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故国


 わけも分からないうちに下の階層へ落とされた仲間の中からマコトは、俺とセシルとローザとセオドア、そしてシドを呼び出して集めた。
「ここはバロン組の担当でよろしく。私たちは次のフロアに行きます」
 おざなりな言葉を残して彼女はまた床をぶち破り、他の仲間の姿は残らず消えてしまった。
「なんか扱いが雑になっとる気がするんじゃが」
「急いでいるみたいだな。もう時間がないのかもしれない」
 不満げに呟くシドをセシルが取り成し、それにしても慌てすぎではと思う俺の後ろから今しがた階下に落ちていったはずのマコトが顔を出した。
「そうなんですよ。今までは敵も私たちを待っててくれましたけど、そろそろ時間切れです」
「マコトさん? 戻ってきてくれたんですか?」
「いえ、これは私のコピーです。かなり劣化してますけど戦闘を補助しますので、このフロアの敵を倒しに行きましょう」
 ……クリスタルの再生能力も習得していたのか。つくづく反則なヤツだな。

 ともかくまずはクリスタルが置かれているというワープポイントに向かうことにする。歩きながらローザがマコトに尋ねた。
「時間切れってどういうこと?」
「かつての戦いを再現することで敵はこちらの能力を計ってたんですが、セシルを取り戻したのでもう待つ必要はないと判断したんでしょう」
 この月はしばらく動きが鈍っていたのだが、先程から青き星に対して急接近し始めていると彼女は言う。
「あまり時間をかけてるとぶつかる以前に星ごと呑み込まれてしまいます」
「ならば急がんと!」
「はい。急いでください」
 そう言うなりマコトは先に見えていたワープポイントに向かってシドとセシルを投げ飛ばした。あまりの出来事に呆気にとられてしまう。
「ま、待ってくださいマコトさん、僕は自分で行けます!」
 焦るセオドアも容赦なく捕らえて投げ飛ばす。急ぐ理由は分かったがこれは……、コピーだけあって心まで分割されて少なくなっているのではなかろうか。マコトらしい優しさとか労りとかいったものがほとんど感じられない。
 などと思いながらローザが投げられないよう抱えてワープポイントまでジャンプをする。ゴルベーザと共にいるであろう本体と合流するまで、あまりマコトのコピーには近寄らないでおこう。

 いきなり投げ飛ばされて困惑するセシルたちに言葉をかけることもなくマコトはさっさとクリスタルに触れた。辺りに腐臭が漂い、おぞましき気配が満ちてくる。
「なんて姿!? あんなものまでクリスタルから……」
 現れたのは巨大な蝿の化け物だった。アンデッドならば試練の山で見慣れているが、そんな俺でさえここまで生理的嫌悪を掻き立てられる魔物は初めて見る。
 マコトは本体と共有した情報から敵について解説してくれた。
「蝿の王ベルゼブル、多彩な魔法を使いますがあまり苦戦はしないかと。適当に殺っちゃってください」
 適当にってお前……。
 ベルゼブルとやらは蝿の分際でフレアのような高位の黒魔法を際限なく放ってくる。加えて合間にコンフュやポーキーでこちらの弱体まで行ってくるので、セシルたちは防戦と回復で手一杯だ。
 どう適当に済ませろと言うんだ。しかも空を飛び回っているから、
「カイン、すまないが頼む! 僕らでは攻撃が届かない!」
「任せておけ……と言いたいところだが」
 やはり俺が攻撃の要となるしかないのか……。
 ヘイストでもかかっているのか凄まじい速さで飛行するため、いくら俺でも空中で当てるのは至難だ。宙を見上げてシドが苛々と叫ぶ。
「ク、クソったれ! 巨大なハエたたきでも持ってくるんじゃったわい!」
「なるほど。虫なら叩き潰すのが一番ですね」
 言うなりマコトは小さな無数のメテオを呼び出し、虫の羽根に穴を開けた。ベルゼブルの動きが鈍り、その巨体が傾く。
「行けるか!」
 敵が一瞬動きを止めた隙に跳躍し、脳天から槍を突き下ろした。
「討伐完了。さくさく次へ行きましょうー」
「……」
 マコトよ、コピーを作るなら少しは元の優しさも分配してくれないか。

