いつかの無垢を
抱きしめる




 両親と別れて柵をくぐり抜け、私は真っ赤なホグワーツ特急が停車するいつもの見慣れたプラットフォームに出た。人でごった返しているプラットフォームで、私は同じ寮のロン・ウィーズリーの赤毛を探していた。
 ロンときたら、休暇の間に何通か「クロは元気ですか?」と手紙を書いて出したのだが、一度も返事をくれやしなかったのだ。
 ――そう、3年の学期末のあの日にクロと別れてから、ロンの知り合いに引き取られて行ったというクロの様子を時々ロンに確認していたのだ。初めの頃はロンも「あー、元気にやってるよ」とか「良くご飯を食べて更に大きくなったみたい」等とクロの様子を教えてくれていたが、最近ではすっかり私の姿を見るだけで鬱陶しそうな顔をするようになっていた。今日こそは、何故手紙をくれなかったのか問い詰めてやらないと。
 そう意気込んでプラットフォームをキョロキョロしていると、探していた赤毛の団体が目に飛び込んだ。ウィーズリー家に違いない。

「ロン!ロン・ウィーズリー!」

 私が大きな声でロンに近付くと、ロンはあからさまに引きつった顔で此方を見た。よく見ると、ウィーズリー家の他に、ハリー、ハーマイオニー、ルーピン先生、ムーディ先生……それから黒い犬がいた。
見間違う訳がない――あれは紛れもなく、クロだ。私は思わずクロにわっと走り寄った。

「クロ!」

 まさか、会えると思わなかった。周りの大人達が困惑しながら見つめているのも構わずに、私は大泣きしながらクロを抱きしめた。
 クロは2年前よりも遥かに肉付きが良くなっており、美味しい物を沢山食べているのが抱きしめた感覚でもはっきり分かる。クロは私に抱きしめられている間、控えめにしっぽを振っていた。
そんな私を見ていたハリーとロンとハーマイオニーの三人はそれぞれ目配せすると、「これには深い事情が……」と同じく困惑したように眉尻を下げた。

「うむ、その事情とやらは今度たっぷり聞かせてもらおう――とにかく手紙の内容には気を付けろ」

ムーディ先生が、声を潜めるように何やら皆に警告した。依然としてクロを抱きしめて離さない私を、ハーマイオニーが呆れたように「ナマエ、早くしないと汽車が出ちゃうわ」と引き離した。

「あの、別れの時間を邪魔してしまってすみませんでした」
「良いんだよ。それに面白いものを見れたし」

涙を拭いながら頭を下げると、リーマス先生が昔のように優しい笑顔でそう言ってくれた。そうこうしているうちに警笛が鳴り、私達はホグワーツ特急に押し込まれてしまった。窓の外を見ると、速度を上げる汽車に合わせてクロがホームを走っている。しかしそれも、汽車がカーブを曲がるのと一緒にすっかり見えなくなってしまった。



「ねぇロン、休暇の間どうして手紙をくれなかったの?」
「あー、えっと、それは……」

ロンは私の問いかけに、ハーマイオニーとハリーに助けを求めるように視線を走らせた。三人とも、何とも居心地の悪い表情を浮かべている。

「あー、もうダメだ!!僕もう黙ってられないよ!」
「ダメよ、ロン!」

ハーマイオニーが何やら咎めるようにロンを見た。それから「やっぱりシ……クロは一緒に来るべきじゃなかったわ」と頭を抱えた。

「……二人とも、何の話?」
「えーっと、とりあえず、コンパートメントを探そうか?」

ハリーが話を遮るようにそう提案した。
すると今度はロンとハーマイオニーが、気まずそうに目配せをして「えーと」と言った。

「私達――えーと――ロンと私はね、監督生の車両に行くことになってるの」

ハーマイオニーの言葉に、私は思わず「えっ」と声を上げた。私の耳がおかしくなければ、今ハーマイオニーは「ロンと私」と言った。聞き間違いだろうか。

「ハーマイオニーは兎も角、ロンが監督生なの?」
「……なんだよ、意外で悪かったね」

ロンが不貞腐れた顔でそう言った。

「ううん。良かったね。」

暫し気まずくて重たい空気が流れた後、ハーマイオニーがおずおずと「ずーっとそこにいなくてもいいみたい。手紙によると、首席の生徒から指示を受けて、時々車内の通路をパトロールすればいいんだって」と言った。
ハリーが「そうか、うん、分かった、いいよ」と笑顔でそう答えると、ロンとハーマイオニーは時々此方を振り返りながら奥の方へ消えて行ってしまった。(ロンは最後の方は何やら「別に行きたくて行くわけじゃない」と必死に言い訳をしていた)

