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再会


 月へ向かう魔導船の中、マコトはうんざりしたような顔でため息を吐いた。
「人が多い……」
「魔物には居づらい状況か?」
「ものすごく」
 一応、冗談で言ったつもりだったが真顔で頷かれて反応に困る。しかし確かに彼女の言う通り、魔導船内にはかなりの人数が集まっていた。正確に数えたわけではないが、人間だけでも二十人はいるだろうか。
 未だ目覚めないセシルの周りにはローザとセオドアとゴルベーザ、リディアにエッジがいて彼を見守っている。
 操縦室にはシドやルカを始めとする各地域の代表が集まっているし、廊下にまで人が溢れている有り様だ。
 マコトは特に人見知りが激しい方ではなかったと思うが、彼女にとっては顔を合わせ辛いであろう人物が複数人同船しているのも事実だった。

 前回の決戦で直接ゼムスと戦った俺たちはともかく、真実を知らない者にとって“ゴルベーザ”は今でも諸悪の根源として扱われている。
 ギルバート王やその秘書、エッジ配下の忍者四人衆にトロイアの神官見習い……マコトが疎ましく感じているのはその辺りだろうか。彼らの悪意がマコト本人に向いているのであれば、まだよかったのだろう。
 しかし彼らはすべてを為したのがマコトだと知らない。だから“ゴルベーザ”に対して蟠りがある。そのぎこちない空気がマコトを苛立たせている。
 悪意の視線から彼女を庇うために、ゴルベーザが罪を被ろうとする気持ちは分からないでもない。だがそれは同時に、彼女を侮る行為ともなり得る。
 たとえば、操られていたのだからお前は悪くない、とでも言うようなものだ。俺だったらそんなことはされたくない。仮に精神を支配されていたとしても、それもまた己の意思ではあったのだから。
 お前に責任はないと言われるのはそこに己の意思さえ認められないのと同じことだ。
 ゴルベーザを守り、四天王を守り、仲間を愛した記憶まで偽りのように扱われることが彼女は我慢ならない。
 あれはマコト自身の意思だった、他人の命よりも仲間を守ること選んだがゆえの行為だったと、他ならぬゴルベーザに認めてほしいのだろう。
 己の信念に基づいて行動できたならば誰かに憎まれることは苦にならない。憎まれる価値もないと言われるよりずっとマシだ。

 しばらくゴルベーザの背中を眺めていたマコトは、諦めたように首を振って俺を見上げた。
「そういえば、カインさん変身したんですね。それはパラディンですか?」
「ああ、そのようなものだ」
 変身と言われると妙な気分だが装備まで勝手に新調されては否定もできない。俺が以前着ていた服はバロン城で行方不明になった。
 確か、昔セシルにパラディンの力が授けられた時にも新たな装備を勝手に着せられたと言っていたな。陛下に頂いた暗黒騎士の装備一式が消失してしまったと彼は悲しそうに嘆いていた。
「月の民じゃなくてもパラディンになれたんですね」
「どうだろう。俺は臨時の代理みたいなものだ。試練には一度失敗しているしな」
「試練って、もう一人の自分と戦うという……ああ! じゃあミシディアのクリスタルを持ち去ったのは」
「試練の山で別れた俺自身だ」
「なるほど、カインさんは双子じゃなくてプラナリアだったんですか」
「……プラナリア?」
 心の中にある闇を受け入れることがパラディンになるための試練。なんとか自分を取り戻せはしたが、そこへ至るまでに余計な恥を晒してしまった。
 不甲斐ない俺がパラディンになれたのは、セシルたちを救いたかったあの光にとって都合のいい存在だったからだろうと思っている。
 俺よりもセオドアの方が相応しいだろうに、彼の心には乗り越えねばならぬような闇もないのかもしれない。セシルとローザが愛情をもって育ててくれたからこそ、彼はパラディンにならなくて済んだとも言える。

