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初恋は実らない




4年生の新学期の汽車で、久しぶりにミョウジと半径3メートル以内の距離に近付いた。
嘘のようだが、腹立たしい事にこいつはあれから俺を徹底して避けていたのだ。授業では必ず一番遠い席に座っていたし、談話室に俺がいるとこいつは寝室に逃げ込んだ。そんな態度を3年間も取られたら誰だって腹が立つだろう。
ジェームズはミョウジを見ると、白々しい態度で「あれ?君は確か……」と言った。

「君の初恋の子じゃないか!」

ジェームズがそう耳打ちすると、俺を見てニヤッとした。どうやら俺がポロッと以前言ってしまった事を、こいつは忘れるつもりがないらしい。
「おい、だから違うって言っただろ」とジェームズを睨んだが、より一層茶化すようにニヤニヤ笑うし、何よりこんな距離に近付いても尚此方を無視し続けるミョウジに無性にイラついて、俺はまたしても言ってやった。

「あー思い出した!お前あん時のブスだよな!」

久しぶりにミョウジの目が俺をしっかりと見た。ミョウジの顔は、今やホグワーツ特急よりも真っ赤だった。その目には涙が溜まっている。よし、これは今度こそ泣くな。そう確信した時、徐にミョウジが立ち上がって此方へ近付いた。それから真っ赤な顔で俺を見据える。何だこいつ、急に立ち上がって。そんな事を考えていた刹那、左頬に鈍い痛みが走った。

――な、殴られた?
あまりの衝撃に茫然自失している俺を他所に、ジェームズやリーマス、ピーターまでもが笑い出した。
屈辱だ、女に殴られるなんて――しかもよりによって、この鈍臭いミョウジに。
頭に血が上って、何が何でもこいつに一言言ってやろうと思ったが、ミョウジはエバンズを引っ張って飛び出して言ってしまった。

「初恋が実らないって言うのは本当だったんだなぁ、僕も君も」

笑いすぎて涙を薄っすら浮かべているジェームズが、横でしみじみそう言った。









***










昨日のことで、俺は絶対にミョウジを泣かしてやろうと心に決めた。
朝からジェームズに殴られたことをまたからかわれたので、余計にそう強く決心した。あいつ、今度会ったらただじゃおかねぇ。
しかしその"今度"は、思ったよりも早く訪れた。朝食をとりに談話室を出たところで、コソコソとしているミョウジと出会したのだ。俺らと出会してしまったことに、ひどく動揺して目を真ん丸にしていやがる。あんなことを俺にしておいて、逃げ果せると思うなよ。

「これはこれは、暴力女さんじゃないか!おはよう!今日は一段と素敵な朝だなぁ」

恭しくジェームズがそう言うと、ミョウジは怯えた表情で身構えた。まるで取って食われるとでも言うように。余計それが俺をイライラさせた。

「そうだシリウス、昨日の怪我の調子はどうだい?まだ痛むのか?」
「ああ。本当に最悪だよ」

その瞬間、ミョウジは下を向いた。
よーし、あとひと息だ。

「ブスは性格までブスだからなぁ、救いようがねぇよ」
「ははは、本当にその通りだ」

ジェームズが面白がって俺の言葉に乗っかった。
間違いなくこれでこいつは泣き出すだろう。
そう確信した時、リーマスが「ジェームズ、シリウス、早く行こう」と静かな声で言った。

「折角早起きしたんだから。それに僕もうお腹が空いたよ。ほら早く行こう」

そう言うリーマスの表情は、静かに、でも確かに怒っている様子だった。

「やれやれ、全くリーマスは……」

その表情を見て、流石のジェームズも肩を竦めてリーマスに従った。あーあ、あと少しで泣きそうだったのによ。

俺は最後にミョウジを振り返って睨み付けると、ジェームズの後に続いて階段を下りた。







***







その後何度もミョウジを泣かしてやろうと試みたが、あいつは中々にしぶとかった。
すぐに泣かせられると思っていたのに中々泣かないもんだから、俺もいつの間にか躍起になっていた。

