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風化


 マコトに呼ばれて降り立ったのは溶岩に囲まれた暑苦しい場所だった。この鬱陶しい気配は間違いなくルビカンテね。とうの本人は送還を拒否してマコトの魔力を貪りながら留まり続けているけれど、自分のコピーとも戦うつもりだろうか。
 これだけ人間がいるのだから任せておけばよいものを、好んで苦労したいなど気が知れないわ。

 適当に雑魚を蹴散らしながら進んでいたら、横から追いついてきたカインに声をかけられる。
「ようやく地下十階だな。ゴルベーザからいくつのフロアがあるか聞いていないのか?」
「おや、久しぶりねカイン。そのふざけた格好は何のつもり?」
 前に見た時はバロンの人間らしくしかつめらしい鎧兜に身を覆っていたのに今は随分と軽装で、その代わりパラディンのごとき聖属性がカインを守護している。
 パラディン……そう、この格好はまさにそれだわ。いつの間に試練を打ち破っていたのだろう。
 そういえば確かにカインは試練の山に籠っていたと思い出す。そんな私の横で当人はがくりと肩を落として項垂れた。
「何を落ち込んでいるのよ」
「いや、お前が相変わらずだから脱力しただけだ」
 自分は成長したのに私は変わらないとでも言いたいの? 余計なお世話ね。慌てて成長せずとも魔物に与えられた時間は人間より長いのよ。

 群がる雑魚を風で吹き飛ばす。マコトの魔力を使っているから少しやりづらい。やはり召喚は嫌いだわ。でもマコトは呼び出した者に一切の制限をかけないから、その点で不便はない。
 普通の術者は喚び出した魔物に制限をかけて従わせるものだけれど、マコトはそんな方法を知らないし、仮に知っても行わない。おそらく彼女の魔力を食らい尽くして殺すこともできるだろう。
 どうせ本体はバブイルの封印の中にいるので万が一殺しても構わない。きっとルビカンテが無茶をしているのもそういうつもりなのでしょう。
 遠慮なくマコトの魔力を喰らって魔法を打ち放していたら、木っ端と化した雑魚を見つめてカインが呟いた。
「生きてるのは分かってたが、確認できて安心した」
「……はぁ?」
「知り合いを殺すのは嫌なものだ。人間にとってはな」
 ゴルベーザ様やマコトも辛い思いをしているだろうと眉をひそめて言う。ああ、そういえば上のフロアで私のコピーを倒したのだったか。本人が別の場所にいるのは理解しているのに殺すのが辛いだなんて、人間の感傷は理解に苦しむ。
 それはそれとて、さっきカインに何か質問されたのを思い出したわ。この戦いがどこまで続くのか、だったかしら? そんなこと私が知るわけもないけれど。
「現れた敵をすべて倒していればそのうち終わるでしょう」
「それまで僕らの星が耐えられるでしょうか」
 私の言葉に答えたのはカインではなく、更に後ろから追いついてきた子供だった。どこかで見た顔だ。

 かつて一度、頼んでもないのにローザが見せにきた赤ん坊。あの時の気配によく似ている。
「お前、セシルの息子? こんなに大きくなっていたのね」
「あ……は、初めまして、バルバリシアさん。僕はセオドアと申します」
 魔物に対して律儀に名乗る人間はゴルベーザ様とマコト以来だわ。そうか。セシルの息子ならばゴルベーザ様の身内でもあるわね。ならば丁重に扱ってやろう。
「ゴルベーザ四天王が一人、風のバルバリシアよ」
 私が名乗るとセオドアは頬を染めて少し視線を逸らした。今まで大して興味を抱かなかったその姿をよく観察してみる。

 セオドアの銀の髪はゴルベーザ様やセシルの無機質な色と比べて随分と柔らかく見える。そして月光のごとく深い青の瞳はゴルベーザ様のものより光が強い。セシルはゴルベーザ様とそっくりの色をしているから、この子供はローザの色を継いだのか。
「あまり似ていないわね」
「そう、ですか?」
「セシルほど根暗ではないし、ローザほど向こう見ずでもない」
 内面を見るならば、セシルやローザよりもむしろ出会った頃のゴルベーザ様に似ている。闇に染まることなくまっすぐにそれを見据えていた頃の、あの方に。
 そんなことを考えていたら、横で聞いていたカインがため息を吐いた。
「分からんでもないが、もう少し言葉を選べよ」
「悪いところが似ていないのだからよかったじゃないの」
「そういう問題じゃなくてだな」
 親の模造品のように育つより上等でしょうと私が言えばカインは絶句し、セオドアは苦笑しつつ生真面目に礼を言った。

