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消去


 いよいよ憎悪を晴らすべき時が来た。このゲームでは憎しみ由来の強さを否定されがちだけれど私にとっては違う。なんせ私は魔物なので、ただ相手を殺したいと願う時、憎悪は非常に強い力を生むと思っているんだ。
 守りたい心が盾ならば憎い心は剣。相手を殺すために盾で殴るより剣で刺す方が効率的なのは当たり前のこと。
 意思を分散されがちの善なる心よりも、単純明快な悪意が強いのは、愛も憎悪も知っていれば自明のことだ。研ぎ澄ませた憎悪に貫けないものはない。
「これが……マイナスたちの主!?」
 私たちの眼前には巨大なカプセルに収まったラスボスが聳え立っている。繋がっていた管をちぎって中から宇宙人が出てきた。
『試してみよう。私の言葉を理解できるかどうか……』
 まさかのワレワレハウチュウジンダ声。確かに年齢も性別も不明な見た目をしているけれどあまりにも“らしい”から笑ってしまいそうだった。

 ざわめく皆を見渡して、ラスボスさんは語り始めた。
『私はクリスタルの所有者……。君たちに叡智と技術を与え、文明を発展させた者だ。クリスタルとはその進化の過程や結果すべてを記録する媒体でもある』
 あ、話長そうと思った瞬間、高めていた憎悪がちょっと途切れる。
「ラスボスの語りは簡潔な方がいいですよね」
「言葉を交わすよりも戦ってみれば早いだろうに」
 いつもなら本当に戦いのことしか頭にないなと呆れるところだけれど今回ばかりはルビカンテさんの言葉に完全同意だ。
 今さら話をして何になるんだ。こいつはもう充分すぎるほど好き勝手やらかして私たちを怒らせた。言い訳を聞く価値などない。黙って報いを受ければいいのに。
 セシルもセオドアも他の全員も律儀に話を聞いてるところ申し訳ないけれど、こういった口上はいろんな創作物を通して飽きるほど見聞きしてきた。
 私はとりあえず上階でゲットした異世界のクリスタルを使ってバブイルの封印を解くことにした。
「ルビカンテさん、一旦送還されてください」
「分かった。気をつけるんだぞ」
「気をつけなくてもあれに敗けようがないですよ」
「私が戻る前に倒すなという意味だ」
 真顔で言われてなるほどと思う。それは確かに気をつけないと。御託が長いやつは雑魚と決まっている。

 まず異次元に隠していた私の本体を取り戻す。今回は記憶の同期もうまくいった。でもこの魔法はあまり使わない方がいい気がする。
 自分がもう一人いるという安心感は隙を作るみたいだ。ゲームをしていて選択肢を選ぶ感覚に近い。現実をリセットできると、思考が冷酷になって人間らしさが失せるのだ。
 この先に自分のコピーが必要な事態なんて待ってないといいな。そんなことを考えながら生身のルビカンテさんをこの場にテレポさせた。
「久しぶりだなマコト。やはり本体の方がいい」
「そうですね。私もやっぱり落ち着きます」
 魔力を使って維持しているのは実体のある幻みたいなものだ。本物の自分の体で直接触れ合えるのは、本当に嬉しい。
 敵はサクッと殺害するつもりなのでルビカンテさんを呼ぶ必要はなかった。でも私が憎悪を力にして他人にぶつける機会は二度とないだろうから。
「やっぱり、見たいですよね?」
「もちろんだ。見逃して堪るか」
 恥ずかしいので癇癪起こしてるとこなんて見られたくないのだけど、彼のいないところで全力を出したら後々まで末長く文句を言われそうだから仕方ない。

『残念だが、時間だ。私は進化に失敗した劣等種が世界に蔓延ることを決して許せない。ゆえに、止めるわけにはいかないのだ、この真月を……』
「そ、そんな勝手な!」
 まだ話していたらしいラスボスさんがあり得ない結論に達し、セオドアたちが憤慨している。
 ずっと青き星を見ていただけのゼムスが世界の破壊を望むのだって納得いかないのに、いきなり現れたやつに失敗作なので消去なんて言われる筋合いはないよね。
 準備が整ったので、私も討論に参加する。
「ここはあなたの世界じゃないんですけど。勝手に私物化しないでもらえます?」
『君たちも私のクリスタルによって進化した生命に過ぎない。いわば私の創造物だ。クリスタルもマイナデスもそして、この真月も』
「いや、その理屈はおかしい」
 私を作ったのはあちらの世界の両親でありこちらのルゲイエさんでありカイナッツォさんだ。この世界に呼んでくれたゴルベーザさんも私の創造主と言える。でもこいつは私に関係ない。
『それゆえ私は、こう呼ばれる。創造主……クリエイターと……!』
 だからそんな図々しいことを言う輩は“決して許せない”のだ。