「あー……じゃあ、私も行くね」
「あ、うん」

ハリーと、それからジニーに別れを告げると、空いているコンパートメントを探すために歩き出そうとした。その時ハリーが「あ、ナマエ」と声を上げた。

「何?」
「あの、クロのことだけど……また会えるか聞いといてみるよ」
「……本当?!」

私は踵を返して「ありがとう!ハリー!」と彼を抱きしめた。
ハリーは私を引き剥がしながら、「で、でも、聞いてみるだけだからあまり期待しないで」と困惑しながらそう言った。





***





ハリーからその知らせを聞いたのは、クリスマス休暇前の最後のDA会合の日だった。

「本当に?会いに行ってもいいの?」
「うん、クロが是非会いたいって」

私は飛び上がってハリーに抱きつこうとして、ぐっと堪えた。近くでチョウが此方を見ていたからだ。

「でも約束して欲しいんだ、その……クロと会うことは誰にも言わないって――」
「今まで私がこの話を誰かにしたことあった?」
「あー、そうだったね……僕、君を信じるよ」

ハリーはそう言うと、足元のクッションを拾い集めた。近くで同じようにクッションを集めていたハーマイオニーが何やら言いたげに此方を見ていたが、ロンがそんなハーマイオニーに向かって「もう良いだろう、本人が良いって言ってるんだから。それに僕もうナマエからクロについて聞かれるのはうんざりだ」と宣った。
しかし、ロンの失礼な言葉すらどうでも良いと思えるくらいに、私はクロに会えることが嬉しかった。今にも足に翼が生えて飛べてしまいそうだ。

「休暇中、君に手紙を出すよ」
「ハリー、本当にありがとう!次の会合も楽しみにしてるね!メリークリスマス!」

私は部屋に残っていたハリー、ハーマイオニー、ロン、チョウに手を振ると、スキップで談話室に戻った。



 それから再びハリーから連絡が来たのは、クリスマスが休暇が終わる数日前だった。待ち合わせ場所に行くと、ハリーとそれからロンとハーマイオニーが出迎えてくれた。

「今日はナマエが来るから、シリ……クロも少し元気になったよ。ありがとう」
「具合が悪いの?」
「うーん、具合と言うより、機嫌が悪い」

ロンは冗談とも本気とも取れる言い方でそう言った。それから「これを着て」とハリーに言われるがままに私はハリーの透明マントを頭からすっぽり被った。

「皆は着なくて良いの?」
「僕達には魔法がかかっているから大丈夫」
「ふーん」

 家が立ち並ぶ歩道を暫く歩いているうちに、数メートル先を怪しげな老婆が何度も此方を振り返りながら一緒に歩いていることに気が付いた。

「ねえ、あのお婆さん……」
「あー、あの人のことは気にしないで」

ハーマイオニーはそう言うと、突然立ち止まった。それから私に羊皮紙を渡すと、「見たらすぐに返してね、燃やしてしまうから」と言った。

その羊皮紙には
「不死鳥の騎士団の本部は、
ロンドン グリモールド・プレイス 12番地に存在する。」
と書かれていた。

――不死鳥の騎士団?
困惑しながらも言われた通りにメモをハーマイオニーに渡すと、ハーマイオニーは「インセンディオ」と唱えて羊皮紙を燃やした。

「いい?今見たことを頭に思い浮かべて」

ハリーに言われるがままに、私は先程の羊皮紙に書かれた言葉を頭に思い浮かべた――不死鳥の騎士団の本部は ロンドン グリモールド・プレイス 12番地に存在する――
するとどうだろうか、どこからともなく古びた扉が両側の家を押し退けるように現れたではないか。驚いて立ちすくんでいると、いつの間にか私の隣にピッタリと立っていた老婆が杖で扉を叩いた。それから扉がゆっくりと開くと「早く早く!ピッピッ!」と私達を中に入るように促した。




***





「はじめまして!私はトンクスよ!」

そう言いながら、老婆はたちまち可愛らしい女性の姿になって私に振り返った。差し出された手をおずおずと握ると、トンクスは「どう?私の変装!」とウインクしてみせた。

「……あの、ありがとうございました」と玄関を厳重に魔法で施錠しているトンクスに向かって遠慮がちに言うと、「いいえ!護衛するの緊張しちゃった〜!」とおどけながら彼女は玄関ホールの奥にある部屋へ消えて行った。(その時、「トンクス!大きな声を出さないで!」と奥の方から怒ったような声が聞こえた)
 ハリー達がその後に続くように奥の部屋へ向かって行くので、私もその後ろに着いて行くと、奥の部屋でロンのママが笑顔で出迎えてくれた。

