹っかけてしまったのかもしれないと思った。ブラックの斜め後ろに座る女の子達が声を掛けたそうにそわそわしている。きっと今の私はそんな彼女達からしたら羨ましい位置にいるのだろう。私はブラックのことを知らなすぎた。と言うより、知ろうとしなかったのだ。
ただ分かるのは、彼は何故か私のことが気に食わなくて突っかかってくるということと、その割にはこうして何だかんだと言いながら一緒に行動してくれる良く分からない奴だということだ。

「おい何見てんだよブス」

無意識にブラックを見つめていたらしい私に、ブラックは手に持っていた飴(ゾンコに売っているしゃっくり飴)を額に投げつけて来た。さっきの言葉を訂正します、ブラックはやっぱり嫌な奴でした。
私が何くそ!と飴を投げ返そうとしたタイミングで、マダム・ロスメルタがバタービールを器用に4つ運んできた。私達を見て笑っていたペティグリューは、マダム・ロスメルタが来た途端に笑うのを止めて恥ずかしそうに俯いた。

「彼女のことを"ブス"と呼ぶんじゃなくて名前で呼ぶべきだよ、シリウス」

リーマスはバタービールを勢いよく飲むブラックに向かって眉根を寄せながらそう言った。その言葉にブラックはバタービールを飲むのを止めて、それからリーマスと同じような顔をする。ブラックの顔にはバタービールの泡がまだ口髭のように残っており、実に滑稽な姿だ。

「名前で呼ぶのが恥ずかしいのかい?」と更に煽るリーマスに、ブラックは更に苦い顔をした。ブラックの隣に座るペティグリューは一発触発なこの雰囲気に、困惑した表情を浮かべている。勿論私もリーマスが急にこんなことを言い出すものだから、愕然としてしまった。

「いいよ別に、私は……」
「良くないよ。君は自分をもっと大切にするべきだ。」
リーマスは真剣な、どこか少し怒っているような顔で私にそう言った。一方ブラックはなんだか少し納得いかないような顔をしていたが、不意に「おい!」と声を掛けてきた。

「お前、次のグリフィンドールのクィディッチの試合は観に来るのか?」

次の試合は確かスリザリンとの試合だ。きっと勉強会はしないだろう。少し考えてから「うん」と小さく頷いて答えれば、ブラックは「ちゃんと来いよ、バカナマエ。おいピーター、あっちでみんなと飲み比べしに行こうぜ」とペティグリューを連れて店の奥に行ってしまった。
どうやら私はブラックの中で「ブス」から「バカナマエ」に昇格することが出来たらしい。

「……ごめんね、ナマエ。シリウス本当はすごくいい奴なんだ。ただ少し、不器用なだけで……」
"いい奴"と言う点には若干同意しかねるが、私は「そうだね」とリーマスに答えた。きっとリーマスがこうしてブラック達と一緒にいるのも、彼等にそれだけの良さがあるということなんだと思う。ブラック達を信じるのではなく、私は"いい奴だ"と言うリーマスを信じたかった。

「……ジェームズも本当にいい奴だ。それを君や、何よりリリーには一番分かって欲しいんだ」

思いつめるようにそう言うリーマスに、「私もリリーもあなたを信じているから、その言葉も信じるよ」と言えば、「それじゃダメなんだ!僕なんかが言ってるからとか、そういうことは関係ないんだよ」と辛そうに言った。その言葉に思わず目を見開いていた。

時々、リーマスはこういう風に卑屈になる時がある。リリー曰く、「男版・ナマエ」らしい。彼は僕なんか、とよく言う。
でも私は寧ろリーマスはリリーに似ていると思う時があった。優しくて、正義感もあって、あったかい感じがとても似ていると思う。



「……二人、上手くいってるといいね」

ぽつりとリーマスが呟いた。私は「うん」と言いかけて、リーマスのその表情を見て言葉を飲み込んでいた。彼はひどく辛そうな表情を浮かべてバタービールの泡を見つめていた。

「……本当にそう思ってる?」

思わず口をついて出た言葉に、私は口を手で押さえた。何故こんなことを言ってしまったのだろう。リーマスのあの表情を見たからか。リーマスは信じられないという表情を浮かべながら、「当たり前だよナマエ、何を言っているんだい?」と落ち着いた声でそう言った。







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -