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帰還


 やっぱり家が賑やかなのっていいなと思う。バブイルの塔に皆が戻ってきてくれて私の心も穏やかだ。
 ただ、問題というかちょっとした異変も起きていた。もう敵の侵入を警戒しなくてもいいので次元エレベーターの封印を解除し、いつでも出入りできるようにしたのだけれど、その異次元にいつの間にかバハムートが住み着いていたのだ。
 たぶんリディアがマイナスの手から奪い返した時、本来の住み処だった月へ戻るよりこっちの方が近かったから来ちゃったのだろう。それにしても図々しいなぁ、幻獣神。
 そもそもこの異次元は巨人をしまっておくために月の民が作り出したものだし、その月に住んでたバハムートが住むのは、ある意味では元の持ち主に返しただけと言えなくもないような。だからまあ、べつにいいんだけどね。
 その他には異常なしだ。マイナスはクリスタルを運ぶのにエレベーターを使いつつもバブイルの塔を荒らしていなかったようで一安心。
 塔の全域を見回って皆の無事を確認すると、私は魔導船に飛んでゴルベーザさんと合流した。帰って早々だけれどまだ事態は解決していない。
 月の民を助けに行かなければならないのだ。

 ゴルベーザさんは試練の山でお父さんの墓参りをしてから休む間もなく魔導船に乗り込んでいた。
 一応セシルやセオドアとは挨拶を交わしたようだけど、もうちょっとゆっくりしてもいいのになと思う。でも仕方ない、早く終わらせればその分だけ、ゴルベーザさんが家族と過ごす時間も確保できるのだから。
 月のクリスタルを回収するためだろう、青き星への侵略と同じ頃にマイナスたちは月にも攻め込んでいた。その時フースーヤさんは魔導船を呼び寄せゴルベーザさんだけを逃がしたのだ。
「でもさすがに眠っていた人も起きてるんでしょう?」
「ああ。近々敵襲があることは伝えておいたからな。皆で応戦したはずだ」
 全員が戦闘要員というわけではないにせよ、青き星の人々に比べればずっと魔法に長けた月の民は強い魔道士が揃っている。マイナスの一人や二人が来たって負けないとは思うのだけれど、それでも心配は心配だ。
「クリスタルが奪われたせいでゼロムスの思念も蘇っているからな」
「あー……」
 そうか、そっちの方が厄介かもしれない。
 憎悪の化身たるゼロムスは、肉体こそセシルたちに倒されたけれどその精神は月の地下渓谷に封じられたままだった。
 もういっそのことスカッと憎しみを解消してもらう方法はないものだろうか。ゼムスが溜めに溜めた憎悪を晴らせればゼロムスも消滅するんじゃないかな。

 魔導船のモニターからは青き星が消え、目の前には宇宙空間が広がっている。今の月にはクリスタルがないせいか、うまくワープを繋げられないようだ。
「やはり数日はかかりそうだな」
 それでも飛翔のクリスタルにエネルギーさえ与えておけば魔導船は勝手に故郷へ向かってくれる。私たちは戦いの疲れを癒しつつのんびり寝転がっててもいいのだ。
「マコトは、四天王を連れてこなくてよかったのか?」
「うーん。まあ、すぐに帰るつもりなので」
 クリエイターの月を攻略する間ほとんどずっと一緒にいたので、そばにいないことが淋しくはある。でも淋しさの分だけ用事を素早く済ませる力になるだろう。
「それに、魔物被害のこともあるし」
 月の接近により暴走した魔物たちが町の付近に残っている。放っておいたら討伐されたり逆襲したりで平和が遠ざかる可能性もあった。四天王には各地をまわって、我に返った魔物たちを配下に加えてもらっている。

