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戦禍


 イフリートは取り戻せたけどルビカンテがどこでどうしてるのかはよく分からなかった。
 そんな結果に消沈してたマコトだけど、セオドールさんとの常人には理解できない会話でちょっとは元気を取り戻したみたいだ。

「以前マコトが四天王を呼んでいたのは厳密に言えば召喚術ではない。大して魔力を消費しなかっただろう?」
「そうですね。精神魔法で呼びかけて、あちらの能力で私のもとに転移してもらう感じでした」
 なるほど。四天王はリディアの幻獣と違って幻界じゃなく“こっち側”にいたから、召喚魔法がなくたって呼べばどこへでも来てくれたんだね。
「召喚術は次元を越える秘術。本来ならばMP消費が激しいうえに一発攻撃したら幻界へ還ってしまうという、強力な代わりに不便なものだ。リディアがやっているようにな」
 聞いてて分かったけど“エムピー”っていうのは魔力のことを言ってるらしい。
 幻獣たちは皆リディアを慕ってるんだから、もうちょっと長くこっちにいて協力してくれてもいいじゃん、と思ったことはある。でもそれは幻獣にとっても難しいことらしい。
「リディアは膨大な魔力を注いで、異次元である幻界から幻獣の移し身を喚び出しているのだ。正規の入口を通っていないから召喚は短時間しか維持できない」
 幻界ってのはこちらとは隔絶された異空間だという話だし、その結界を越えるのにテレポ以上のすんごい魔力が必要になるわけだ。燃費が悪いなぁ。
「私の声が皆に届かないのは、異次元にいたからなんですね。召喚に失敗したわけじゃない……」
「そうだ。正しい召喚術を行えば、短時間なら四天王を喚び出せるのではないかと思う。その時に封印を解く方法を尋ねればいい」

 要するに、四天王ほかバブイルの塔に住んでたマコトの仲間たちは幻界のような異空間にいるのではないかというのがセオドールさんの予想だ。
 以前ならルビカンテたちは“こっち”にいたから呼びかければ本人の意思でマコトのところへ来てくれた。
 それが今は正式な召喚魔法を使って喚び出さなくちゃ会うことができない。なんでそんなことになったのかは分かんないけど。
「私の体で黒竜を使役したようにやってみるんだ。次元を越えて、精神に喚びかけてみよ」
 マコトはちゃんとした召喚魔法も習得してるらしく、セオドールさんに言われてすぐ精神集中に入った。
「……なんか……阻まれてるみたいです……」
 でも駄目だった。幻界の入り口が封印されてリディアの声がリヴァイアサンたちに届かないように、マコトの声もルビカンテには届かなかった。

「バブイルの塔が起動しているせいか。先に次元エレベーターを止めねばならんようだな」
 うーん。あの塔のバリアがマコトと四天王の接触を阻んでるってことか。あれさえなければ普通に召喚できるんだね。
 マコトは馬鹿みたいに膨大な魔力を持ってるし、四天王を召喚できれば戦力的にはかなり頼もしい。
「じゃあ、さくさく幻獣を集めてバロンに行かないとですね!」
 マコトがはりきってくれるのは私たちにとってもありがたいと思う。
 ファルコンごとテレポできる彼女の魔法があれば、世界を回るのだってあっという間だ。
 とりあえず今は食事休憩中だけど、一息ついたらすぐにでも次の町に飛ぶ予定だって。

 二人の話し合いが一段落ついたようなのであたしも口を挟むことにする。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 あの時エブラーナで、リディアとエッジは離れてて聞こえなかったみたいだけど、あたしには聞こえたんだ。ルビカンテがセオドールさんのことを何て呼んだのか。
 セオドールさんを見つめながら、あたしがそれを口にする前にマコトは答えた。
「ルカの想像通り、こちらのセオドールさんの正体はゴルベーザの中の人ですよ」
「中の人などいない!」
 や、なんで二人とも満足そうに顔を見合わせてるのさ。でもやっぱりそうだったんだ。道理で聞いたことあるような声だと思ったよ。
 もう十年以上前のことだからほとんど覚えてないけど、カルコブリーナを操ってあたしたちの城からクリスタルを奪っていったヤツ。
 世界に戦争をばらまいた、黒い甲冑ゴルベーザ……この人だったんだ。正確に言えば、彼の体に入っていた、マコトがやったことだけど。
「あたしのカルコブリーナを操って悪いことしたのって、ゴルベーザじゃなくてマコトだったんだよね?」
「えーと、あれはカイナッツォさんが操ってたんで……私はむしろセシルたちがボコボコにした人形を回復したんですが」
「そうなの?」
「でもまあ、責任者は私ですね。その節はすみませんでした」
 だからちょっと治ってたのか。驚愕の新事実だ。うーん、でもそれじゃあマコトには怒れないな。もちろんセシルたちを怒るわけにもいかないし。仕方ないか。