「父さん!」
 セオドアの叫びを耳にして俺とマコトはベッドに駆け寄った。呼び声に応えるようにセシルがようやく目を開く。
「セシル!」
「ようやくお目覚めかよ、大将」
「よかった……」
 だが、様子がおかしい。呆然と虚空を見つめるセシルは誰の声も聞こえていないようだった。
「父さん? 返事をしてください、父さんっ……!」
「やめておけ」
 悲痛な声でセシルに縋るセオドアの肩を掴んで引き離した。目覚めはしたが、脱け殻も同然だ。マコトの言うように心がここにない。
「敵はセシルに何をしたの」
 静かな怒りを秘めたローザの言葉に答えたのはゴルベーザだった。
「感情の根源を奪われたのだ」
「感情の……?」
「心の奥底にあった愛情と憎悪を。かつて受け入れ、乗り越えたはずの絶望を抜き取られ、心を失っている」
 受け入れたはずの絶望というと……もしやセシルは半身を見失った俺のように、もう一人の自分をなくしているのだろうか。暗黒騎士であった頃の彼を。
 憎悪と絶望に彩られ、しかし紛れもなくセシルを形成するものの大部分である、心の闇を。

 心をなくしているものの、意識はある。半ば人形のようだがそれでもセシルは体に染み着いた戦いの技を覚えているようだ。腰に提げたバロンの剣に触れ、微かな闘志が彼の中に芽生えるのを感じた。
 ゴルベーザはセシルを連れて月に降りるつもりらしい。ローザもセオドアも、もちろん俺も異論はなかった。
 未だセシルの心が敵の手中にあるならば取り戻さなくてはならん。だが、マコトはどこか不安そうな表情で兄と弟を見つめていた。
 彼女にとってゴルベーザがどういう存在なのかは正直よく分からないが、それでも彼ら兄弟を守るために力を尽くしてくれるのは間違いない。もう十四年も前から家族が離れ離れにならないように願い、戦ってきたのだから。

「そういえば、操られていた幻獣を取り戻したらしいが四天王の居場所は分かったのか?」
 俺の言葉に顔を上げた彼女は何事か考え込み、呟く。
「召喚なら……大丈夫かな」
 そして魔法を唱え始めた。が、その邪魔をするかのように魔導船が大きく傾ぐ。

 操縦室を見てくるとエッジが駆け出したところで更に激しい揺れが襲ってきた。
「マコト!」
 咄嗟に手を伸ばして彼女を抱き留める。焦りつつもマコトは呪文を中断できずにいた。
 揺れは収まることなく続いている。どうやら舵を無視して強引に進路を変えさせられているようだ。
「魔導船が引き寄せられてる!?」
「月の引力だな」
 ローザは無防備なセシルにレビテトをかけ、それを見たセオドアも揺れに耐えられず踞っているリディアから順にレビテトをかけ始める。
 船内の揺れはますます激しさを増した。船ごと引き裂かれそうな恐ろしい音が響く。
「不時着するぞ、どっかに掴まってろ!」
 操縦室の様子を見に行っていたエッジが戻ってきたと同時、セシルが苦痛に満ちた呻き声をあげる。
「ぐ……ぅあ、ああ……ッ!」
「父さん!?」
「がああああ……!!」
「セシル、しっかりして!」
 月が近づくにつれセシルは苦しみ、船の揺れも酷くなる。やがて不時着の衝撃を受けて、俺はマコトを抱えたまま魔導船の床を転がった。