 奇妙な違和感の正体に気づく。セオドアは、カインにも似ているのだった。おそらくはこの男が育ての親の役割を果たしたのだろう。
「お前は自分の子を成そうと思わないの、カイン?」
 何気なくそう尋ねるとカインは顔を強張らせた。
「俺に相手がいると思うのか」
「ローザに生ませればいいじゃない」
「ええっ?」
「なっ、何を言ってるんだ!」
 これにはカインだけではなくセオドアまで気色ばむ。そんなにおかしなことかしら。かつての恋心を断ち切れていないのだからちょうどいいでしょう。
 ローザならば既に結婚してこんなに大きな子供がいる。経験者ならぱ次を作るのも簡単だ。
「お前らの倫理観はどうなってるんだ……」
 魔物に人間臭い倫理観などあるはずもないでしょうに。やはり人間の感覚はよく分からないわね。
「ローザが駄目ならマコトにでも頼みなさい」
「自ら焼き殺されに行くなど御免被る」
 ルビカンテが人間のように嫉妬などするとは思えないけれど。マコトだってカインのことは気に入っているから引き受けるはずだわ。
 まったくセシルといいカインといい、ゴルベーザ様といい……孤独を嫌っているくせにどうして番を得ることに躊躇するのかさっぱり分からない。

「俺は家庭を持つ気はない」
「でもハイウインド家はどうするんですか?」
 急に横から覗き込まれて仰け反ったカインはマコトを見て赤くなり、その背後に立つルビカンテに気づくと今度は鎧よりもなお青くなった。器用だこと。
「カインさん?」
 硬直するカインを訝しんでマコトとルビカンテは首を傾げ、慌てたセオドアが割って入る。
「マコトさん……今の話どこから聞いてました?」
「家庭を持つ気はないってところだけ」
「そ、そうですか。よかった」
「んん?」
 察するに、マコトと子供を作れと言ったくだりを聞かれたくなかったようね。彼女本人にもルビカンテにも。
 この二人も戦いが終われば子供を作るとか言っていたかしら。では確かに、まだマコトに手を出すのは無理かもしれないわね。当分はルビカンテが離さないでしょう。
「何か不穏なことを考えていないか、バルバリシア」
「この先に思いを馳せていただけよ」
 剣呑な視線を向けてくるルビカンテを見て、もしかするとカインの危惧もあながち見当外れではないのかもしれないと思う。
 元人間のルビカンテにも嫉妬心はあるのだろうか。それでもマコトは多くの子供を生むべきだわ。きっと強くて自由な意思を持つ魔物がたくさん増える。
「なあマコト、お前はいつまでも人間の常識を捨てないでくれよ」
「セオドア君、カインさんはどうしたんですか」
「え、えっと……あはは……」
 いっそゴルベーザ様の御子もマコトに生ませてはどうだろう。いい案だわ。ゴルベーザ様が相手ならばルビカンテも嫉妬などしないはずよね。

 クリスタルのもとに辿り着くとリディアとエブラーナ王が前線に加わった。あの忍者、しょっちゅうルビカンテと対決しにバブイルへ来ていたくせにまだ戦い足りないらしい。
「ついに出やがったな」
「炎が、激しくなっていく……!」
 ゴルベーザ様が氷の壁を打ち立て、その上からセオドアが防御結界を張り巡らせる。それでも灼熱の業火はこちらを焼き尽くすべく迫ってきた。
「イキ……ノコレヌ……ゾ……、チカラヲ……アワセネ……バ……」
 やはりルビカンテだわ。手抜きをするつもりは一切ないらしい。我ら四天王随一の魔力ですべてを飲み干すかのごとき炎が解き放たれた。
「解放してやるぜ。敵の手に落ちたてめえと戦っても仕方ねえ」
「グ……ウウ……! ワタシハ……ワタシダ……!」
「でも、今までの敵とは違う……操られて、いない?」
 身を抉る刀を打ち払い、迫るブリザガをより強大な火で消し飛ばす。コピーでありながらその戦闘力はさすがに四天王の筆頭。
「この戦狂いがそう簡単に支配されるはずもない。ただ自分が戦いたいから戦っているのよ」
「敵の支配から逃れたってのか! はっ、認めたくねえが、流石だな」
 でも今のルビカンテよりは弱いわね。全力を出してこの程度とは。私が暴風を呼び出すと、炎は掻き消え敵の体が僅かに傾ぐ。

