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燠火


 エブラーナ城ではそこかしこで火の手があがっていた。
 大量の水を呼び出して消火したいところだけれど、城内に未だ少しだけ人が残っているようだ。こうなると破壊消火も難しい。先に住民を避難させないと。
「この火炎……イフリートなの?」
「ちくしょう、塔から出てきやがったのか!」
 御殿へと続く門の前には巨大な炎の壁が立ち塞がっていた。
 私の呼び出した水を被ってエッジさんが突破しようとしたけれど、さすがに熱すぎて抜けられないようだ。
「チッ、なんてえ熱さだ。鉄でも溶かせるんじゃねえか」
「これは……この壁はイフリートの炎じゃないわ」
 サイトロで周囲の様子を窺ってみる。どうやら左右の塔に機械仕掛けのモンスターが陣取っているようだ。

「塔にゴーレムがいます。手分けして破壊しましょう」
「よっしゃ、そっちは任せた!」
 手分けしてと言ってるのに打ち合わせもなく走っていったエッジさんを慌ててリディアが追いかける。
 ブリザガだけでいけるかなと思ってゴルベーザさんを窺えば「HPが1000を切るとメルトダウンを使ってくるぞ」というありがたい助言を頂いた。
「じゃあセオドールさんとルカも二人を追ってください」
「マコトは? って聞く必要なかったね」
「あっちは私がサクッと殺ってきます」
 呆れ気味のルカにヘイストをかけてから宣言通り反対側の塔へ向かい、頑張って炎を召喚し続けているゴーレムをデジョンで消し去った。ご苦労様。
 塔から御殿が見えている。まだ火に呑まれてはいないようだ。十四年前の襲撃で懲りたのか、ちゃんと反省して魔法対策が為されている。
 これならモンスターさえ片づけてしまえば、あとは爆風で一気に消火してしまえるかな?

 両側のメルトゴーレムを倒したら門前の炎が消えた。御殿に入ると、じいと忍者軍団の精鋭たちが王の帰還に沸き上がる。
「若様! よ、よくぞお戻りに!」
「じい、被害は?」
「戦えぬ者は避難しております。しかしこのままでは城が……」 
 その言葉に応えるように轟音が響き、城が揺れた。イフリートが現れたみたいだ。
 シルフのように説得するのは無理だろう。がっつり操られているというイフリートはおそらく私たちを襲ってくる。青褪めたリディアに向かってエッジさんが告げた。
「ヤツは俺が引き受ける。お前ら、じい達を連れて脱出しろ」
「そんな、無茶よ!」
「他に手はねえ」
 そのまま引き留める間もなく彼は一人で走り去っていく。

 リディアやルカを気遣うのは分かるけど、私やゴルベーザさんに「一緒に来て手伝え」と言わない辺りは、やっぱり単なる猪突猛進バカなのかなとも思う。
 外では既にエッジさんが戦闘を始めたようで、ここまで熱気が伝わってきた。
「とりあえず、皆さんは火の手がおさまるまで外に避難しててください」
「わ、若様をお頼み申し上げる!」
「承知仕った」
 なんとなく忍者っぽいノリで返して居残り軍団を城の外へと送り出す。
 彼らが存命なら、ファブールと同じくエッジの留守中も魔物の被害は抑えられるだろう。さっさと城を片づけてあげないと。

 御殿を出てエッジさんたちの姿を探した。一体どこに敵を誘導したのかと思えば、なんと天守閣の屋根にイフリートの姿が見える。
 レビテトを使って屋根を飛び越えつつ彼らのもとへ急ぐ。そんな私たちの目の前でイフリートの火炎が迫り、水遁ごとエッジさんを包み込んだ。
「エッジ!!」
「う、うそ……!」
 竦みかけたリディアを抱えて、ゴルベーザさんが更に強く駆け出した。二人の背中を見送り、私の足は固まってしまう。
 混乱が私の体を縫い止めている。イフリートのものではない、慣れ親しんだ暖かな火が辺りに渦巻いていたのだ。
『なんだ、その哀れな術は……』
 足が動かない。立ち止まった私をルカが怪訝そうに振り返る。
『私の炎にも勝ったお前がなんたる様だ』
「ルビカンテ……!」