 あたしの反応を見てマコトは「他の人にも話しても大丈夫では?」とゴルベーザの方を窺っている。
 悪事を働いていたのはマコト、でもそれはゴルベーザを救うため。あたしたちドワーフはそういうことで納得してる。でも人間はそう単純じゃないみたいだ。
 だから彼は“セオドール”と名乗ってたのかもしれない。
「ドワーフはともかく、バロンで合流するギルバートのことを考えると打ち明けるには尚早だろうな」
「そんなの気にすることはないですよ。ダムシアンを爆撃して住民を殺害するよう指示したのは、あの時“ゴルベーザ”の体にいた私ですし、あなたは無関係ですから」
 何もそこまで直接的な表現をしなくてもとゴルベーザがマコトを見つめ、その視線が自分を通りすぎていることに気づいたようだ。
 青褪めつつゴルベーザが振り返った。マコトの視線の先には、ダムシアンの国王私設秘書であるハルさんが立っていた。
「マコト、なぜ……!」
「この期に及んで“ゴルベーザ”の所業は自分の責任だなんて言いませんよね。それは私の意思で行ったことです。私の責任を奪わないでください」
 なんとかハルさんにフォローしようとしていたゴルベーザをマコトは強制的にどこかへテレポさせた。といってもファルコン内のどこかだとは思うけど。
 ああ、そっか。ゴルベーザが名乗らなかったのはこれのせいでもあるのか。
 彼が名乗ったらマコトは「でもあの時に悪事を働いたのは私だ」って明かしてしまうから。お互いに、憎まれるのは自分でいいと思ってるんだね。

 ハルさんは故郷を壊滅させた黒い甲冑の中身がマコトだったと知らなかったみたいだ。マコトを見る目に激しい怒りを宿し始めたのが分かる。
「私は先の戦いで両親を亡くしました」
「へー、そうですか」
「ちょ、ちょっとマコト!」
 あまりにも冷たい言い方にあたしの方が慌ててしまう。もう少し言葉を選んで、お願いだからさ。
 どうしよう。もし復讐するつもりなら止めないと。ハルさんがマコトに襲いかかったら一瞬で負けちゃうよ。
「やはり、歯牙にもかけてはくださらないんですね」
 あっ、やばい、その言い方はもしかしてダムシアン城での会話が聞こえてたんだろうか。そしてマコトの返事もまた最悪だった。
「それはそれは、お気の毒さまです」

 二人が口を開いて閉じる度に空気がどんどん冷えていく気がした。ドワーフは寒いの苦手なんだぞと声を大にして言いたい。
「……私はあなたが憎い」
「左様ですか」
「あなたは! 私たちを、憎んでさえいない。一体何のために私たちを傷つけたのですか!」
 ハルさんの叩きつけるような憎悪にマコトは肩を竦めて呆れるだけだった。
 なんでそんなに平気な顔をしていられるのか……そりゃまあ、マコトの目的はダムシアンの人を傷つけることじゃなかったからだよね。
「誰にも憎まれずにいようなんて虫が好すぎません?」
 無感情にそう言い放つとマコトはハルさんを振り返りもせずに部屋を出ていった。
 見ていて虚しくなるほどハルさんの想いは届いていない。全然、歯車が噛み合っていなかった。マコトにとってダムシアンの人々は、顧みるべきものではないのだから。

