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愛情


 ミシディアに飛んできたが、死屍累々といった有り様だった。いやまだ息はあるようだが。おそらく祈りの館を守るためラムウに挑んだのであろう、雷に打たれた黒魔道士たちがそこかしこを焦がしつつ倒れている。
「魔物の被害は少ないようですね」
「祈りの館で白魔道士たちが結界を張っているようだ」
「黒魔さんは防衛要員ですか。とりあえず彼らを回復しておきますね」
 そうだな。ラムウを取り戻せば脅威は一旦なくなるが、代わりにモンスターが攻めてくるだろう。
 ポロムを連れて行く以上、魔道士たちには自力でミシディアを守ってもらわねばならない。
 道端に転がる魔道士を手当たり次第にそこらの建物内へと避難させ、マコトは回復魔法を唱え始めた。
 住民のことはマコトに任せるとして、私たちは一足先に祈りの館へと向かうことにする。

 館への階段に足をかけた瞬間、肌にひりつくような気配が大気に満ちた。閃光が瞬くと同時にエッジとリディアが裁きの雷に打たれて吹き飛ばされる。
「くそっ、今のは痛かったぜ!」
 軽口を叩いているが、深傷を負ったエッジは起き上がるのがやっとだ。魔法耐性の高いリディアも辛うじて無事だが、ルカは一発でも食らえば命が危ういだろう。
 雷撃からルカを庇うように立ち、館の端に倒れ伏したリディアを見遣る。
「ラムウに語りかけよ。いくらか幻獣を取り戻した今ならば支配の力も弱まっているはずだ!」
 力を振り絞ったリディアが身を起こし、憤怒に駆られた老人の顔を見上げる。
「ラムウ……お願い……もう、やめて……」
 厳かに杖が振り翳される。ルカがリディアを案じて飛び出そうとしたが、その襟首を掴まえて制した。ラムウには声が届くはずだ。
「思い出して……、あなたの心……優しさを……!」
 懇願する幻界の姫を前に、翳された杖から裁きが下されることはなかった。血走っていた瞳に正気の光が戻ってくる。
「リディア……」
 老人はリディアの前に跪き、遠く離れゆく雷鳴と共に幻界へと帰っていった。

 マコトが合流してリディアとエッジを回復し、祈りの館に足を踏み入れる。
 祭壇の前では白魔道士たちが一心不乱に祈りを捧げていた。
 皆痩せ細り、窶れきっている。傷だらけで結界を紡ぐ者たちの中でもポロムが一番重症に見えたが、彼女は気力だけで皆の祈りを纏めていた。
「ポロム!」
「……リディアさん……?」
 己の名を呼ぶ声に振り返り、外の脅威がなくなったことを知るとポロムはそのまま気を失った。
 支えをなくして次々と倒れていく白魔道士たちにマコトがため息を吐いて回復魔法を唱える。どうやらついでに結界も張り直してくれるようだ。ありがたいことだがそろそろ彼女も魔力が尽きるだろう。
 すでに意識を取り戻した黒魔道士たちに後のことを任せ、ポロムを連れて速やかに飛空艇へ戻る。
 エリクサーも残り僅かだ。いくらマコトの魔力量が規格外だとて、MP回復手段がなければ何ともならない。

 ファルコン号に戻り、マコトは新魔法の開発を試みている。魔力を回復できる魔法はないかと問われたのでユカリに教わったFF11のリフレシュを教えたのだが……。
 DS版とはいえこの世界にも“いのる”や“せいしんは”があるので、MP回復魔法の再現も不可能ではないだろう。
 精神集中に励むマコトを尻目に、私たちはポロムからミシディアでの経緯を聞いていた。
「それで、水のクリスタルは?」
「カインさんが……クリスタルを持ってバロンに向かいました」
「何だと!?」
「彼は、セシルさんを、殺すと……」
 カインの裏切りに衝撃を受けるリディアとエッジを遮ってマコトが首を突っ込んでくる。
「カインさんなら、セオドア君と一緒にバロンに向かったはずですが。あのバリアの中にいるはずですよ」
「え!?」
 驚いたことにもうリフレシュの効果が出ている。習得が早すぎるぞマコト。その柔軟な思考、見習わねばならんな。
 名実ともに無尽蔵となったマコトの魔力があれば、私やリディアは彼女からアスピルで魔力をもらい受けることができる。
 実質、黒魔道士勢はほぼ無限に魔法が打てるようになったわけだ。もはやボスラッシュなど案ずるに値しない。