「こんにちは!良く来たわね!」
「こんにちは。お邪魔します」

ロンのママは私を抱きしめると、それから困ったような顔で「本当は関係の無いあなたを巻き込んでしまうからここに来るのは反対だったんですけどね、ダンブルドアが最終的に許可したことですしね……それにあなたに会って彼の"むっつり発作"が少しでも治まるのなら……」と独り言ともとれるようなことをブツブツと言い始めた。
 ロンはそれを見て、私の耳元で極めて小さな声で「あー、ママの言ってることは気にしないで。それにママには内緒だけど僕からもダンブルドアに君をシ……クロに会わせてあげて欲しいって手紙を書いたんだ」と言った。ロンはよっぽど私からの手紙が鬱陶しかったに違いない。


「えーっと、それじゃあクロだけど……」

ハリーが言いかけた時、「やあ!」と入口から長い黒髪の男性が此方に顔を覗かせて挨拶した。
――不死鳥の騎士団とかいう組織の人だろうか?初めて会うというのに、彼は何故だか数年ぶりに再会した友に向けるような親しみを込めた笑顔で私のことを見ているような気がした。それに何故だろう、私はこの人を何処かで見たことがあるような気がする。

困惑しながら「こんにちは」とその男性に挨拶をして三人に視線を向けると、三人共眉尻を下げてなんとも落ち着かなさそうにしている。それから痺れを切らしたらしいハーマイオニーが「シリウス、ちゃんと順を追って説明してからじゃないと……」とその男性に向かって咎めるように言った。

「……シリウス?……シリウス・ブラック?」

名前を聞いて合点がいった。そうだ、数年前に世間を騒がせていた脱獄犯だ。私は更に訳が分からなくなり目を白黒させていると、ハーマイオニーが隣で「だから止めておいた方が良いって言ったのに!」と頭を抱えていた。





***





「――それで?クロは?」


私が恐る恐る三人に聞くと、三人はぴったりと息を合わせてその男性を指さした。
とても信じられないことなのだが、目の前にいるこの男性がどうもクロらしいのだ。三人は時々話を濁らせながらも経緯を話してくれて、それからシリウスと呼ばれるその男性を見た。

「う、嘘だ、三人とも私がバカだと思って騙してるんだ!」

私が三人を非難するように睨むと、シリウスが突然目の前でみるみる小さくなり、それから私が見慣れた犬の姿になった。
熊みたいに大きな体、グレーの瞳……クロだ。
ぽかんとクロを見つめていると、クロはまたみるみる大きくなって先程の男性の姿に戻ってしまった。

「あのね、私も本当のことを言うのは反対だったのよ!でも、でも――」

ハーマイオニーの必死な弁解も聞こえないほどに呆然としていると、クロ、ないしシリウスが私に近付いて私の手をとった。

「驚かせてしまってすまない。でもどうしても君に直接会ってお礼がしたくて――」
「あっ、あの、私、なんて言ったらいいのか――」

冷静に考えてみて、急に恥ずかしさが込み上げてきていた。私が今まで色んな話をしたり、抱きついてきた犬が実は人間だったですって?しかもこんなにハ、ハンサムな――
……思い返してみても、私はクロ相手に恥ずかしい話しかしていないのだ。それもそのはず、誰にも言えないような話だったからこそ、ただ黙って聞いてくれるクロに話していたのに――

「あの、クロ――じゃなくて、シリウスさん、私の話したことは全部忘れてください、お願いします」

そう頭を下げてお願いすると、シリウスは酷く残念そうな顔で此方を見た。そのやり取りを見たハーマイオニーが「言わんこっちゃない」とでも言うような表情を浮かべている。

「ああ、分かったよ、忘れよう――会うのもこれで最後だ。でも本当に君には感謝しているんだ、沢山助けてもらったから。ありがとう」

シリウスはそう言うと、私をギュッと抱きしめてくれた。その時の髪の毛から香る匂いが、大好きなクロと同じ匂いで、私は思わず顔を埋めて目を瞑る。

私がクロと会うのは、本当にこれが最期だった。




いつかの無垢を抱きしめる
お題:
星食




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