 どうせまたボロボロになるのだからと、ろくに回復もさせてもらえず次のクリスタルのもとへやって来た。
 これまでマコトに雑な扱いを受けたことのないセシルとローザはますます困惑を深めていて気の毒だ。セオドアとシドはなんとなく適応しているのだが。
「堕落した女神アスタロート。さっきの蝿の仲間ですね。向こうの魔法は私が対処するので物理でひたすらボコってください」
「異界の神まで再生するというのか」
「こうなりゃヤケクソじゃ! 神だろうと悪魔だろうと相手になってやるわい!」
 元は女神だというが、まるで祝福を与えるかのごとく優しげに伸ばされた腕から生気が吸い取られそうになるのを感じた。長引けば厳しい戦いになりそうだ。
 前衛の俺たちにブリンクをかけていたローザが目をつけられる。即座に割り込んで庇ったセシルを抱擁すると、アスタロートの目が怪しく光った。
「くっ……な、何だ? 体が……!」
「あ、抱きつかれると石化しますよ」
「そういうことは早く言わんか!」
 慌ててシドが金の針を使って事なきを得るが、やはり長期戦は危険だ。
「セオドア、合わせるぞ」
「はい、カインさん!」
 セシルが敵の注意を引き、シドが押さえている隙にセオドアと共に跳躍し、マコトの重力魔法に助けられて落下攻撃を行う。
 ……人型の魔物の方がどこを突けばいいかも分かりやすく、倒すのが簡単だなどと思ってしまった。俺もかなり毒されているな。

 次のクリスタルも同じく異世界の敵を再生しているようだが、光を放つクリスタルから現れたのは何やら見覚えのある巨大な魔獣だった。
「ベヒーモス? まさか、進化したのか!?」
「キングベヒーモス、略してキンベヒです」
「な、なんか可愛く聞こえますね」
「どこが可愛いんじゃい!」
 遊んでる場合じゃないだろう。ただでさえ手強いベヒーモスがさらに強化されているとなれば、相当苦戦することになる。
「セオドア君、今の月齢って分かりますか」
「満月だと思いますが……?」
 その返答を聞いたマコトが僅かに顔色を悪くした。こいつは死に際メテオを放ってくるらしい。満月のエネルギーを帯びたメテオか。思考を放棄したくなるな。
「とりあえず最初は物理攻撃だけなのでカウンターに注意しつつタコ殴りにしましょう」
 ローザに守られマコトの魔法で強化されつつ、俺とセシルとセオドアとシド、四人で囲んで翻弄する。
 丸太のような腕から放たれる一撃が地面を吹き飛ばした。確かに脅威だが、当たらなければどうということもない。息を合わせて同時攻撃を続けていれば避けるのは簡単だった。
 やがて力尽きて倒れかけたキングベヒーモスが最後の力を振り絞ってエネルギーを溜め始める。ローザたちがありったけのシェルを配り、防御の姿勢をとって待ち構えた。
「みんな、耐えるんだ!」
 満月により凄まじく強化されたメテオが降り注ぐ。ヘイストをかけられているお陰でなんとか隕石を避けられるが、着弾の余波でさえシェルを突き破って俺たちを痛めつけた。
 ようやく星の雨が止んだ時には全員、悲惨な有り様だった。
「敵は一体、どこまで手強くなるの……」
「老い先短い命が縮む一方じゃわい」
「じゃあ老い先がなくなってしまう前に次へ行きましょう」
「……おぬし、段々ひどくなっとらんか?」
 まったく以て同感だ。しかし彼女の助力のお陰で助かってもいるので文句は言えん。

 クリスタルが再生する最後の一体は、見上げるほどの巨大な鉄の塊だった。大きすぎて離れないと人の形をしていることに気づけない。
「テツキョジンですね。ご覧の通り物理馬鹿なので、頑張ってください」
「な、なんて大きな……」
「まるでバブイルの巨人だ」
「機械仕掛けではないようじゃが……」
 生き物の気配ではないが、シドの言う通り機械でもないようだ。こんなわけの分からん魔物が跋扈する異世界もあるというのか。
 マコトによると、こいつは魔法を食らうたび反撃でメテオを放ってくるらしい。そんな気軽に隕石を降らすなと言いたい。仕方がないのでキングベヒーモスと同じように取り囲んで攻撃する。
 が、シドを庇って一撃を受けたセシルが弾き飛ばされて気を失い、囲いが崩れた。一撃で、だ。常識外れにも程がある。