そんな中、魔法薬学の授業でミョウジが珍しくスニベルスやエバンズとペアを組んでいて、おまけに三人まとめて褒められて嬉しそうにしている姿を見て、余計に腹が立った。
おいおい、俺達とは仲良くしないと言いつつ、あのスニベルスとは仲良くするってのかよ。どうかしてるぜ。

授業が終わって教室から出れば、俺をイライラさせる二人が仲良くお喋りしてるしで、俺のイライラゲージはほとんどマックスに達していた。

「大好きな幼なじみのエバンズはどうしたんだ?さっきまで一緒だっただろう?」
「……黙れ」

スニベルスが生意気にも口答えをした。こりゃ分からせてやらねぇといけないみたいだ。

「なんだよその言い方!」

俺はスニベルスに向けて呪文をかけようとした。
何の呪文をかけてやろう、そう一瞬思考した隙に、思いがけないことが起こった。
俺の、俺の杖が弧を描いて吹き飛んだのだ。
一瞬混乱してから、ミョウジが俺に武装解除呪文をかけたのだとやっと理解した。

「いや〜、これは凄い!君なかなかやるね!」

ジェームズが吹き出しそうになるのを堪えながらそう言うと、「なんかもうスニベリー苛める気分じゃないから帰ろうか」と俺の腕を引っ張った。

俺が杖を取られた?ミョウジに?
油断してたとは言え、そんなことあるはずがない。あんな鈍臭いやつに。

「今日は面白いもの見れたなぁ!僕、ミョウジのこと見直しちゃった」

愉快そうにそう言うジェームズに、俺は「もう二度と俺の前であいつの話はするな」と言って睨み付けた。
俺の中で、復讐の炎が燃えたぎった。







***








ジェームズのクィディッチの練習に付き合って夕食に向かう道中、ジェームズが「そう言えば」と思い出したように呟いた。


「多分だけど……どうやら君の初恋のミョウジはリーマスに恋しているみたいだよ。最近なんてお互いのことファーストネームで呼びあったりしちゃってさ――」
「おー、そりゃ有益な情報だ。ありがとな」

皮肉たっぷりに言うと、ジェームズは泥だらけの顔で愉快そうに笑った。
あいつの事なんかどうでもいいと言うのに、ジェームズはしょっちゅう俺をからかう材料としてミョウジの名前を出すのだ。今ではもう面倒なので訂正することも無くなっていた。

「でもあいつの失恋は確定だな。可哀想なこった。リーマスが誰とも付き合うつもりないって言うんじゃあ――」
「いや、分からないよ?リーマスだって本気で好きな人が出来れば気が変わるかもしれないじゃないか」

ジェームズは意味深な笑みを浮かべて俺を見た。

「――だとしたら、俺は女の趣味が悪いって一生リーマスを茶化すね」
「君は辛辣だなぁ」

言葉とは裏腹に、ジェームズの顔はニヤニヤと笑っている。

「……何が言いたいんだよ?」
「いーや、なーんにも!次のホグズミードが楽しみだなぁと思って!」

何を企んでるのやら、ジェームズは泥だらけの頭をクシャクシャとかいて、にっかりと笑った。







***








「シリウス、君が毎回毎回ナマエに突っかかる理由は一体何なんだい?」

ホグズミードからホグワーツに帰る道で、リーマスが少し怒った様子で俺にそう言った。リーマスは最近やたらとあのバカの肩を持ちやがる。

「――理由?リーマス、あいつが俺に何したのか忘れたのかよ」
「僕にはそれを君がいつまでも引きずっているようには見えないけどね」

先程までエバンズと大喧嘩して落ち込んでいたジェームズもこの話題で途端に元気を取り戻したようで、ニヤつきながら「実はね」と会話に混ざってきた。

「シリウスはミョウジのことが1年生の頃から好きなんだよ!だからちょっかいを――」
「おいジェームズ」

リーマスもピーターも、ジェームズの嘘に驚いた顔をしていた。全く、簡単に信じてんじゃねーよ。

「おい、そんなのジェームズの嘘に決まってるだろ――そう言うリーマスはやたらあのバカの肩を持つよな」
「彼女も大切な友人だからだよ。それにシリウス、彼女は"あのバカ"じゃなくて"ナマエ"だ」

リーマスはそれ以上何も言わなかった。
俺とジェームズは互いに目を合わせて、肩を竦めた。



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