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許容


 ようやく最深部に到達したけれど、ゴルベーザさんによるとまだまだ先は長いらしい。
 この先では他作品のボスたちが再生されるという。経過時間的にもとっくにゲームオーバーになっていそうなのに、この月は未だ青き星にぶつかっていない。敵はこちらの到着を待っているのだろうか。
 かつての戦いを再現して皆の戦いぶりを確かめるようなやり方から、敵の目的に大体の予想はつく。きっと上から目線で青き星の成長を確かめ、結果がお気に召さなければ破壊しちゃえ、ってところでしょう。
 とりあえずボスラッシュの対策だけは考えておこうと思う。傲慢さが滲み出ているラスボスについては、さっさと片づけるが吉だ。

 このフロアは他と比べて異質な雰囲気だった。磨き抜かれたマーブルの床が続く先には荘厳な玉座が据え置かれている。美しく静かで、そして寂しい風景。
 長い階段の先には“ゴルベーザ”によく似た黒い甲冑を纏う騎士の後ろ姿が見える。
「う……あ……! あぁ……!!」
「父さん!?」
 苦しみもがき始めたセシルにセオドアが駆け寄る。すると漆黒の騎士がこちらを振り向いた。
「そ、そんな……」
 ああそうだ、あれはセシルだ。暗黒騎士だった頃の、心に迷いと闇を抱えた彼の姿。ではここがゴルベーザさんの死亡イベント分岐点……。
 即座に防御魔法を唱えようとしたけれど、それよりも素早く暗黒騎士が踏み込んできた。
「マコト!」
 咄嗟にルビカンテさんが抱えて逃がしてくれたので避けられた。ここへ来る前に素早さを戻しておくべきだったかな。

 踞るセシルを庇うようにセオドアたちが立ちはだかる。けれど暗黒騎士の方が憎悪の強さで優位に立っていた。
「コのスガタは、ワがホンシツ……ワレこそがセシル」
 すべてを闇に呑み込む黒い牙がそこにいた全員の精神を刈り取ってゆく。ローザもカインさんもセオドアも、なすすべなく意識を失うほどの深い絶望。回復魔法も効かない。
 肌が粟立つ。これはゼムスの時と同じだ。あの暗黒騎士はクリスタルの力で自分の憎しみを増幅しているらしい。
 とどめを刺すべく歩み出る暗黒騎士の前に未だ正気の戻らぬセシルが立ちはだかり、皆を庇って盾を構えた。
「ヨウズみだ……ヌけガラのニクタイなど……!」
「ぐ、う……! うああああ!!」
「セシル!」
 防御魔法はかけた。でも精神を蝕まれるのだけは防げない。いずれセシルの意識が呑まれてしまうだろう。かといって暗黒騎士を倒すわけには……。
「あれは他人ではどうにもならない」
「でも、どうすれば?」
「パラディンの試練と同じだ。己で乗り越えるしかない」
 自分を倒してはいけない。セシルはかつての試練で過去の絶望も闇も受け入れ許している。ここで倒してしまっては二度と自分を取り戻せなくなってしまう。
「マコト……もしもの時は、頼むぞ」
「ゴルベーザさん!」
 乗り越えられるまで、誰かがセシルを守って憎しみを受け止め続けるしかないんだ。それができるのはあの頃のセシルが最も求めていた人……共に生きるはずだった兄、ゴルベーザさんしかいない。

 暗黒騎士の攻撃をたった一人で受け続け、セシルはすでに限界を迎えていた。弱った自我が心の奥底に眠らせていた憎悪に呑まれつつある。
 自分を捨てた兄への憎しみ、それこそが人の本質なのだと思い込み、光が呑まれていく。今ひとたび放たれた黒い牙がセシルを覆い尽くす寸前、ゴルベーザさんがその身を挺して弟を守り、憎悪のすべてを引き受けた。
「……にい……さ……」
 思わず駆け寄りそうになった私をルビカンテさんが止める。
「ゴルベーザ様を信じろ」
 分かっている。彼ら兄弟はこれを乗り越えることができる。セシルは、ちゃんと分かっているはずだ。でも……彼の憎悪があまりにも胸を締めつけ、居ても立ってもいられなくなるのだ。

「ツグナったツモリか! それで……セカイをオビヤカした罪を……!」
「すまぬ……セシ……ル……」
「僕を捨てた罪を!!」
 暗黒騎士は倒れ伏したゴルベーザさんに剣を向ける。
「本望だろう……捨てた弟の手によって死ぬならば……!」
 どうしていなくなってしまったんだ。どれほどに苦しくて、暗黒を歩むばかりの人生だとしても、そばにいてくれる方がずっとよかったのに。
 ただそれだけでよかったのに。私を想い、守って、消えてしまう方はそれでいいだろう。でも遺された者の心は……?

