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解放


 皆が素早く安全に先へ進むために、黒魔法が使える人はエリアに広く散ってモンスターを掃討するように言われてたんだけど……。
 戦いの合間にゴルベーザから次の相手が何者かを聞かされて、ついエッジたちのところへ戻って来てしまった。
 でも前線にエッジはいなかった。なんだか配下の忍者四人衆をまとめて仲間の連絡役みたいなことをやってるみたい。クリスタルのところに辿り着くまでには戻ってくるはずだと教えてくれたのはマコトだった。

 そのマコトはといえば、召喚魔法で呼び出したらしいエッジのご両親と話していて驚いた。だってこの先で戦うのは彼らのコピーだって聞いてたんだもの。
「自分自身と戦うのは精神的にキツいと思います。向こうとしても、今さら生きてる自分の可能性を見せられて未練が残るかもしれませんし」
「であろうな。そのコピーとやらの我々は、おぬしに出会わないまま人としての死を選んだのだろう? 魔物と化したとはいえ、こうして生きている我々の姿を見せるのは……我がことながら酷だ」
 重々しく告げるエブラーナの先王さまに、王妃さまも同感ですと頷いた。
「あちらの私たちのことは、あなた方に任せましょう」
「しっかりと引導を渡してやってくれ」
「分かりました」
 上の階では元バロンの近衛兵長が再生された自分のコピーと戦ったらしい。彼は特別に図太いから平気だけどそんなの常人には無理なことだとマコトが言っていた。
 確かに私も自分と戦うなんて嫌だ。それが私とは別の道を選んで儚くなった“もう一人の私”だというなら尚更。……だって、私に似てるという例の少女と戦うのも嫌な気分だったもの。
 マコトはエッジのご両親に確認をとっておきたかったみたいだ。自分のコピーと相対するかどうか。彼らはもう一人の自分とは対峙せずにマコトが守る異次元へと還っていった。

 エッジのご両親は十四年前にルゲイエという老人の手によって肉体を魔物に作り替えられた。自我を失いかけていたところをマコトに救われ、魔物である自分を受け入れて生きている。
 マコトのもとで力をつけた二人は影からエブラーナを見守っていたらしい。それでも、エッジには滅多に顔を見せてくれなかったみたいだけれど。
 これから戦うのはマコトと出会えなかった彼らの可能性、魔物の肉体を拒絶して人間としての死を選び、国の行く末も見ることが叶わなくなったもう一人の彼ら。
 人間であることを全うするのと、魔物と化してでも大切なものを見守り続けることができるのと。どちらが幸せなのか、私には分からなかった。
 マコトやエッジのご両親はいつも私に道を迷わせる。
 私もずっと、二つの道を前にして迷ってる。こっちの世界のセシルやみんな、そしてミストの人たちが大切だと思う。でもその気持ちと同じくらい、幻界の家族や友人と離れることが辛いから……。
 いっそ私も魔物になってしまえば幻獣たちと同じ時間を生きられるけれど、そうして人間界への未練を断ち切る決心もつかないんだ。
 エッジのご両親は魔物になったことでずっと国を見守っていられる。けれどその代わり、二度とエッジと同じ時間を生きることはできない。だから会わないようにしているのだと思う。
 きっと、幻獣王さまと王妃さまが私に幻界を出るよう命じたのも同じ理由だ。
 人として生きるのか、幻界に戻るのか。道を選ぼうとすると心が引き裂かれそうに痛くなる。どっちに行っても心はもう片方に惹かれ、迷う間にまるでどちらの世界も私を拒絶しているような錯覚が起きて悲しくなる。

 地下六階のクリスタルに近づくと、今までの魔物とは違って魔物ではなく人間の気配が辺りに満ちた。前線に戻ってきたエッジが表情を引き締めて刀を抜く。
「エッジさんは戦わなくてもいいんですよ」
「馬鹿言うな。あれは……あれも親父たちなんだろ? だったら引導を渡してやるのは俺しかいねえよ」
 まるで親を殺せと言われたような顔をしてマコトが俯いた。その彼女にエッジは「頼みがある」と告げる。
「攻撃力を高める魔法を使ってただろ。あれをもう一度かけてくれ」
 苦しめずに一撃で逝かせてやりたいと言うエッジに頷いて、マコトは見たことのない魔法を唱え始めた。
 痛みに呻くエッジを見て少し焦ったけれど、それは一時的に身体能力を引き上げる強化魔法だったようで、エッジの筋力や俊敏性が人の領域を超えていくのを感じた。
「親父、おふくろ……。俺は大丈夫だ。ゆっくり眠ってくれ」
 飛び込んで一閃、刀を振るう動きさえ目では追えなかった。音もなく彼らは命を閉じ、優しい微笑みを浮かべてエッジを見つめる。
「カナシムナ……ワレラモ、マタ……シアワセダ……」
「……アナタガ……イキテ、クレル……カラ……」
「ああ……。俺も、幸せだよ。ありがとうな……」
 最後にエブラーナと、この世界を頼むと告げて二人は静かな眠りについた。

