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残火


 伸ばされた手は触れ合うことなく私の体をすり抜けた。マコトの泣きそうな表情を笑顔に変えてやることができなかった。
 だが、彼女の存在を確認し、言葉を交わせたのは大きな進展だ。
「戻ったか」
 異界のバブイルに戻るとスカルミリョーネが待ち構えていた。私の帰還を察知し、バルバリシアとカイナッツォも現れる。
「全力を尽くして出るには出られたが、外では僅かな時間しか肉体を維持できないようだ」
 私の答えに彼らは揃って落胆の声をあげた。
「命懸けで出るほどの価値はない、ということか」
「そうだな。正規の手段でなければあまり意味はない」
 無理に結界を破ったお陰でかなり消耗していた。しかし外で見たものを皆に報告してやらねばならないと気力を振り絞る。
 忌々しげに次元エレベーターを睨みつけ、バルバリシアが呟いた。
「やはりマコトを起こして封印を解かせなくてはいけないのかしらね」
「いや、それなんだが……彼女は外にいたんだ」

 “マコト”が眠っている部屋の方を眺め、三人は揃って怪訝な顔をする。
「どういうことよ?」
「そのままの意味だ。マコトはゴルベーザ様と共に行動し、操られた幻獣を解放していたようだった。ここにいるマコトは彼女であって彼女ではなく……」
 何と表現すればいいのか迷う。おそらくマコトは向こうの世界で似たような魔法を見聞きして思いついたのだろう。自分を二つに分割する方法を。
 口を噤んだ私に助け船を出したのは、我らの中では比較的マコトの感性を理解しているカイナッツォだった。
「外にいたってことは、ここにいるのはコピー、複製ってやつか? 分身を異次元に隠しといて、外の本体に何かあった時の予備にするつもりだったのかもな」
「ああ、それが近い。分身というよりこちらが本体のようだが」
 外にいたマコトは随分と魔力量が低かった。彼女流に言うなら“ラスボス並”になっていたのだ。
 対してこちらのマコトはゼロムスが束になっても敵わないレベルに達している。
 能力の高い方がこちらに安置されていることからしても、本来ならば簡単に往き来できる予定だったに違いない。
 マコトとの意思疏通さえ可能なら、この塔に施された仕掛けは有用な防衛策となったのだが。

 始めは皆バブイルの塔に連れ戻されたのだと思っていた。しかし塔から出られないことに気づいた瞬間、“此処”が異界であると分かったのだ。
 しばらく内部を探索し、やがてカイナッツォがこの場所は幻界と同じ造りになっていると判断した。
 次元エレベーターの先にあった異界、かつてはバブイルの巨人が隠されていた場所をマコトが自分のものとして、外界からは隔絶された異空間を作った。
 我々のうち誰か一人でも敵に遭えば全員が此処へ転送されるように設定していたのだ。おそらく、敵の支配を避けるために。
「それで、マコトはなぜ封印を解かないの?」
 もちろん、完全に封じてしまうつもりなどなかったのだろう。彼女は我々の安全を確保しつつ、この地を幻界のように出入りの可能な異界に仕立てるつもりだったと思われる。

 幻界の王はリヴァイアサンであり、王の許しがなければ何人たりとも現世と幻界を往き来することはできない。
 かの地と同様に、此処へ来るのも此処から出るのも主であるマコトの許可を得る必要があった。
 彼女は我々全員、強い自我を持たぬ雑魚まで含めた全員を確実に敵の手から守るために、この異空間に避難させたのだ。
 それだけならば誰も閉じ込められることなどなかったのだが。
「……彼女は我々がどこにいるか知らないようだった」
 召喚主となるべき彼女が此処の存在を忘れているのだからどうしようもない。

 各地で魔物の被害を食い止めるはずが塔に呼び戻された我々も驚いた。しかしおそらく一番衝撃を受けたのはマコトだったはずだ。
「なんでとうの本人が知らねえんだよ?」
「分からないが、彼女は私に『どこにいるんだ』と聞いたからな。分身を生み出す際に記憶を移し損ねたのではないだろうか」
 此処に飛ばされてすぐのこと、あの時に敵が襲ってきた場所で倒れ伏したマコトを見つけた。彼女はあらゆる生命活動を停止していた。
 慌てて復活を試みたが、スカルミリョーネによるとマコトは死んでいないという。ただ、魂が離れているのだと。
 先ほど出会った外の彼女の状況を鑑みるに、マコトは外界に放出した分身体へと魂を移していたのだろう。
 マコトが無事だったことには安堵したが、記憶の複製に失敗しているらしいのは由々しき事態だ。彼女が“鍵”を開けてくれなければ我々は出られない。