 マコトのいなくなった部屋でハルさんは必死に自分を抑えようとしていた。
 もしかしてあたしがいるせいで泣いたり怒ったりできないのかと思うと、部屋を出るべきか迷う。でも彼女はあたしに声をかけてきた。
「ルカさん。“ゴルベーザ”との戦いではドワーフも甚大な被害を受けたと聞きました。……なぜ彼女たちを許せるのですか?」
「いやー、許せるっていうかさー……」
 そもそも憎んでないというのが正しい。だって向こうもあたしたちが憎くて戦いを仕掛けてきたわけじゃないのは分かっていたし、あたしたちも彼らが憎くて応戦したわけじゃないもの。
 空回って憎んで報われないなんてしんどいこと、あたしはしたくない。……い、いや、ハルさんが空回って報われてないってわけじゃないけどさ。
「そりゃいっぱい殺されたし、すごく悲しい思いをしたけど、戦いなんだからお互い様で……あたしの父上もマコトの仲間の魔物をいっぱい殺したからね」
「しかしそれは彼女が仕掛けたことの報いではないですか!」
「関係あるかな? マコトにはクリスタルが必要だったんだよ。でもあたしたちは渡す気がなかった。だから戦いになった。それだけだよ」
「でも……!」
「セシルさんだって、ローザを助けるためにトロイアからクリスタルを持ってっちゃったんでしょ? それって悪いこと? 世界のためにローザを見捨てるべきだったのかな」
「そ、それは……」
 みんな譲れない理由があった。誰が正しかったわけでも間違っていたわけでもない。責任の押しつけ合いをしたって無意味なんだ。

 ドワーフでゴルベーザやルビカンテを憎んでる者はいないと言っていい。それはマコトたちにも事情があったからとか、そういうことでは全然ない。
 ただ、敵を貶めると自分に返ってくるのを知ってるから。敵対した彼らを悪に貶めることで、死んだ人を“可哀想な犠牲者”にするのが嫌なんだよね。
 確かにルビカンテは強敵で、ゴルベーザの命令によって多くのドワーフが殺された。
 だけど憎むよりも敵の強さを祝福し、死んだ者たちは好き相手に巡り会えたのだと誇るのが、ドワーフ流だ。
 リディアとかパロムとかエッジとか……あたしが関わってきた人間たちを見る限り、地上の考え方もそう変わらないと思ってた。でも違うんだ。むしろあの辺の人たちの方が異端なんだと気づいたのは最近のことだった。
 ハルさんは自分の心の動きに苦しんでいる。普通の人間はそうなんだ。

 故郷がめちゃくちゃにされたのはマコトが酷い悪人で、ダムシアンを憎んでたからあんなことをしたんだ。それが事実ならハルさんも心置きなくマコトを憎めただろう。
 なのに敵の方にも事情があったんだからなんて言われたら、まるで憎むのが間違ってるみたいだ。感情のやり場がなくて、抱えた想いを持て余してる。
 だけどマコトの残していった言葉は「お前に憎まれる筋合いはない」ってことでは、ないと思う。
 誰にも憎まれずにいたいなんて虫が好すぎる。誰だって自由に生きたいのだから。それは、自由のために憎しみをも許容する言葉。

 ああもう、ドワーフに人間の繊細な心の機微を分かれなんて無茶もいいとこだ。投げっぱなしで出て行ったマコトには後で文句を言ってやる。
「あのさ、憎しみは何も生まないとか人間は言うけどね、きっとマコトは憎んでもいいんだって、そう言ってるんだと思うよ」
 ルビカンテたちが敵に奪われたんじゃないかって疑った時、マコトも今のハルさんみたいに憎悪をあらわにした。
「何かを大切に想う気持ちがなきゃ、誰かを憎んだりしないでしょ?」
 あたしたちドワーフにはそんな執着心がよく分からないけど、誰かを憎まずにいれないのはそれだけ痛みが大きいからで、奪われたものが大切だったという証拠。
 もしハルさんが、“マコトは悪人だから”と憎むなら、あたしはそれを止める。でも“大切なものを奪われたから”と憎むのなら、それは当然の権利だろう。
「誰かを憎む気持ちも、なくしちゃいけない心の一つなんだよ」
「……愛する心の表裏のように、ですか」
「そうだよ。物事には表と裏がある。愛と憎しみは紙一重、なんてね」
 どうしても許せないなら、不毛でも理不尽でも、思い切り憎んでみていいんじゃないかな。
 マコトは自分が憎まれることなんて承知の上だ。あれはきっと「私は好きにやってるんだから、あなたが憎むのも自由です」って意味なんだよ。




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