 そろそろ誰か疲れているだろうから交代すると言って、エッジは掃討にあたっている四人衆のもとへ足早に駆けていく。
 何か声をかけてあげたかったのに何も言えずにその後ろ姿を見送る。
 無限に湧いてくるモンスターの対処も酷く疲弊すると思っていたけれど、こっちはこっちで精神的に苦しいものだったのね。敵を倒すためではなく、死者に安息を与えるために戦い続けなくてはいけない。
「……マコトは大丈夫? この先には……きっと四天王もいるんでしょ?」
 私がそう聞いたら、マコトは力なく笑ってみせた。
「皆がそばにいてくれるから大丈夫です。あっちの皆を助けられないのは悲しいけど、……こっちの皆は守ることができた。失わずに済んだことを喜ばないと」
「そう、ね……」
 消えていった彼らとは違う運命に出会って、エッジの両親も四天王やその仲間たちも、マコトの作った異次元の中で守られている。

 こういう時のために、マコトはずっと自分を鍛えていたのね。いっそ強欲なほど力を求めて、そのお陰で大切なものを守ることができた。
 私も……私にも人を超えるほどの力があれば、ただ漫然と気遣われているだけじゃなく皆を守って戦えたのに。魔物になってでも……。
「人間やめて失うものも確かにある。人間の体に寿命がきて、死を迎えてからでも魔物にはなれる。そんなに焦らないで」
「……マコト」
「リディアがお婆ちゃんになる頃にも私は生きてるし、幻界の皆も生きてるし、それから決断したって遅くはないと思います」
 ちょっと驚いてしまった。でもすぐに納得する。彼女は私が迷ってることを知ってたのね。そして、迷いがなくなるまで待っていてくれると言うのね。
「ありがとう。私やっぱり、もう少し人間でいるね」
 そう言うとマコトは「よかった」と言って笑った。彼女もずっと以前から、私に人間界にいろと、その方がいいと言い続けていたっけ。
 ……マコトも、こっちの世界で魔物となって仲間を守る力を得た代わりに、前にいた世界の人とは二度と会えなくなってしまったんだ。
 焦っちゃいけない。分かってるけど……。

 小休憩に入ると、焚き火の前に座り込んだ私の背後からいきなり声がしてビックリした。
「おーいリディア、無事か〜?」
 のんびりした口調でそんなことを言うルカの方こそヘロヘロで全然無事じゃない。
「疲れてるわね、ルカ」
「疲れてるよ! もう敵が多すぎだよ! カルコブリーナのメンテする暇もないんだよー」
 よよよと泣き真似をする彼女をせめてケアルで回復してあげたいけど、マコトは次のフロアの攻略準備で忙しそうだ。仕方ないからルカを手招いて私の隣に座らせた。
 彼女はじっと私の顔を覗き込み、心を読んだみたいに「大丈夫だよ、心配しないで」と笑う。
「他の幻獣たちもみんな助けられたんだからさ。きっと幻獣王さまたちもリディアを待ってるよ」
「……うん」
 不安は拭えなかった。クリスタルの力で再生され、消えていった彼らみたいに、あるいは村を守って死んだお母さんのように。私の力が足りないばかりにまた取り返しのつかないことが起きてしまうのではないかと、すごく怖い。

 ルカは戦い疲れているけれど、ここに来てからなんだか楽しんでいるようにも見える。それを指摘すると彼女は照れ臭そうに頭を掻いた。
「こんな時に緊張感がないって怒られそうだけど……楽しいよ。やっぱ、あの人がいるからかなあ」 
「パロムのこと?」
 ずっと会いたがっていたものねと私が頷いたら、ルカは大慌てで手を振った。
「ええ? 違う違う! シド師匠に決まってるじゃん。あたし、師匠から学びたいことがいっぱいあるの。一緒にいられてすごく嬉しいよ」
 なんだ、そっち? てっきりパロムのことだと思ったんだけど。でもそういえば、月に来てからあまり言葉を交わしていないみたいね。
 パロムは今、レオノーラさんと一緒にセシルたちの後方から追ってくる敵を排除してる。ルカの持ち場とは少し離れてたっけ。
 ルカの抱いてる気持ちは淡い恋心のように思えるけれど、そういった感情がよく分からない私には相談に乗ってあげることもできない。たぶん、ジオット王にでも聞いてもらった方がまだ建設的な話ができると思う。
 でもルカは、なんだかもうそんな気持ちは薄れてきたのだという。

「確かに最初はヤキモチみたいなのもあったけど……、今はどうでもいいや。あいつのこと嫌いになったわけじゃないよ。ただ今はすべきことがあるからね」
 ドワーフは細かいことに悩んだりしないのだと胸を張る彼女のどこにも虚勢は感じられない。
「ふふ。確かにドワーフらしいわね」
「でしょ? だからリディアもさ、ドワーフ精神で行こう。今できることを精一杯やってれば、きっと全部うまくいくよ!」
「うん。ありがとう、ルカ」
 そうよね。今できることを精一杯やって……悩むのはその後よ。
 待っていてくれるはず。きっとあの時、幻獣王さまが私を幻界から無理やり追い出したのは、こうして私が自由に動くためだった。
 マコトが仲間を守ったように、私も私の家族を助けてみせる。もし力が足りなくたって、頼れる仲間がたくさんいるんだもの。
 一人で焦って可能性を狭めてはいけない。私はいろんな人から自由な未来を与えられているんだから。




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