 長期間に渡って宇宙を旅する船なので魔導船の設備は素晴らしい。バブイルの塔にいるのとあまり変わりなく過ごせるお部屋だ。
 頭からベッドに突っ込むとなんだか急に疲れを感じてしまった。あー、おふとんの感触は久しぶりだー。
「月へ行ってフースーヤさんたちを助けて……その後はどうするんですか?」
 微睡みそうになるのを堪えて尋ねると、ゴルベーザさんはベッドに腰かけて思案げに俯いている。魔物の私はともかく、彼は眠らなくて大丈夫なのだろうか。
「私としてはもう青き星に降りてしまうつもりだ」
 ……目が覚めた。そりゃあそうだよね。この期に及んでまた月で眠りにつくなんてあり得ない。そんなのは学習能力のないバカのやることだ。
「私が月を発つ前は、まだ反対派もいたのだがな。マイナスとゼロムスマインドの被害によっては彼らの意見も変わるはずだ」
「え、もしかして皆の選択肢を潰すためにわざと対処しなかったんですか」
「何のことだ? 私は伯父上に逃がしていただいただけだからな。彼らが現状をどう感じるかまでは知らぬ」
 しれっと宣うゴルベーザさんを見てるとフースーヤさんもグルだった気がする。
 眠る場所がなくなってしまえば反対派も青き星に降りるしかなくなる。今回の件で、文明の進化を待つどころか待ってる間に月が滅ぼされる危険だってあるのだと彼らも実感したはずだ。
 ……ゼムス、もう遅いけど青き星の生命を害するより月を破壊しちゃった方が、すんなり自分の目的を果たせたんじゃないかなぁ。

 でもそれじゃあ、ゴルベーザさんもようやくセシルたちの近くで暮らせるようになるんだ。彼が家族を求める気持ちは文字通り身を以て知っていたので、まるで自分のことのように嬉しくなった。
「だが問題はどこに集落を作るか、だ」
「月の民は何人くらいいるんですか?」
「100人強だな」
「少なっ!?」
「そう、控え目に言っても滅亡寸前だ」
 真顔で言ってる場合じゃないでしょう。下手したらミシディアの人口並みじゃないんですか、それ。青き星の文明に影響も何も種の存続が難しいくらいだ。
 青き星よりずっと進んだ文明を持つという月の民がそんな事態に陥るまで何も行動しなかったなんてちょっと信じられない。私がそう言うとゴルベーザさんはあくまでも真面目に答えた。
「月の眠りは心地いいからな」
「……」
 もしかしたら月の民もすごい馬鹿なんじゃないだろうか。
 それほどの少人数なら青き星へ降り立った彼らの住み処を探すのは簡単だ。というか、探すまでもない。
「バブイルの塔に来ればいいですよ。ちょうどバハムートも来てるし」
「……実は、それを頼もうと思っていたんだ」
 まずは、引きこもらずに外の世界と交流を持つこと。早急に青き星と交わらなければ月の民は絶滅してしまうだろう。

 二日ほど眠っただろうか。私とゴルベーザさんを乗せた魔導船は懐かしい月の荒野に降り立った。
 月の民の館はちょっと人が住めないくらいにボロボロに破壊されているものの、中の人たちが生きているのだから結果としては概ね無事だ。
「伯父上」
「よく戻ってくれた」
 フースーヤさんは少し若返っていた。というか荒んで野性味が増している。かなり激しい戦闘を続けてきたのだと思われる。
 周囲にいる人たちもゴルベーザさんやフースーヤさんと同じ銀髪に青い瞳でなんだか壮観だった。それにしても皆、荒んでいる。戦闘態勢が解かれていなくて怖い。
「ゼロムスマインドは?」
「皆が目覚めたことで奴の悪意がより強く覚醒したようだ。おぬしが去ってからずっと戦い続けている」
 ひっきりなしに地下渓谷から溢れてくるので倒しても倒してもキリがないのだとか。思念を倒すというのは難しい。本人も言っていた通り、こちらに心がある限り悪意がなくなることはない。ゼロムスという存在もまた同様だ。
 一応はクリエイターから取り戻した月のクリスタルも持ってきたけれど、これで封印しても解決にはならないんだろう。

