初恋のハイライト




 滅茶苦茶に引き裂かれて無惨にもバラバラになってしまったマグル学の教科書を拾い上げて、はぁ、と深くため息をつく。これで今月何度目だろうか?引き裂かれたところで、すぐに魔法で元に戻せるというのに、よくもまぁ飽きずにやるものだ。
嫌がらせのきっかけは、私がスリザリン生なのに選択教科でマグル学を選んだことだった。

「わぁ、派手にやられたね」

どこから現れたのか、不意に頭上から声が掛かった。驚いて顔を上げると、赤毛の男の子の顔がほんの数センチの距離にありまた更に驚いた。私はこの男の子を知っている。

「……ウィリアム・ウィーズリー」

すぐ近くにあるブルーの瞳を見つめながら、思わず私はその名前を口走っていた。
 ウィリアム・ウィーズリー――女の子が皆、彼のことを格好良いと言っているのを良く耳にしていた。同じスリザリン寮のケイティですら、彼を格好良いと言っていたのだから。彼女は男の顔にはうるさいことで有名だ。

「ははは、うん、そうだよ。僕はウィリアム・ウィーズリーだ。皆からはビルって呼ばれてるけど。君は?」
「ナマエ・ミョウジ……」

そう名乗ると、ずいっと目の前にウィーズリーの大きな手が伸びてきた。握手を求められているのだろうと分かっていたが、私はそれを無視して再び散らばった教科書の残骸を集め始めた。このまま無視すれば、きっと私に構うのを止めてくれるだろうと思ったからだ。グリフィンドールの子と仲良くしようなんて思うほど私は落ちぶれてなんかいない。

「僕も手伝うよ」

しかしウィーズリーはめげることなくそう言うと、しゃがみこんで私の紙切れを拾い集め始めた。私はそれをぽかんと口を開けて見た。放っておいて欲しいのに、何故私なんかにこうも構うのだろうか。
 彼の行動に理解が及ばず暫くの間呆けて見ていると、ウィーズリーが急に「よし!」と声を上げながら顔をこちらに向けた。どうやら全部集め終わったようだ。それから彼は徐に杖を取り出すと、教科書をコツコツ叩いて「レパロ」と唱えた。たちまちバラバラだった教科書は、元通りにくっついた。

「わざわざ直してくれなくても、自分で直せるのに」

 眉間に皺を寄せて非難交じりにそう言うと、彼は「あ、そっか、お節介だったかな。つい癖で……」と言いながらへらっと笑って頭をかいた。

「……あなた、変わってるって言われない?スリザリンの私相手に親切にして」
「君がスリザリンなのは知ってるけど……君がスリザリンなことと僕が誰かに親切にすること、何が関係あるのさ?」

ウィーズリーはとぼけた顔でそう言った。

「それに君も変わってるって言われるだろう?"スリザリン"なのにマグル学を選ぶなんて」

わざとらしく"スリザリン"を強調させてウィーズリーはそう言った。その言葉にまた更に眉根を寄せれば、彼は悪気が無いといった様子でにっこり笑った。

「……とりあえずさっきのことはひとまずありがとう。でももう私に関わらないでね」
「何でさ?せっかくだし一緒に授業を受けようよ」

ウィーズリーは人の良さそうな顔でまた笑うと、私の荷物を軽快に奪い取り、夕日のような赤毛を揺らしてさっさとマグル学の教室へ入っていってしまった。




***




 それからと言うもの、ウィーズリーはマグル学の授業の度に私の隣の席に座って話しかけてくるようになっていた。
最初こそ無視していたが、あまりにもしつこいのでマグル学の授業の時だけ相手をすることにした。

 しかしウィーズリーは話しかけるだけでは飽き足らず、自分とデートをすることまで要求するようになった。
それも最初こそ無視していたのだが、やはりあまりにもしつこいので仕方なくデートに付き合うことにした。


 そして卒業も控えた7年生のクリスマス休暇に、遂にウィーズリー家のクリスマスパーティーに招待されたのだ。

「パーティーって言っても、ほんとただご飯を食べるだけさ。僕の家族が皆、君に会いたがってるんだ」
「でもビル、あなた私がスリザリン寮だってことご両親にちゃんと説明したの?」
「何でいちいちそんなこと説明する必要があるのさ?」

ビルは本気で分からないというような顔で私を見つめ返した。最早いつものことだけど、私はわざとらしくため息をついて幼子に言い聞かせるように辛抱強く話した。

「あのね、あなたの家族は皆代々グリフィンドールなのよ?グリフィンドールとスリザリンはずっと敵対しているんだから……」
「僕の家族はそんな理由で君のこと拒絶したりしないよ。心配しないで」

ビルは自信に満ち溢れた表情でそう言うと、「ほら、もうすぐ着くよ」と前方を指差した。その方向には、奇妙にくねくねと曲がったお家があった。
――あそこがビルの育った家……
そう考えると、途端にくねくねと曲がった形も、入り口に立っている傾いた看板すらも不思議と愛おしく思えてくる。