 気づくとあたたかなものが私を包み込んでいた。見上げるとルビカンテさんが私を抱き締め、苦笑しながら回復魔法をかけてくれていた。
「お前が呑まれてどうする」
「……ごめんなさい」
 あれはセシルの心だ。私の記憶ではない。しっかりしなければ。
 苦手な精神魔法を駆使して、倒れ伏したローザたちに語りかける。絶望に沈み込んでいた彼女の意識が浮上し、よろめきながらも立ち上がった。
 ローザはゴルベーザさんを庇うように暗黒騎士の前に立つ。
「なぜだ、ローザ!? 私を捨てた男を……! 世界を破滅に導いた男を、なぜ!」
「分かっているはずよ、セシル。あなたなら、本当に大切なことが何なのか……」
 絶望して歩みを止めるならそれまでだ。でもセシルも私もそうはしなかった。そして歩き続けた果てにまた大切なものを見つけた。
「父さんは……ここにいる……、僕の父さんは、絶望に負けたりしない!」
 ローザのあとに続いてセオドアが立ち上がり、彼に支えられるようにカインさんも、傷つき倒れた兄弟を庇い立つ。
「セシル……お前も見たんだろう……絶望の中にも光が、残されていたことを」
 それは別の道を歩んでは得られなかったもの。

「モウイい……。オマエも永遠をテニイレルのだ……。ソのイノチとヒキカエに!!」
 錯乱した暗黒騎士がセオドアたちに黒い牙を放つ。心を蝕んでいた絶望が揺らいだことで自分を取り戻したのか、セシルが身を起こし、彼の光が暗黒騎士の闇を包容した。
「父さん!」
 セシルは剣を構えようとはしなかった。ただ自分の憎悪をその身に、心に受け入れ続ける。
「バカナ……キサマガ……セシルダト……!? ナラバ……ワタシハ……イッタイ……!」
「お前は私だ。一人で心を閉ざしていた、あの頃の……」
「ワタ……シハ……!」
「だが、今は違う。お前は一人ではない。私はお前だ」
 唯一の兄に捨てられた。でもそうやってローザに、カインさんに、セオドアに、出会うことができた。
 そして母を奪った弟を憎んでいたゴルベーザさんもまた、憎しみの果てに新たな居場所を得ることができた。
 憎悪の裏側には愛がある。どちらもなくしてはならない心なんだ。守るべき人も、守ってくれる人も今はここにいる。かけがえのない家族がそばにいる。いつでもーー

 暗黒騎士は剣を取り落とし、力なく膝をついた。その姿はやがて薄れてセシルの中へと消えていった。
「父さん!」
「強くなったな、セオドア……お陰で助かった」
 セオドアは誇らしげな笑みを浮かべて、そして父親をまっすぐに見つめて言う。
「僕は父さんと母さんの子ですから」
「……ありがとう」
 セオドアの中にあったコンプレックスが少し和らいでいるようだ。そしてセシルの中に残っていた、遠い記憶の兄へと向けられていた疑念も柔らかく溶けていく。
「あなたの声が、ずっと聞こえていました。だから僕は脱け殻にならずに済んだ」
「セシル……」
「来てくれてありがとう……兄さん」
 暗黒剣は心を直接蝕むものだ。回復魔法をかけても皆満身創痍だった。地道に皆の傷を癒しながら、精神回復魔法みたいなのが欲しいなと思う。
 まるで許容の証のように、玉座の前に輝く剣が出現した。セシルがそれを手にした瞬間まばゆい光が瞬く。玉座が消滅し、更に先へと続く階段が伸びていった。……すごくゲーム的な演出だなぁ。

 ようやく目覚めたセシルの姿に皆の活力が戻るのを感じた。主人公の風格だ。彼の背中には安心感がある。世界を負って立てる強さ……でもそれは、傍らにローザたちがいるからこそ安心できるものでもある。
 セシルは一人じゃない。一人では生きていけない弱さを知って、ちゃんと受け入れている。
「敗北を認めないのは未来を拒絶するも同じだ」
 光を取り戻したセシルの背中を見ながらルビカンテさんが呟く。
「私は自分の弱さを受け入れられず、過去の己を殺した。パラディンになれぬのも道理だな」
 絶対に負けない存在っていうのは、それ以上の成長をしないってことでもあるのかもしれない。
「しかしそのお陰でお前たちに会えた。……敗北はすべての終わりではない。今ならば、人であった頃の私を許せるだろう」
「そう、ですね……」
 考えてみれば人間だった頃の彼が試練に打ち勝ってパラディンになっていたら、魔物と化していなかったら、私は彼に出会うことさえできなかったんだ。
 振り返れば誰しも後悔はたくさんあるけど、それでも今こうして過ごす時が幸せであるなら、過去を変えたいとは思わない。

 階段の先、広がる闇の中から謎の少女が姿を現した。彼女はセシルを一瞥して告げる。
「光を取り戻したか。だが、あの星の運命は変わらぬ。役目は終わったのだ。お前たちも、あの星も」
「運命は決まっていない。未来を決めるのは、その心で何を想い、何を信ずるかだ」
 青き星に一体どんな運命があるというのか。なんにせよそれを定めるのは彼女らではなく、そこに生きる人々だ。
 他人に与えられた役目なんか知らない。私たちには自由を謳歌する権利がある。
 少女が手を翳すと地面が揺れ始めた。
「地を這う虫には理解できまい。構わぬ。どう死ぬかは、自由だ。それが貴様らに残された唯一の選択肢」
 彼女の姿が闇に溶け消えると揺れもおさまり、何もなかった空間に次元エレベーターが出現する。
 そしてそれを守るように立っていたのは……私、だった。




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