10 芽生える感情




私は今とんでもなく困っている。
何故かって?それは私の変身術の教科書があんな高い場所にあるからだ。教科書が一人でに歩くわけもないから、きっと誰かが(犯人は分かっているが)……あそこにちょちょいと置いたに違いない。
生憎、呼び寄せ呪文は習ったばかりで正直成績が良いと言えない私は上手く出来るかどうか不安だ。

「アクシオ!」

狙いを定め全神経を集中し唱えてみたものの、教科書は僅かにぶるぶると震えるだけで私の元に飛んでくる様子はなかった。そんなことをしているうちに授業開始の鐘が鳴り、ますます焦って集中力が削がれていく。
次の授業は変身術で、勿論この教科書を使う。このままではマクゴナガル先生の長い御説教を喰らうことになってしまうだろう。


「どうしたの?」

立ち往生していると不意に声をかけられ振り向く。するとそこには驚くことに、リーマス・ルーピンが立っていた。ルーピンは何故だかとても顔が青白く、具合が悪いように見える。

「……教科書が」

そう言って上の方を遠慮がちに指差せば彼は「あれね、まかせて」と杖を取り出し、「アクシオ」と静かに唱えた。するとたちまち教科書はルーピンに吸い寄せられるように素早い音を立てて降り、ルーピンの手に収まった。

「はい、どうぞ。」
「……ありがとう。」

教科書を受けとるとルーピンは突然クスクスと笑い出した。

「意外と呪文学は苦手なんだね。この間、あのシリウスから杖を奪ったものだからてっきり得意なんだと思っていたんだけど。」

シリウス、という言葉にびくりと肩を一瞬震わせ、恐る恐るルーピンの顔を見る。相変わらず血色の悪い顔で、僅かに微笑んでいた。

「その、あれはたまたまで……」
「それにしても凄いよ、驚いた。ジェームズがあの後シリウスのことからかって大変だったよ。」
「……あの、それで、彼は……」
「ああ、シリウスのこと?」

「……うーん、少し怒っていたかな、でも少しだから安心して」と、苦笑いしながら苦しいフォローをするルーピンを他所に私はまたやってしまったとこれから起こりうる恐怖にうち震えていた。これ以上何か彼の機嫌を損なうようなことをしたならば、私はきっとこの世界とおさらばだろう。
そんな恐怖で青ざめた顔をした私に気が付き、リーマスは元気付けるように「大丈夫だよ、僕からも何とか言ってみるから」と言ってはくれたが、やはりその顔は依然苦笑いである。


「ところでルーピンは何でこんな時間から授業へ向かうの?」
「ちょっと医務室に行っていたんだ。少し具合が悪くてね。」
「そうなんだ、大丈夫?」

「……ああ。……それよりも今はミョウジ、自分の心配をするべきだよ。君も遅刻でしょう?それにしたって教科書を隠すだなんて……最近の彼等はやりすぎだ。何かあったらいつでも相談に乗るから、言ってね。」

変身術への教室に向かいながら隣でそう言ってくれた彼に、私は話をそらされたこともどうでもよくなるくらいに感激し涙が出そうになった。こんなに私を気にかけてくれるなんて、やはりあの時彼を優しい良い人だと思ったのは間違いではなかったのだと、顔色の悪いしかし優しい表情をした彼の横顔を盗み見ながら僅かに芽生えた温かい不思議な気持ちを噛み締めて改めて思ったのだった。




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