 それからビルに促されるように、私はウィーズリー家に一本足を踏み入れた。

「ただいま!ママ、ナマエを連れて来たよ」
「あらあら、2人とも寒かったでしょう?早く中に入って」

そう言って、小柄で丸っとした女性が笑顔で出迎えてくれた。ビルのママ――モリーだ。途端にすっかり緊張してしまった私は、「は、は、はじめまして、ナマエ・ミョウジです、今日はお招きいただきありがとうございます」としどろもどろに挨拶をした。モリー夫人はそんな私を見てあっはっはと声を上げて笑うと、「そんな緊張しなくていいのよ!」と人の良さそうな笑顔を私に向けた。

 中に入り、ビルの後に着いてキッチンへ向かった。少し狭いキッチンではあるが、あたり一面クリスマスの飾り付けが施されて煌びやかだ。私はビルに並ぶように木の椅子に腰を下ろした。

すると、どこから現れたのかおんなじ顔の赤毛が二人、私の向かいのテーブルにひょっこりと現れた。ビルから双子の弟が居ると聞いていたが、恐らく彼等がそうなのだろう。二人とも、仲良く色違いのセーターを着込んでいた。それぞれお腹の辺りにアルファベットで大きく「G」と「F」と書かれている。
 双子は不躾にも私の顔をまじまじと見つめてきた。あまりにも長いこと見られているので耐えきれず、「はじめまして。何かご用?」と声を掛けた。

「あなたが"噂"のビルの彼女?」
「そうだ、間違いないよ。"噂"の彼女だ」
「……"噂"のかどうかは知らないけど、ビルの彼女のナマエ・ミョウジだよ」

そう言って手を差し出すと、まだ小ささの残る二つの手が私の手を握り返し、ブンブンと振り回した。それから満足したのかぴょんと椅子から飛び降りると、二人は「だから言っただろう?きっと美人だって」「おかしいな、すっごいブスを連れて来ると思ったのに」等と好き勝手に言いながらキッチンを出て行ってしまった。

「……ごめん。僕の弟――フレッドとジョージって言うんだけど――凄く失礼で」
「ううん。気にしてないよ。それに美人だって言ってくれたし」

そうビルに言うと、彼は「そんなの当たり前だろう?」とにんまりと笑った。



 いつの間にかテーブルには熱々で美味しそうな料理達が広がり、匂いに釣られるようにどこからともなくわらわらとビルの弟や妹達が集まってきた。話には聞いていたが、こう全員が揃うと中々圧巻だった。当たり前だが、全員が全員見事に赤毛である。そんな中に赤毛ではない自分がいるのは、側から見てもなんとも奇妙な光景だ。特に一番下の妹――ジニーは、突然現れた異端な存在である私を不審がるような目で見ていた。


「えー、今日はビルの彼女も来てくれているね。名前は確か――」
「ナマエです、ナマエ・ミョウジ」

 ビルのパパ――アーサーにそう答えると、アーサー氏は「そうそう、ナマエ。君も遠慮しないで沢山食べなさい。じゃあ皆、メリークリスマス!」とシャンパンらしきものが入ったグラスを掲げた。その言葉を合図に、その場にいた10人皆が黙々と食事を始めた。

「ナマエ、学校は楽しいかい?」

アーサー氏の問いかけに、私は急いで口の中のパイを飲み込むと、「はい、楽しいです」と返した。

「良かった良かった。学生は楽しむことが一番!……ところで、ビルとはマグル学がきっかけで仲良くなったと聞いたが、将来はマグル学関係の仕事を目指しているのかい?」
「あ、はい。ゆくゆくは……」
「そうかそうか、それは良いことだ!」

アーサー氏はすっかり上機嫌になってグラスの飲み物を一気に飲み干した。それを見たモリー夫人が呆れたように目を回すと、「飲みすぎないで下さいね!」と忠告をした。

「言ったろ?パパはマグルに目がないんだ」

隣のビルがこそっと耳打ちした。

 そのあともアーサー氏のマグルトークは収まることを知らず、4回目にグラスを空にしたタイミングで遂にモリー夫人が「アーサー!!」と大きな声を上げた。

「いい加減にしてちょうだい。もう自分の話ばかりして!本当ごめんなさいね、ナマエ……」
「パパの話、つまんない」

モリー夫人の横で、ジニーがふくれっ面でそう言った。

「ジニー、退屈なら後で爆発スナップして遊ぼうぜ」

テーブルの向こう側から、双子の片方がジニーに向かってそう声をかけた。お腹に「G」と書かれたセーターを着ているので恐らく彼はジョージだろう。
それに対してジニーは「嫌よ。だって二人とも全然手加減してくれないんだもん」と更にふくれた。





 食事の最後にモリー夫人がデザートのミンスパイを振る舞ってくれた。モリー夫人の作る料理はどれも美味しかったが、このミンスパイの美味しさときたら、お店を構えられるくらいだとさえと思った。
 たらふく食べてお腹がはち切れそうになった頃、話題はすっかりビルと私の就職の話へと移行していた。