 ゴルベーザさんは私にゼロムスマインドを根絶させるつもりで連れてきたらしい。もちろん私もそうするつもりだった。……のだけれど、とうの月の民があまり乗り気ではなかった。
「これは私たちが撒いた種。私たちが刈り取らなくてはなりません」
「あの時ゼムスと心行くまで話し合うこともせず、殺しもせず、ただ封じて問題を先送りにしたのです」
「そのツケが今、まわってきたというわけだ」
 ええもう本当にその通りですよね……とは思うけど反省してる人たちを相手に何も言えなかった。
 ゼロムスがこうもしぶといのは確かに月の民が悪い。憎悪の前身となったゼムスは自分の提案が却下された上にクルーヤたちが青き星へ降りるのを見せつけられたんだ。そりゃあ憎しみも募るというもの。
 強攻手段に出ようとした時点でとっとと殺しておけばここまで憎しみを増幅することもなかっただろうに。
 でもね、元はといえば彼が諸悪の根源とならなければ私がこの世界に来ることもなかったんだ。
「そのツケが巡りめぐって私をここに連れてきたのだし、任せてくれませんか?」
「マコト……」

 自分のコピーを作るのも慣れたものだ。ただし今回は単なる複製ではなく魔力だけを分離したもので、私の意識を持ってはいない。
「これは……巨人のシステムか?」
「すみません、見た目パクりました」
 さすがに自分の姿をしたものが何十年何百年とボコボコにされ続けるのは嫌な気持ちになるので形も私の姿を再現してはいない。
 それでも能力はお墨付きだ。魔力のほぼすべてを譲渡して私はすっからかんになった。
「これをサンドバッグ代わりに置いていきましょう」
「ゼロムスを殺すのではないのか」
「たぶんそれは無理ですよ、倒しても復活するんだし」
 恨み晴らさで置くべきか。めちゃくちゃ怒ってる時に横から正論でまあまあと諭されてもヒートアップした頭が落ち着くことはない。
 求めているのは暴力だ。どうしようもない破壊衝動を、発散させてしまえばやがては怒りも憎しみも消えて虚脱する。
「ありったけの憎しみをぶつけていれば、いつか憎悪も品切れになるでしょう」
 この球体は世界を何十回でも滅ぼせる力を持っている。ゼロムスの憎悪くらい何千年かは耐えられるはずだ。

 精神がないから誰にも支配されないし、機械じゃないから操作されることもない。ただひたすらゼロムスの意思に抵抗するだけの物体。
 ゼロムスがここから出ようと思えば阻止し、青き星を破壊しようとすれば阻止し、また誰かを操ろうとすれば阻止し、とにかくやることなすこと阻止する。
 もし敵に新たな自我が芽生えて行動パターンが変わっても大丈夫。もしクリエイターみたいな勘違い馬鹿がまた現れても大丈夫。
 ただひたすらゼロムスの憎悪を受け止めるための物体を地下渓谷に放り込み、月の民は終わりのない戦闘から解放された。
 失ったものは何もない。……私のレベルが雑魚モンスター程度にリセットされた以外は。
「マコト、いいのか?」
「やっぱりルビカンテさんに怒られますかね……」
「いや、そこではなくてだな。この十四年の鍛練が無駄になるのだぞ」
「自称創造主に対抗するために蓄えた力なので、もうどうでもいいです」
 ある程度は帰ってからまたルビカンテさんと鍛えればいいし。今度はそこまで強くなる必要もないので程々に。
 べつに一緒に鍛練する口実が欲しくて力を手放すわけじゃないですけど。

 月はこのまま放置していくことにした。もしゼロムスが憎悪を手放してゼムスの意識を取り戻したら迎えに来ることもあるかもしれない。それまではここで私のコピーを相手にシャドウボクシングに励んでいてもらおう。
 そして月の民は魔導船に乗り込んだ。これからは彼らも青き星の民となる。故郷を捨てるのは辛いだろうけれど、死ぬよりはマシだ。
 だってそこには終わりではなく、自由な未来が待っているのだから。




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