 などと思考が逸れている間に、マコトを含めた皆はカインのことで大いに混乱していた。
「ほら、デビルロードを借りた時ターバン巻いた人が一緒にいたでしょう。あれカインさんです」
「そ、それは……確かに見た顔だとは思いましたけれど。でもクリスタルを持ち去ったのも、間違いなくカインさんでしたわ」
「うーん。そういえばダムシアンでも、カインさんと一緒に来たのにカインさんがローザを攫ったとか意味不明なことを言われたんですよね」
 マコトとポロムの会話を受けて、エッジもリディアもわけが分からないといった表情を浮かべていた。無理もない。
 そしてマコトは一つの結論に至った。
「どうやらカインさんは二人いるみたいですね」
 ちなみに、正解だ。
「んなわけねえだろ!?」
 それがあるのだ、エッジよ。
 結局、「考えても分からないもんは仕方ねえ」と割り切ったエッジの発言によりカインさん双子説にまで発展した近況報告会は幕を閉じた。

 残るタイタンを求めてアガルトにやって来た。このペースならば今日中にバロンへ行けそうだ。
 村の中では魔物が闊歩しており、村人も家に閉じ籠っているらしく人影はまったく見当たらなかった。
「きっとタイタンは、まだここにいるはず……」
 幼馴染みの気配を探してリディアが駆ける。やがて村の奥でマイナスの姿を見つけた。少女もリディアを振り返る。
 こうして見ると確かによく似ている。幻獣を支配するということでリディアのグラフィックを流用したのだろうが、設定……いや、現実的にはなぜリディアとマイナスが似ているのだろうか。
 召喚士は月の民と関係があるのかもしれないと考えることがある。幻獣神も我らの月にいるくらいだからな。
 マイナスは無感情な瞳でリディアを見つめ、静かに呟いた。
「もうこの星に用はない。消えろ」
 消えろといいつつ自ら姿を消したマイナスに代わり、リディアの眼前にタイタンが現れた。

 巨体が繰り出す拳によって地面が激しく揺さぶられる。リディアを取り囲むように地割れが走るが、彼女は決して杖を手にしなかった。
「タイタン、私よ! 分かるでしょ?」
 襲いかかる拳を避けようともせずに迎えるリディアを、寸でのところでエッジが助け出した。
「リディア、退いてろ! ここは戦うしか……」
「私をよく見て、思い出して! ずっと一緒だったでしょう……子供の頃から、ずっと……」
 泣きそうな顔で友に訴え続けるリディアに、エッジもそれ以上は言えなかった。
 だが友の声に応えるはずの心を支配されたタイタンは再び拳を振りかざし、大地の怒りが彼女の足元の地面を消し去った。
 悲痛な表情を浮かべたまま彼女の姿が地割れに吸い込まれていく。
「リディア!」
「やめて!」
 咄嗟に飛び込んで助けようとしたエッジとルカを掴み、その場から遠ざかる。まったく無茶が好きなやつらだ。お前たちでは一緒に落ちるだけだろう。
 次の瞬間、リディアを抱きかかえたマコトが重力魔法で地の裂け目から浮かび上がってきた。
「私の初めての友達……ずっと守って、そばにいてくれた……お願い、タイタン! 戻ってきて!」
 友を信じ、結界を張ることさえなく二人はタイタンの眼前に降り立つ。幻獣の瞳に宿る怒りが消失するのが見てとれた。
「リディ……ア……? リディア……!」
 その精神に入り込み、閉ざされた心を開く。思えば召喚魔法と精神支配の術はその過程がよく似ているな。もしかすると彼女は、遠い我らの先祖と血を同じくしているのかもしれない。