 始めのうちは、主人公であるセオドアたちにラストバトルをやらせるべきだと思っていた。それによる成長とかあるだろうし。でもいいやもう。セオドアの成長イベントは、カインさんとの旅や暗黒騎士との戦いで終わってるんだもの。
 ここに来た目的は月の接近を阻止すること、そしてクリスタルによる魔物の再生を止めること。こいつなんて最初から、誰の眼中にもない。ただの雑魚なら私が倒してもいいだろう。
『遠い昔、君たちの星とよく似た青き星に私は生まれた。我々は大いに繁栄した。その大地を蝕み、貪り尽くすまで……』
「続きは分かります。資源を食い潰して違う星を探しに脱出したんでしょ? で、人工的な生活環境と近親交配により消耗して劣化した成れの果てがあなた」
 よくある御話と言い当てられたのが悔しかったのか、クリエイターは私に視線を据えた。
『私は正しき進化の答えを求め、実験を繰り返し、生命の存在する可能性のある多くの星々へとクリスタルを送り出した』
「話が長い。うちの校長だってもっと簡潔でした」
 憎悪がぶり返してきた。セオドアたちも遠巻きに恐々と私を見つめ、もはやどっちがラスボスなのか分からない。ルビカンテさんは平気でそばにいてくれるけれど。

 要約すると、クリエイターらは種としての寿命を迎えた。でもまだ進化に先があった気がして諦めがつかない。自分たちの辿り着けなかった未来を見るため生命の進化しそうな世界を探し、クリスタルという栄養を与えた。どのような進化を遂げるか観察して自らを反省すべく。
 しかし満足いく結果を得られそうにないので、八つ当たりにその世界を破壊することにした。
「くっだらない。バカなんですか?」
『何……』
「創造主って。命ひとつも作れずたかが他人の畑に栄養剤をさしただけで自分が創ったってよくドヤ顔できますよね」
 こちらを劣等種と蔑んでるけれど、自分だって単なるデータに過ぎないのにね。
 この後はどうせ暴走して月ごと崩壊するんでしょ。もういいよ。
『残念だが……もはや……限界のヨうだ……。私の脳ニモ……ヘンカが……ハジマ……タ……!」
 ほらね、これも台本通り。神様面して自分の方こそ他人の創作物だったなんて、そんな物語も向こうじゃよくあるのが心の底から哀れに思う。

 もしも私の人生のシナリオを誰かが書いていたとして、それを知ったら私はどうするだろう。もしも私が誰かの創作物だったとしたら。その生も死も、喜びも悲しみも、始めから決められた物語をなぞっているだけだとしたら。
『オシ……エテ……クレ……』
 べつに何もしない。誰の意思が関わっていようと私は私として生きるだけだ。それが決められた運命の通りだとして何も感じない。
『ワレワレハ……ドウ……! イキル……ベキ……ダッタノ……ドゥワアアア……!』
 答えはどこにもない。すべての命は生まれて死ぬだけだ。一生命体が進化の正否を問うなど傲慢にも程がある。
 私はこの世に生まれ落ちた。そのことに何の意味もない。私はいずれ死んでゆく。そのことに何の意味もない。
 与えられた生をそれぞれの形で全うする。自然とはそういうものだ。たたそれだけのことだ。

 クリエイターの姿が醜く捻れ、月を震わせて暴走を始める。私はセオドアたちを守るため結界を張った。
『トメ……テクレ……ワタシ……ヲ……!』
「嫌です。あなたには慈悲をくれる価値がない」
 見下ろせば足元に手頃な小石が転がっていた。これでいいや。無造作に小石を拾い上げ、歪な生命の集合体と成り果てたクリエイターの脳天めがけて投げつける。
「あなたの種族も星も寿命を迎えただけですよ。進化の失敗でも何でもない、命が尽きたから死んだんです。御愁傷様、さようなら」
 音速を超えて飛ぶ小石はプチメテオと化し衝撃波を撒き散らかしながらクリエイターの肉体を破壊した。
「はい、おしまい」
 活かさず殺さず苦しめるのが楽しいって感覚は、私には分かりそうにない。戦いなんてさっさと終わった方がいいもの。だから派手なバトルを繰り広げる気は最初からなかったのだ。
 振り向けば皆が呆然と私を見つめていた。そんな今からダークサイドに堕ちてラスボス化するのではみたいな目で見ないでほしい。失礼な。