 突然、私を維持していた魔力が揺らいで存在を保つのが困難になった。
「マコト」
 振り向くと彼女は蒼白な顔で倒れそうになっていた。その腕をとり、ルビカンテが物言いたげな目で見下ろしている。
「言いたいことは、分かってます……でも理屈じゃないんです……私は、やっぱり……」
 身を切るようなマコトの思念が魔力に乗って流れ込んでくる。私とルビカンテだけではなく、それを感じ取ってしまったゴルベーザ様までもが痛みに呻いた。
 喪うことを何よりも恐怖している。亡くす哀しみを避けるためなら手に入れること自体を躊躇するほどに。彼女はただ、我々が意味もなく傷つけられる光景、それがどうしても許せない。

「マコト。もういい」
 一言呟くとルビカンテはマコトにスリプルを唱えた。精神を押し潰さんばかりの苦悶の声が消えて、ようやく魔力が安定する。
「私も戦うつもりだったが、やめておこう。己を倒したとて過去の敗北が帳消しになるわけでもない」
 かつて敗れた試練に今一度という思惑でもあったのか、ルビカンテは己と戦いたがっていた。しかし今はその腕にマコトを抱き、周囲を炎で守り静観の姿勢をとる。
「グ……ア……! ナニヲ……シテイル……タオセ……! ワタ……シヲ……」
 精神を蝕む魔力に抗うためか、敵は自らに火燕流を放った。そこから視線を逸らすことなくエブラーナ王がこちらのルビカンテに問う。
「構わねえんだな?」
「全力でかかるがいい。私はここで、自分の弱さを見ているとしよう」

 魔力源たるマコトは眠りについている。今のうちにすべてを消し飛ばしてやらなくては。
 ゴルベーザ様が炎を呼び出し、リディアの唱えたファイガがそこに重ねられる。
「奪うだけじゃない……炎は誰かを救うこともできる。あなたが教えてくれたのよ」
「俺たちの得た強さ、たっぷり味わって逝きな!」
 更に忍者が放つ火遁が燃え滾り、巨大な焔の塊を私の竜巻に巻き込んで、轟音をあげながら烈火の渦はルビカンテを覆い尽くした。
 爆風が辺りの炎を掻き消していく。そしてまたルビカンテの命の灯も。
「……テニ、イレタ……カ……シンノ……ツヨ、サヲ……」
 どのような状況においても変わらない。強者の出現に嬉しげな笑みを浮かべ、ルビカンテは崩れ落ちた。
「トメルノ……ダ……、コノ……ツキヲ……」
「分かっている。ご苦労だった……安心して眠れ」
「ゴルベーザ、サマ……アトヲ……タノ……ミマ……」
 砕け散るクリスタルと共にその存在も焼失した。敗北した己の姿を見つめるルビカンテの瞳に、かつての憤怒は感じられない。

「この月を止める手立てはあるのですか?」
「ああ、大体はな。しかし……」
 ゴルベーザ様は躊躇いがちにルビカンテの腕で眠るマコトを眺め、思案に耽った。
「マコトが邪魔をするやもしれぬ。彼女はおそらくラスボスを許せないだろうからな」
 よく分からない。ここまで好き放題されては待ち受ける敵をマコトが許さないのも当然だろう。無論、マコトだけではなくセオドアたちも同様に。それがどうして月を止めることの邪魔になるのか。
 ……まさか、敵を倒したら月が止まらないとでもいうのかしら。
 考えてみるとあり得ないことではないわね。この奥にいるものがたとえば月の制御装置の類いだとすれば、破壊しても月は止まらない。
「もしもの時は、またマコトを眠らせて抑えましょう」
 その隙に“エンディング”とやらを迎えてしまえばいい。青き星に戻ってしばらくすればマコトの怒りも冷めるはず。しかしゴルベーザ様は苦笑しつつ「そういうわけにもいかない」と仰った。
「敵を殺すと月が止まらないことは話すつもりだ。そのうえで方法が見つかれば、彼女のしたいようにさせる」
 私はマコトの行動を制限したくないのだとゴルベーザ様は言う。……この方らしいわね。ならば私も倣おう。
 彼女の選びとる道が如何に愚かしく思えても、その自由な意思こそがマコトの強さの源なのだから。




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