「ったく、思いつきで無茶な魔法作り出すからだろ、あのバカ」
「マコトが大雑把なのは貴様の影響ではないのか?」
「ああ? 俺に責任押しつけようってのか?」
 悪態をつくカイナッツォにスカルミリョーネが嫌味を返し、始まりかけた喧嘩はバルバリシアが「喧しい」の一言で片づけた。
 わけも分からず周りにいた者が消え去り、マコトの寂寥を思うと胸が痛む。他の者はともかく私と引き離されてどんなにか辛い気持ちを味わっただろう。
 それにエッジと行動を共にしているのも気がかりだった。ゴルベーザ様がおられるので大丈夫だとは思うが、もし不埒な真似をしていたら……。
 イフリートが焼き損ねたところまで念入りに焼いてやろう。

 ともかく、つい先ほどまでマコトの安否も分からなかった我々は、常に脱出を試みていた。
 バブイルの塔を模しているこの空間の周囲は世界が途切れて無が広がっていた。壁を破壊しても外界へは出られない。
 もちろんテレポやデジョンも効果がなかった。塔内の移動はできるのだが、やはり外界へ抜け出すことはできないのだ。
 徹底した封印はマコトが我々を守りたいという願いと同じ強さで立ちはだかった。
 たとえばリヴァイアサンの幻界には幻獣の洞窟から辿り着く。独立心の強いシルフたちも己の住み処に通じる洞窟を持っている。彼らの領域へは定められた入口からしか訪れることが叶わず、テレポによる侵入もできない。
 そしてマコトが作った異界の出入口は次元エレベーターだ。つまり次元エレベーターを起動させれば、結界に阻まれることなく外界との往き来が可能になるのだが……。
「外では次元エレベーターが起動していた。敵がクリスタルを運んでいるのだろうな。マコトの結界とバブイルの光が交じり合っていた」
「……それで出られなかったのか」
「間の悪いこったなァ、おい」
 そう、皮肉にも我らを守る結界の出入り口を、敵のバリアが塞いでしまったのだ。
 外から見れば塔の結界のせいで彼女は此処との繋がりを断たれており、内から見ればマコトの強力な結界が敵の結界を守っている状態だ。
 私たちの誰も、強くなりすぎたマコトの結界を破ることができなかった。

「マコトがこちらの肉体に戻ってくれば、結界を解除して次元エレベーターを制御できるのだろうが……」
 それまでは如何ともし難いと言うとバルバリシアは威圧的な笑顔で尋ねてきた。
「もちろんマコトに、すぐ行動するよう話してきたのでしょうね?」
「……そんな余裕はなかったんだ」
 あの場にマコトがいることにもう少し早く気づけたらよかったのだが、エッジを助けた時点で満身創痍だった。
 第一、話したところで彼女はどうやって分身体を放棄してこちらに戻るのか。外にいるマコトの魔力では二重の結界を越えられまい。
 だが一刻も早くゴルベーザ様のお力になることしか頭にないバルバリシアは私を追い払うように手を振って告げた。
「じゃあさっさともう一度外に出てマコトと話して来なさいよ」
「簡単に言うな!」
 やっとの思いで抜け出しても僅かな時間しか留まれなかった。それほど強固な封印を、そう簡単に何度も破れるか。
 せめてゴルベーザ様が正規の手段で我々を“召喚”する方法に気づいてくださればよいのだが。

 次元を超えた召喚というものは召喚士と呼び出される幻獣双方の意思が一致していてさえ短時間しか成立しないものだ。
 今回、私は喚ばれてもいないのに主の封印を破って無理やり現出したことになる。はっきり言って、存在ごと消滅するかと思うほどに消耗した。
 すぐにまた強行突破を試みれば間違いなく死ぬだろう。マコトがまだエブラーナにいるかどうかも分からないのに迂闊なことはできない。
 きちんと正しい方法を探さねばマコトも私も危険なのだ。
 そこのところを理解せず、ただ此処で待っていただけの三人は口々に文句を垂れる。
「どうせマコトに会えたので舞い上がって必要なことを伝えられなかったのでしょう?」
「はあ〜、使えねー野郎だなァ。それでも四天王筆頭かよ」
「せっかく封印を抜けたというのに無駄な時を過ごすとは。何のために脱出したんだ」
「お前たち……」
 ちょっと塔ごと焼いても許されるのではないかな。マコトの封印の中ならば死ぬことはないだろう。
 しかし罪なきメーガス姉妹らを巻き添えにしてはマコトの機嫌を損ねるかもしれない。
「そこまで言うなら自分で試してみたらどうなんだ。短時間とは言え私にも抜けられたのだ、お前たちも努力すれば、」
 言い終える間もなく三人は自分の階層へと散っていった。なんて非協力的なんだ。セシルの仲間を見習ってくれ。
 まったく、マコトを強くしすぎた私の落ち度だろうな。早くここから出なければ、そばにいてやれないではないか。




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