 揺れが収まったところで腕の中でぐったりしているマコトの無事を確認する。
「おい、大丈夫か……!?」
 その瞬間、背後に凄まじい殺気を感じて振り返ると、そこにルビカンテが立っていた。召喚に成功したのか。
 だが、なぜ俺に向かって火燕流を放とうとして……と疑問に思ったところでふと下を見る。俺は今、マコトを押し倒している状態に見える。
「よもやお前に裏切られるとはな、カイン」
「ちょっと待て、誤解だ!」
「ローザが手に入らぬからとマコトに手を出すとは許し難い」
「断じて違う!!」
 慌てて飛び起きて距離をとったところでマコトが身動ぎをする。
「いたー、頭打った……」
「大丈夫か?」
 マコトが後頭部を押さえながら起き上がるとルビカンテは手のひらを返したように優しい声で彼女を労った。
 何なんだその変わりようは。いや、俺にそんな声をかけられても気持ち悪いだけだが。

 こぶのできた頭に回復魔法を受け、一瞬呆けたあとマコトは目の前に立つ男を見た。
「ルビカンテさん!」
 途端に感極まって抱きついてきたマコトにルビカンテから幸福の絶頂というような気配が溢れ出してきて、なぜだろう壁を殴りたくなった。
「マコト。再会を喜び合いつつも言っておかなければならないことがある」
 いや、そういう場合は普通「再会を喜び合うのは後にして」と言うんじゃないのか。
 久々の感触を味わい尽くすかのようにマコトを思い切り抱き締めながら、ルビカンテは口早に告げた。
「我々は結界を張った異空間にいる。入り口は次元エレベーターだ。しかし封印されていて今はそこから出ることができない」
 異空間、というとリディアの幻獣たちがいる幻界のようなものか。それでマコトは彼らが「どこにもいない」と言っていたんだな。
「ごめんなさい……敵が侵入できないようにと思ってそこへ避難してもらったんです。でも上から敵のバリアを張られちゃって」
「ああ、分かっている。もう一つ、あちらには我々と共にお前の本体がいるんだ。魔力を失い、一部の記憶が抜け落ちているのもそのためだ」
「じゃあ今の私は劣化コピーだったんですか? それで弱くなってたんですね」
「そうだな。その肉体では元の半分の強さもなかろう」
 あれで弱体化……なんだか凄いことを聞いた気がするが、ここ数年でマコトが人智を越える進化を遂げていた事実など今さら驚く必要もないので無視しておこう。

 つまり、四天王がこの世界のどこにもいなかったのはマコト自身が彼らを敵から守るために封印していたのだ。
 加えてマコトは自分の体を複製したせいで記憶が一部欠落し、彼らの居場所が分からなくなっていた。
 なぜ複製など作ったのかと思ったが、よく考えたら幻獣たちと同じように操られる可能性はマコトにもあるのだった。ゾッとする話だ。マコトも戦いが終わるまでその封印とやらの中にいた方がいいんじゃないのか。彼女が敵の手に渡ったら世界は終わりだぞ。

「お前の結界は強力すぎて我々には越えられん……ああ、やはり召喚でも長く持ちそうにないな」
 リディアが幻界から召喚する幻獣たちのように、魔力で再現されたルビカンテの姿は徐々にその存在感を失っていく。
「鍵を開けてくれないか?」
「だ……だめ、です。まだ……敵に操られ……かもしれな、い……から」
 そして徐々に力を失っているのはマコトも同じだった。
「マコト!」
 彼女の魔力が凄まじい速さで奪われている。弱体化された身で、四天王や配下の魔物を封じ込めるほどの強力な結界を破って召喚しているのだ。このままルビカンテを維持していたらマコトの身が持たない。

「くっ……一先ず還ろう。無茶はするんじゃないぞ、今のお前は不完全なんだ。それからカインやエッジには不用意に近づくな。いいな、マコト……!」
 名残惜しげに彼女の頬を撫でながらもルビカンテは素早く姿を消した。支えを失ったマコトはよろめき、膝をつく。
 ……俺はエッジと同等扱いか。まあそれはともかく、膨大な魔力と引き換えに彼らを召喚することはできるようだ。
 涙ながらに微笑むマコトを見ていると……あいつらが無事でよかったと、心から思う。




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