 幻獣を揃えてリディアがミストの村に足を踏み入れると、村を覆っていた霧が晴れ、老人と二人の子供が駆け寄ってきた。
「よく戻ってきたね、リディアや」
「はい、村長! でも……なぜ母のドラゴンは敵に囚われず、無事だったのでしょう?」
 二人の子供が誇らしげに胸を張り、リディアは首を傾げた。
「ぼくたち、リディアと同じ力があったんだよ」
「村のみんなが力をくれて、わたしたちでドラゴンを守ったの!」
 子供らの頭を撫でて老人が微笑む。
「皆で話し合って決めたんじゃ。彼女はずっと村を守ってくれていた。ならば我らもあのドラゴンだけは守らねばと」
「そうだったの……。ありがとう……、皆……」
 感極まった様子のリディアを見ているのがどうにも辛く、目を逸らした先にマコトがいた。
「お母さん……」
 不意に顔を上げたリディアがそんなことを呟く。そういえば前回訪れた時、マコトにもミストドラゴンの声が聞こえているようだった。家族か。……ここは私のいるべき場所ではないな。
 背後にいたマコトの手を取り、リディアと村人の対話が終わるまで村から離れていることにした。

 ミストに背を向け、マコトは私を見上げて微笑んだ。
「これでバロン城に入れますね」
「ああ。……バロンの結界は消えている。もしバブイルも同じなら、今度こそ召喚できるのではないか」
 次元エレベーターの先にはバブイルの巨人が封じられていた異空間がある。おそらくマコトはそれを見つけて、仲間の隠し場所に選んだのだろう。
 操られていた幻獣を取り戻して結界が破れた今なるば、異界の造り主であるマコトが鍵を開ければ四天王を召喚することができるはずだ。
 しかし彼女は、魔力を温存しておきたいのでバロン城に行った後で試すという。
「なぜだ。早く会いたいだろう?」
「セシルとセオドア君を助けるのが先です」
 断言された言葉が腑に落ちない。私と弟のことを想ってくれるのは至極嬉しいのだが、そのために彼女の喜びが後回しにされるのは許せなかった。
「マコト。私はお前を犠牲にする気はないぞ」
 ハルとの会話にしてもそうだ。元はといえば私の責任だというのに、彼女は不可抗力で負わされた汚名をどこまでも引き受けている。
 だが、マコトは何か怒ったように「それはこっちの台詞です」と呟いた。

「ゴルベーザさん、死亡フラグを隠してるでしょう。それを乗り越えるまで安心できないんですよ」
「何だと?」
「私に自分のことを優先しろって言うなら、ゴルベーザさんもそうしなきゃ不公平です」
 ……驚いた。マコトはジ・アフターを未プレイのはずだが、自力で予測したのか。私がネタバレを避けるので、言いたくないようなことが起きると察したのかもしれない。
「確かに私が死ぬ展開もある。だが、容易に避けられることだ。心配するな」
「たぶん、セシルを庇って死ぬんじゃないですか?」
「……参ったな。そこまで分かったのか」
「私がゴルベーザさんを助けるためにシナリオを変えて、その影響でセシルが死ぬかもしれないから黙ってるんじゃないかと疑ってます」
 人の心に敏感すぎる。そんなところでも引き合ってしまったのかもしれない。マコトに私の行動を隠すことはできないな。
「セシルを守るのはもちろんだが、己を犠牲にして家族を置き去りにするような真似も二度としない。お前に誓おう」
「……その言葉、忘れないでくださいね」
 今ではローザもセオドアも弟のそばにいるが、一度彼を捨てた私が二度とそのような罪は犯さない。自己満足で償ったつもりになって逝くなど御免だ。
 そして私はマコトを一人にするのも嫌だった。父も母も兄弟も知らず、生まれたことを悔やむばかりの幼き日を過ごした彼女に、また孤独を味わわせたくない。
「バロンを出たらすぐ月へ向かう。そうしたら召喚を試してくれるな?」
 半ば脅しめいた私の言葉に渋々とマコトは頷いた。




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