 新たに生まれた爆炎によってイフリートは吹き飛ばされ、白魔法がエッジさんの傷を癒した。
 ゴルベーザさんの腕から転げ出るように駆け寄ったリディアが彼の腕に縋りつく。
「エッジ!」
「来るんじゃねえよ!」
「そうはいかないわ」
「ヘッ……仕方ねえやつだぜ……」
 炎を纏った竜巻が、イフリートの放った火を消し潰した。
『お前は牙を抜かれた獣か? お前の意思はその程度のものか? 思い出せ……その身に刻んだ、真の炎を!』
「……そうだ。大火を消すには爆風!」
「炎には……炎?」
 怒りに身を焦がしながらイフリートが再び飛来する。二人は業火の一撃を避けると、火遁とトルネドで応戦した。
「喰らいやがれ! 炎の使い手はてめえだけじゃねえんだぜ!」
 火燕流に焼かれてイフリートの瞳に光が戻った。幻界の姫君の前に跪き、エブラーナを覆っていた炎と共にその姿が淡くなっていく。
「リディ……ア……」
「イフリート! 目が覚めたのね……良かった……」

 呆然と立ち尽くしていた私の手を取り、ルカが「しっかりしなさい!」と叫ぶのが聞こえた。
 あれは……確かにイフリートのように操られてはいない。クリスタルの力で再生されたわけでもなさそうだ。
 ただ、彼の姿はまるで……まるで幽霊みたいに、触れれば霞んで消えてしまいそうなほど朧だった。
「ルビカンテさん……」
『マコト!?』
 自分でも聞こえないほどの小さな呟きは彼に届いたようだ。私に気づいたルビカンテさんは驚く間もなく目の前に転移してきた。
『……そうか、外に……無事だったのだな』
 おそるおそる手を伸ばす。でも私の手は、間近にいるはずの彼の体をすり抜けて宙を掴んだ。炎の熱も感じない。
「どこにいるんですか? どうやって助ければ、いいんですか」
『……お前は……少し、強くなりすぎだ……この結界……私でも……』
「閉じ込められてるんですか? 一体どこに!」
 先ほど幻界へと還ったイフリートのように、ルビカンテさんの姿もまた淡い光と共に消え去ろうとしている。

 いつの間にかそばへ来ていたゴルベーザさんが、パニックに陥りかけた私の肩を掴んで落ち着かせた。
「お前たちは幻界にいるのか?」
『ゴルベーザ様……』
「マコトにならば召喚できるか?」
『……分かり、ませ……、……巨人……の……』
 巨人? バブイルの巨人のこと? なぜ今そんな話を? 幻界にいるって、私が送り込んだの? 皆を敵から守るために……?
 ルビカンテさんは尚も何かを伝えようとしている。なのに見えない壁が私たちの間を隔てていた。苦悶の表情を浮かべ、彼の姿が消える。
『……マコト……』
「ま、待って!」

 私が仲間を見捨てるはずがない。絶対に、助けようとしたはずなんだ。なのに何も思い出せない。
 ……幻界、あるいは封じられたバブイルの塔、彼らはどこかに閉じ込められている。おそらくは私がやったことが原因で。
 助けようとしたのは確かだけれど……皆がいないのは、私のせいかもしれない、そう自覚すれば気が狂うほどに憎悪が溢れてくる。
「マコト」
 十数年も離れていたのに、まだ自分の声のように聞き馴染んだ低音が私の心を宥めた。
 ゴルベーザさんはその大きな手であやすように私の頭を撫でる。
「ルビカンテたちは無事だ。呼び戻す方法を考えるから、そんな顔をするな」
「でも、私……」
「お前のせいではない。お前は悪くない。従姉もそう言っていただろう?」
「…………ユカリ」
 自分さえいなければ誰も不幸にならずに済んだのではないか。そんな自虐の日々を破壊してくれた明るい従姉の名を思い出した。
 彼女が私は悪くないと言う。彼女は私を信じてくれる。ならば私も、自分を信じなければ。
「ゴルベーザさん……皆を呼び戻すのを手伝ってください」
「いいですとも」
 いつか言う機会を窺っていたと微笑む彼に、私も少し笑った。




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