「ナマエは就職はどうするか決まったのかい?」

すっかり出来上がったアーサー氏が、私にそう訊ねてきた。

「えーっと、マグルに関わる仕事をしたいので、魔法事故惨事部に入りたいと思ってます」
「おお、そうかそうか。せっかくなら私と同じマグル製品不正使用取締局にでも入ってくれたらこの上なく嬉しいんだが……」
「もうアーサーったら」

モリー夫人がまたしても呆れたように目を回した。

「マグル製品不正使用取締局に入ることも私自信一度考えたことはありますが、フラグホーン先生が魔法事故惨事部を勧めて下さって……」
「……ん?私の聞き間違いかな?今ナマエは何先生と言ったんだい?」
「スラグホーン先生だよ、パパ。彼女はスリザリン寮生なんだ」

慎重にそう訊ねてきたアーサー氏に、私が答えるより先にビルがぴしゃりと言ってのけた。

 ウィーズリー家の時間が一瞬止まったように感じた。しかし時計の秒針を刻む音は絶えず聞こえてきていて、止まってしまったのは、私とビル、それからごく一部の兄弟(チャーリーとパーシー)以外の人達の時間だった。あんなに賑やかだったウィーズリー家は、途端に水を打ったように静まり返っていた。
言わんこっちゃないと非難するようにビルを見たが、彼は尚も毅然とした態度で黙っていた。あくまでも沈黙を打ち破るつもりは無いらしい。

 この沈黙を最初に打ち破ったのは、アーサー氏だった。

「……いや、まさかナマエがスリザリン寮生だったなんて――マグル学を受けていると聞いていたからてっきりビルと同じグリフィンドール寮生なのだとばかり――」

アーサー氏は気まずさを誤魔化すように笑みを浮かべる。隣のモリー夫人も同じだった。

「変なの!」

恐らく二個目と思われるミンスパイを頬張りながら、テーブルの向こう側の「F」と書かれたセーターを着ているフレッドが声を上げた。それに対してビルが嗜めるように「フレッド、失礼だぞ」と声をかける。しかし今までも散々「変な奴だ」と言われ続けていじめられてきた私は、もう変だと言われることにもすっかり慣れてしまっていたので、「別に気にしてないよ」とビルに答えた。

「いや、フレッド、本当に失礼だぞ――確かにマグル学を選択するスリザリン寮生は珍しいが、別に変なことじゃない、私は素晴らしい選択だと思う――……ところでビル、お前は卒業後どうするんだ?」

場の空気を変えるように、アーサー氏が話題をビルに振った。

「僕?……僕は――まだ決め兼ねてる」
「そろそろ決めた方がいいんじゃないか?春には進路指導もあるんだし――」
「うん、分かってるさ。慎重に決めたいんだ……それに」

ビルの言葉がそこで途切れ、視線が私の方へ向かった。――一体、何を言おうとしているのだろう?

「僕、ゆくゆくはナマエと結婚したいと思ってる」

えっ、と声と共にまたしてもウィーズリー家の時が止まった。しかし今回はウィーズリー家だけでなく、私の時も止まっていた。
……結婚?私とビルが?

 先程まで黙っていたモリー夫人も「ビル、いくらなんでも早急すぎるんじゃない?あなた達はまだ学生なんだから――」と狼狽えた。

「分かってるよ。勿論今すぐにって言う話じゃ無いさ。だから"ゆくゆくは"って言ったじゃ無いか」

この場にいた誰もが驚いて、あんなにも美味しいミンスパイを食べる手を止めていた。少しの沈黙の後、ビルが突然立ち上がり、「じゃあもう遅いし、僕はナマエを送るから」と私の手を引いた。

 ウィーズリー家から一歩外に出ると、夜も更け込み驚くほどの寒さだった。暫く私とビルは黙って庭の曲がりくねった木で出来た柵に沿って歩いた。もうすぐ庭の端まで来るというところで、押し黙っていたビルが漸く口を開いた。

「さっきの話、本気だから」
「えっ」

ビルの視線に熱がこもっている。
――ビルと結婚。そんなこと、考えてもいなかった。でも間違いなく言えるのは、ビルと家族になるのは最高だと言うことだ。漠然とだが、ビルとなら幸せな家庭を築いていける気がしていた。

「……私も、ビルとの結婚のこと本気で考えてみる」

そう答えると、ビルは嬉しそうに私をぎゅっと抱きしめて、それからゆっくり唇を重ねた。

「その前に、ちゃんと家族と話し合わないとね」
「うーん、そうだな。でも大丈夫、皆最終的には納得してくれるんだから」

そう言ってビルがにっこり微笑んだ。

 結局、初めて出会ってからビルの強引さでここまで来てしまった。けど、今の私の口元は、もう誤魔化しようがないくらいに緩んでいる。
私はビルと別れると、スキップするようにしてその場から姿くらましをした。






初恋のハイライト
お題:icca様




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