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プラトニックじゃ我慢できない


 バブイルの外壁に洗濯物がはためいていた。一体何事かと思ったがマコトによるとこれは日常の風景らしい。
 確かにベイガンらのような人間と変わりない生活を送る者たちも大勢いるのだから必要なのは分かる。分かるがしかし……。
 著しく景観を損ねている。畏怖と敬意の象徴たるべきバブイルの塔を飾る洗濯物……なんだかとても嫌だ。
 共に見ていた月の民も微妙な顔をしていた。同胞の遺産がこのように扱われては、然もあらん……と思っていたが、伯父の小さな呟きが聞こえてしまった。
「そうか、洗濯も自分でせねばならぬのだな」
「……」
 どうやら皆、自立した生活を送らねばならぬと実感して憂鬱な顔をしていたらしい。この自堕落の権化どもめが。
 マコトは次元エレベーターから繋がる異界を我々の住居として提供してくれるそうだ。
 そこはリヴァイアサンの幻界のように時間の流れが違うということもない。人間らしい時間の中で、人間らしい生活をせねばならぬ。
 自分で起床し、着替え、食事をし、掃除もして、日常生活を保つのだ。
 始めのうちは月の眠りを恋しがっていつまでも寝ていたがる者が出るだろうが、もはや生命を維持してくれるクリスタルもない。腹が減れば起きるだろう。
「ククク……」
 皆にはどんなに嫌がっても健康的な暮らしを送らせてやるぞ。そうほくそ笑んでいたら、マコトに不気味がられた。

 魔導船をドックに置いて皆を次元エレベーターに案内したあと、マコトはルビカンテの姿を探していた。彼は地底の魔物を制圧しに出かけていたようだ。
 すぐにでも会いたいのだなと微笑ましく思ったが、実はそうではなく魔力を放棄してレベルが下がったのを知られるのが怖いだけらしい。
 今この時だけ隠してもどのみちすぐにバレるのではないだろうか。
「よかった、まだ戻ってないみたいですね」
「私が居ては悪いのか?」
「!!」
 案の定、彼女の気配を察知したルビカンテはすぐに戻ってきた。マコトにGPSでもつけてるのか?
「か、帰ってたんですか、おかえりなさい。私の方は何の変化もナイデスヨ?」
「あからさまに怪しいな」
「全然、なんにも問題ないです! いつも通り!」
 そんなに挙動不審になるくらいなら、コピーに魔力など与えずクリエイターにやったようにゼロムスを消し去ってしまえばよかったのに。
 ルビカンテは顔を強張らせて緊張しているマコトをしばし眺め、やがて彼女が大幅に弱体化されていることに気づいた。
「な、なんてことだ……!」
 そして膝から崩れ落ちた。
「そんなに!?」
 いや、弱体化した彼女に多少落胆するかもしれないとは思っていたが、まさかこれほど衝撃を受けるとは。

 ゼムスを倒したあとの十四年間でマコトを天災級の魔物に育て上げたのは言うまでもなくルビカンテだ。
 その無限とも言える魔力を自分の知らぬ間にあっさり手放したのだからショックを受けるのも無理はない、とは思う、がしかし。
 ちょっと落ち込みすぎではないだろうか? まるでこの世の終わりかのような顔をして項垂れたルビカンテに、さすがのマコトも鼻白む。
「……やっぱり弱い私には興味ないんですね、ルビカンテさん」
「そういう問題ではないだろう!」
 絶望が過ぎれば今度は沸々と怒りが沸いてきたようで、ルビカンテは憤怒の形相で立ち上がった。
 マコトが小さく悲鳴をあげて私の腕を掴むので慌てて逃げる。やめろ、私を盾にしようとするな。
「なぜそんなことになったのだ?」
 魔王化しそうな勢いで怒りのオーラを放つルビカンテに怯えつつマコトは月での経緯を話す。我が故郷の月を守るための行動だからと、こちらに飛び火せねばよいのだが。
「ゼロムスは既に精神生命体、概念と化しているので、倒したり封じたりしてもまた出てきちゃうんですよ。憎悪を晴らすには標的が必要なのであってですね、」
 恒久的に悪意を受け続けても平気なサンドバッグを作る必要があったのだと必死で説くマコトが哀れだった。

 黙って彼女の話を聞いていたルビカンテだが表情は変わらない。
 おそらくマコトはクリエイターとの戦いで……いや、戦いにもならず簡単に殺せてしまったお陰で自分が力を持ちすぎたことに気づいたのだ。
 そして面倒くさくなって、ちょうどいいディスポーザーがあった、くらいの軽い気持ちで魔力を捨てたのだろう。
 戦いを好まないマコトの性格を理解しているルビカンテは、そのことをしっかりと分かっている。
 マコトの行為は最善だったが、魔力を放棄せずとも他に方法があったであろうこともまた事実だ。この世界の基準ならば神にも等しき能力を持っていたのだからな。
「しかし、まあ、大きな戦いが終わった今あそこまでの力を持っている必要はあるまい。お前も言っていたではないか、“弱くてもマコトはマコトだ”と」
 彼女を止めなかったことを責められても困るのでフォローをすると、マコトは慌ててこくこくと頷いた。必死だな。

