諦めて笑いました




 世の中には男と女、の他に「Dom」と「Sub」の"ダイナミクス"と呼ばれる二つの性が存在する。支配することに悦びを感じる性と、支配されることに悦びを感じる性――言わば、服従関係のような物だ。16歳になる頃には大抵発症するようなのだが、周りにDomやSubがいてもピクリとも反応しない私はきっとどちらにも属さない「Normal」なのだろう。癒者ヒーラーにちゃんと診てもらった訳では無いので正確なところは分からないけど。

 ホグワーツにも、「Normal」な人間と「ダイナミクス」の派閥が自然と出来上がっていた。中でも、スリザリンのトム・リドルの派閥は傍目に見ても異様だった。トム・リドルのDomのフェロモンはホグワーツの中でも圧倒的らしく(私にはさっぱり分からないが)、彼は命令されたいSubを常にわんさか従えていた。しかし彼は特定のパートナーを作るわけでもなく、そんな寄ってくるSubを取っかえ引っ変えしている、と専らの噂だ。

「あ、また今日もトム・リドル御一行がやって来た」
「全く、私達には分かんない感覚よねぇ」

 私は同室で同じくNormalのオリビアと顔を見合せた。魔法界の純血・混血・マグル生まれの派閥争いでも既にバカバカしいと言うのに、更には"ダイナミクス"の派閥争いだなんて。私もオリビアも、純血なうえにNormalなので、このカオスな派閥争いから一番遠いところにいる、所謂平和組だ。血で差別されることも無ければ、Dom/Subのようにパートナーやcommandへ渇求を覚えることもない。

「私達は平和で良かったよね〜」

そんなことを言いながら、トム・リドルを横目にオリビアと呑気に朝食のトーストを齧っていた。その時一瞬、トム・リドルと視線が合った気がした。




***



 その現場を目撃したのは、金曜日の昼休みだった。次の数占い学の授業に向かって廊下を一人で歩いていたら、空き教室から飛び出して来た女の子とぶつかったのだ。その子の取り乱しようときたら、顔が茹でダコのように真っ赤で、息もすっかり上がっていて、私は思わずギョッとした。とても平常とは思えない様子だ。言うならば、そう――事後のような。それで気になって思わずその子が飛び出して来た教室を隙間から覗き見たのだ。

「覗き見かい?悪趣味だね」

私は声にならない声を上げて扉から1メートルくらい後ろに飛び退いた。トム・リドルだった。トム・リドルがいつの間にか扉の近くに立って、私を見ていた。

「あ、ごめんなさい。さっき女の子が飛び出して来たから、つい……」
「command中だったんだよ」
「はァ……そうですか」

気の抜けたような返事をする私に、トム・リドルは一瞬毒気を抜かれたような顔をした。

「君は確か、レイブンクローのナマエ・ミョウジだったよね」
「はァ、そうですけど……知ってたんですか」

学年一の秀才で優秀なフェロモン持ち王子に名前を覚えてもらっているなんて、なんとも光栄だ。はて、でも彼と話したことなんてあっただろうか。

「君のことずっと目をつけてたから」

目をつけてた――?
そう思ったのも束の間、一瞬にして空き教室に引き込まれ、後ろ手に扉を閉められた。カチャリと鍵の閉まる音になんだかとても嫌な予感がして、心臓が早鐘を打ち始める。

「トム、もし何か私にcommandしようとしているなら無駄ですよ、私はNormalだから――」
「ちゃんと調べたことある?」
「え?」
「だから――ちゃんと癒者ヒーラーに調べてもらったことある?」
「それは……無いですけど。でも現時点で発症してませんし……」

徐々ににじり寄ってくるトムに合わせて、私も後ろに下がる。ある程度その攻防を続けて、最終的に机の山まで追い込まれ逃げ場を失ってしまった。

「試してみようか?」
「え?」
「command。されたことないだろう?」

トムが妖しい笑みを浮かべた。窓から漏れる日差しによって陰影を付けられた彼の顔は、恐ろしい程に美しい。心臓の早鐘も、今や恐怖心からくるものなのか緊張からくるものなのか分からなくなっていた。
 確かにcommandをされたことは無い。でもそれはそもそも発症していなかった私は試す必要もないことだったから。今、彼に命令されたら、私はどうなってしまうのだろう――

「期待した顔をしているな?」
「そんなことは……!」
「kneel(跪け)」

トムの一声に、途端にガクンと何か力が働いたように膝から崩れ落ち、自分の意志とは裏腹に私はいつの間にかまるで犬のように床に座り込んでいた。戸惑いと羞恥心で、頭の先からつま先まで一気に血が沸騰したように熱くなった。
 ――何これ?今までに経験したことの無い気持ちだ、まるで呪いみたいに頭の中に彼の言葉が反響して、離れない。そんな私を見て、トムは見たこともないような恍惚の表情を浮かべた。

「――やっぱりね、僕は君がSubなんじゃないかと思ってたんだ」
「目をつけてたってそういう――」
「いいかい、君は多分僕ととても相性が良い。僕は初めて君を見た時からそう確信してたんだ」
「で、でもこういう行為は同意の上でするって――」
「lick(舐めろ)」

トムは私が言い終わらないうちに私へcommandした。まただ――自分の意志とは裏腹に、ビクンと体が跳ねて私はにじり寄るようにトムへ近付いていた。

「ははは、そうそう、良い子だね。僕の靴を舐めるんだ」

良い子、そう言われて多幸感で満たされる。私はいつの間にか泣きながらトムの革靴を舐めていた。心と身体がちぐはぐで、何も考えられなかった。今はただ、トムのcommandを求めている。忠実な犬のように。


「やっと見つけた、僕の玩具パートナー

トムは涙でぐちゃぐちゃな私の顔を掴み、恍惚に顔を歪めながらそう呟いた。







諦めて笑いました
お題:





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