「セシル! 大丈夫?」
「す、すまない……ローザ……」
 強固な鎧に身を包んだセシルでさえ持ち堪えられないんだ、シドやセオドアではひとたまりもないだろう。防御に徹しても危険すぎる。
 頭部や心臓を狙って素早く倒したいところだが鉄の板に阻まれてそれも叶わない。万事休すかと思ったところで、マコトが何か魔法を唱えた。
「終わったら先へ行った皆を追ってくださいね」
「マコトさん!? 何を……」
 見れば彼女は巨大なボムに変身している。そしてテツキョジンの心臓部に向かって突進し、ありったけの魔力を籠めて自爆した。
「鎧が剥がれたわ!」
「行くぞ、仕留めよう」
 鉄の鎧をなくしてさえ強靭な肉体はとにかくしぶとかったが、セシルが敵を引き付けてくれたお陰でなんとか削りきることができた。こんなものが全部で二十体もいるかと思うとうんざりしてくるな。

 マコトのコピーは自爆によって消滅し、本体か他の仲間のもとにいるコピーへと吸収されたようだ。あいつ、どんどん人間離れして器用になってるな。
 回復魔法を唱えすぎて疲弊したローザを労りつつ、俺たちも先へ行った者たちの後を追う。
 雑魚を警戒しながら先行していると、後ろからついてくる気配があった。
「セシルか」
 振り返れば、澄んだ青い瞳がそこにある。……今さらだが、帰ってきてくれたのだとようやく実感した。
「こうやって二人で話すのも久しぶりだな」
「本当だ。ずっと急いで進んでいたからね」
 必ず取り戻してやると決意してはいたが、長く虚ろな姿を見ていたのでこうして隣にセシルが歩いていることが奇跡のように思えた。
 彼は神妙な顔で「すまない」と呟いた。一瞬、俺に言ったのかどうかも分からなかった。俺が許しを請うならまだしも、謝られる覚えはないぞ。
「僕が自分を失ったばかりに……、お前が戻ってこなければ、僕は……」
「よせ。お前は悪くない」
 それでもセシルは表情を暗くする。
「いや、君が戻らなければ僕は、セオドアもローザも……」
 覚えているのだろうな。敵の手に落ちている間、自分の肉体がどう使われていたのか。その手が愛するものを殺したかもしれないということを。
 だが、俺はセシルを助けてなどいない。彼は自力で闇を克服し、戻ってきたんだ。
「俺が戻ったのは別にお前を助けるためじゃない。バロンは……祖国だからな」
「……そうか」
「そうだ」
 今は昔とは違う。支えてくれる者の存在を受け入れているから、セシルは過剰に自分を責めたりしない。俺の真意を正確に理解し、彼は少し笑った。

 祖国か。修練に励んでいる間は、二度と戻らないかもしれないと思ったこともある。だがやはり俺は、彼らのそばにいたかった。彼らに危機があれば必ず駆けつけるつもりでいた。
 遅くなりはしたが、手遅れにならなくて心から安堵している。
「随分と長く留守にしてしまった」
「カイン……でも、戻ってきてくれたんだな」
「ああ」
 そういえばハイウインド家はどうするんだとマコトが言っていたな。ずっと一人でいたつもりだが、当たり前のように俺の居場所がバロンにある。勝手に孤独ぶっては友に無礼か……。

 言葉少なではあるが、やはりセシルといるのは心地よい。彼こそが俺の相棒だと思える。
「君から見て、セオドアは……、どうだ?」
「素養はある。生真面目なところはお前にそっくりだ」
「そうかな」
「頑固なところはローザに似たな」
「かもしれない」
 セシルは照れ臭そうに笑う。心中は面白いほど穏やかだ。いつの間にか、彼らが並んでいるのを幸せな気持ちで眺められるようになっていた。おそらくセオドアと過ごしたお陰でもあるのだろう。
「止めなくてはな……、この月を」
 祖国を守るためにと呟けば、セシルは強い意思をもって頷いた。
「あてにしてるぜ、カイン」
「任せておけ」
 昔と変わりなく、こうして親友と笑い合える日々を、守り抜かなければ。




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