 私の全力を期待していたルビカンテさんには投石ごときで終わって申し訳ないと思うけれど、幸いにも彼は笑っていたのでホッとする。
「お前の怒りは静かで冷たいな、マコト」
「そうですね……テンション上げ続けるのは苦手です」
 元々あまり物事に執着しない性格をしている。憎んで疲れるより対象に興味をなくしてしまうのだ。だって嫌な相手との関わりに費やす時間がもったいないもの。
 多くの魔物の意思を弄んだクリエイターのことは憎い。でもだからって強いて苦しめようとも思わない。さっさと私の目の前から消えてくれればそれでいいんだ。

 突然、視界がぐらりと傾いた。そのまま止まることなく地面が揺れる。クリエイターの残骸が無節操に増殖を始めた。
「お、おい、ヤバくないか」
「まだ諦めていないのか!?」
 しつこいな。あの頭の空っぽ具合ではそんなに未練ある人生を送れたとは思い難いし、未練がましいことしないで早く死ねばいいのに。
 そんな呪いが通じたのか、空間を埋め尽くす勢いで増殖するクリエイターがふと動きを止めた。
「クリスタルが……!」
 セオドアたちの持つ青き星のクリスタルが輝き、その光に照らされたところだけ変化が止まったのだ。
 そういえば、このクリスタルを作ったのもクリエイターだとか言ってたっけ。なんだ、創造物の方が理性的で心豊かに進化を遂げてるじゃないですか。
 今のうちに脱出しちゃおうとテレポを唱えようとしたら、なぜか慌てた様子のリディアに止められた。
「ま、待って! さっきの女の子を……」
「女の子? ……ああ」
 そういえば上の階に生まれたてのマイナスがいたんだ。「ここで待て」と言われて素直にその場で待機していた。
 リディアが心配してるようなので彼女のもとへテレポする。案の定、子マイナスはそこで大人しく立ち尽くしていた。
「な、何やってるんだ!? 逃げなきゃ……」
「指示通り待っていた」
「おー、親と違って素直ないい子ですね」
「マコト、この子も連れていける?」
「もちろん」
 しかし未来ある若者の姿がそんなに妬ましいのか、クリエイターの残骸が子マイナスを飲み込もうと迫ってくる。

 休眠していた少女たちのカプセルが開き、すべてのマイナスが起き出してきた。この期に及んでこいつらを暴走させる気かと皆が身構えるも、彼女たちはこちらを無視してクリエイターへと向かっていった。
「創造主、あなたは……」
「あなたは、われらの父……」
 マイナスたちが一斉に呪文を唱え始める。なんと最後に身を挺して自らの造り主を眠らせてやろうという魂胆らしい。健気なことですね。
『ア……アリ……ガ……』
「今さらそんなに美しくまとめられても困ります」
 私はすべてのマイナスを除去し、慈悲の一撃を阻止した。苦しめるつもりはないけど、楽に殺してあげるほどの同情もない。
「憎しみっていうのは抑えても封じても意味はないんですよ。晴らさなければ永遠になくならないんです。だから、死ね」
『……!』
 断末魔の悲鳴をあげることもできないままクリエイターは一切の痕跡を残さず世界から消滅した。ブラックホールって便利。

 さて、確か予定では、私たちが魔導船で離れたあと改心したクリエイターが軌道を変えて月は離れていくシナリオだ、とゴルベーザさんが言っていた。つまり奴を殺した時点でこの月を止める術はなくなったということになる。
「うーん、とりあえず魔導船に乗って……ああもうめんどくさい。全員まとめて青き星に送りますね」
 子マイナスを入れて総勢二十五名で間違いなかったよね。漏れたら死亡確定なので慎重にいかないと。地表に置いていた魔導船も一緒に巻き込んでテレポを唱える。さすがにこの大人数の転移はどうだろうと思ったけれど青き星へと無事到着できた。
 空には巨大な月が迫っている。目の錯覚ではなさそうだ。どうやって止めるのかとゴルベーザさんに聞かれ、私はパチンと指を鳴らした。簡単なことだ。
 月が消えるイリュージョン成功。奴らの存在はゼロに還った。
「めでたしめでたし」
 これにて一件落着、ってね。




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