 今のマコトは転生したばかりの時分と同程度の雑魚モンスターだ。彼女と共に十四年で成長したルビカンテから見れば、小動物にも劣る存在。
 ルビカンテは不意に彼女へ向かって手を伸ばした。抑えることなく炎を放出しているが……。
「あちっ」
 指が頬に触れた瞬間マコトが顔を背け、ルビカンテは眉をひそめた。
 火に触れて「あちっ」で済むのだからそれなりの耐性はあるようだ。魔力を放棄する際に火耐性を優先して残したのかもしれない。
 だが、僅かなりとも彼女がダメージを受けてしまったことにルビカンテの怒りは沸騰する。
「……早急に……鍛え直すぞ……」
 バチバチと音を立てて炎のマントが燃え盛り、離れていてもなお凄まじい熱気が皮膚を焦がす。
 未だかつてこんなに怒ったルビカンテを見たことはない。しかもマコトを相手に、だ。
「き、鍛えはしますけど、触れられないというわけでもないしそんなに慌てなくても」
 確かに弱いままでもスキンシップは可能だろうが、それはルビカンテが自分で炎を抑えていればの話だ。つまり彼が理性的でいられる時に限られる。
 ああ、こいつの怒りの原因がなんとなく分かった。
「好きな女を抱くのに一瞬たりとも気を抜かずにいられると思うのか」
「無理だな」
 つい即答してしまった私にマコトが「余計なことを言うな」と睨んでくる。いやしかし、無理だろう。男が最も無防備になる瞬間なのだぞ。

 要するにマコトが弱体化されたのが問題なわけではなく、弱くなったマコトには慎重を期さなければ触れることさえ叶わないのが大問題なのだ。
 惚れた相手を目の前にして常に理性的であれとは無茶な要望だろう。まして寝所でも気を張り続けろなどとは、不可能と言ってもいい。
 ルビカンテがなぜ怒っているのかに気づいたマコトは、頬を染めつつも更なる爆弾を投下した。
「えっと、無理ならそういうことはしなくてもいいのでは?」
 私は一緒にいられるだけでも満足です、と。いやいやいや、マコトよ、それはさすがに酷だぞ。
 というかお前も精神的には若いのにそんな最初から老夫婦のような関係を望むなよ、と思ってしまう。
 当事者であるルビカンテは私以上に彼女の理不尽な言葉に憤っていた。
「十数年ろくに手も出せず耐えてきたのに、この仕打ち……! お前は悪魔か、マコト」
「えっ?」
 ……それは意外だ。
「手を出していなかったのか」
「戦いが控えているのに身重となっては困ると言うので月の帰還が終わるまではと」
「な、なるほど」
 思いのほか身も蓋もない理由だったが、未だ人間の生活を続けてヒトの肉体に近づいているマコトでは妊娠出産も人間並みの期間と苦労を要するだろうか。
 ゼムスとの戦いを終え、私が月と共に去った時点で既に二人の仲はできあがっていたように思う。その状態のまま、生殺しで十四年か。
「マコトが悪い」
「な、なんで!?」
 なぜも何も、ありとあらゆる人間と魔物の男は同意するであろうよ。マコトが悪い。

 ようやく解禁されるはずであった今日の日に「迂闊に触ったら死ぬ」レベルで弱くなってしまってはさすがにルビカンテが怒っても仕方ない。
 こうなっては彼の言う通り、早急に鍛えて炎に耐えられるようになるほかあるまい。
「また地底に籠らねばならないな」
「溶岩風呂はもうやだ……!」
「そうか? ならば死ぬ寸前まで燃やし続けてみようか。いずれ炎に耐性もつくだろう」
 さすがに怒るのも仕方な……いや、それはどうだろうか。如何に怒っているとはいえ愛する女にする仕打ちではないぞ。
 というか溶岩風呂とは何なんだ。前にもやったのか。
 一切容赦のない言葉に反抗するかと思いきや、マコトは涙目になりつつそれを受け入れた。
「……分かりました。正直そこまで怒られると思ってなかったけど……怒らせてごめんなさい」
 どうやら溶岩風呂以上に怒らせてしまったことの方がショックだったようだ。殊勝に反省する様子を見てルビカンテの方でも多少は怒りが萎んでいる。
 そして彼女は祈るように両手を組み、かたく目を閉じて言った。
「煮るなり焼くなり好きにしてください!」
 ……どんな特訓でも思い切ってやってくれの意味で言ったのだろうが、違う意味合いに聞こえてしまうのはなぜだ。
 ルビカンテにしてみれば「だから、好きにしたいのにできないから怒ってるんだ!」という感じだな。

 性格柄、無抵抗の弱い相手に容赦のない攻撃を仕掛けるといったことはできない。ルビカンテは無防備に身を晒したマコトを前に葛藤していた。
 今すぐにでも触れたい、そのために半殺しにしてでも彼女を高速で鍛えたい、だが彼女を傷つけるのは嫌だ、と。
「……炎耐性をつけるよりも、属性を吸収できた方がいいんじゃないか。オルトロスのように体質変化を獲得してみてはどうだ」
 助け船のつもりで私が口を挟むとマコトはどういうことかと目を開き、ルビカンテは一筋の光を見出だしたかのような顔をした。
「なるほど。私の炎を吸収できるようになれば……」
 ルビカンテが本気を出してさえ燃やされることはなくなるだろう。それどころか疲れても傷ついても触れるだけで回復できる。寝所でも無制限に……ん?
 しまったな。これこそまさに余計なことを言ってしまったのではないか。
「マコト、ルゲイエのところへ行くぞ」
「改造されるんですか私!?」
「もはや一刻の猶予もない」
 ……十四年も待たせたのだから仕方ないだろう、たぶん。
 耐性があったところでルビカンテの体力についていけるとは思えないので、火属性を吸収できる肉体はマコトにとっても役立つものになるはずだ。
「止めてくださいよゴルベーザさん!!」
 悲痛な叫びに耳を塞ぎつつテレポで連れていかれる彼女から目を逸らした。
 私は何も見ていないし聞いていない、言ってない。だから問題はない。さて……、伯父上を連れてバロンへ挨拶にでも行くとするか。




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