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説得


 ゾットの塔内部の構造を把握するついでにルビカンテさんの姿を探して歩く。しかし彼は塔内にいなかった。もしかしてと思って屋上に出れば、そこで炎を纏った人影を見つけた。
 月の民の技術力かクリスタルの魔力か、強風が吹き荒んでいるはずの上空にあってゾットの塔はとても静かに安定している。何かバリア的なものに覆われているのかもしれない。
 風がないとはいえ眼下の景色を見下ろすのが恐ろしい高さだ。ルビカンテさんの近くに歩いていくだけでも膝が震えそうになる。彼はまったく平気で柵もない屋上の縁に立っているけれど。
 ナントカと煙は高いところが好き……というのは心の中にしまっておくことにした。

 私が近寄ってきたのに気づいてるだろうにルビカンテさんは振り向きもしない。でも立ち去らないのだから会話する気はあるということかな。
「私に従えってわけじゃないんです。今まで通りゴルベーザさんの配下でいてくれませんか?」
 情に訴えてもモンスターが相手では分が悪いだろう。でもゴルベーザさんへの敬意は消えてなくなったわけではない。私から名前を聞かされただけのゼムスなんて虚ろな存在ではなく、自分で選んだ主のために戦う、それはそんなに難しくないはずだ。
 やっとこちらを振り向いて、ルビカンテさんは真正面から私の目を見据えてくる。
「ゴルベーザ様はゼムス様に操られていた。それが事実なら、お前がその体を乗っ取ることはできないという前提も崩れたわけだ」
 ……一人でそんなこと考えてたのか。確かに“ゴルベーザに精神支配は効かない”という前提がなくなったのは事実だ。でもそれはゼムスがゴルベーザさん以上に優れた能力を持っていたというだけの話であって。
「私にそんな力があると思うんですか」
「さあな。私は精神支配の術には詳しくない」
 まあ、失礼ながらそれはそうだろうなと納得してしまう。だってその魔法は謀略の類いだ。誰かを陥れ、破滅させるための力。モンスターのくせに正義を重んじるこの人には似合わない。
 ちなみに精神系の術はカイナッツォさんも得意らしい。別人に変身できるというのはつまり観察力が優れているということでもある。精神支配に必要な素養があったんだろう。
 精神を探り、私が魔力のない貧弱な人間だと見抜いたのはカイナッツォさんだった。

 それはさておき、私がゴルベーザさんの体を乗っ取ったんじゃないかなんて思われているのは心外だ。
「私がゴルベーザさんに成り代わったって何も得しないじゃないですか」
「膨大な魔力を労せず手に入れておいてそれを言うのか?」
「その膨大な魔力を使って私は何をしようとしてるんですか? ゴルベーザさんの体を手に入れて、喜んで私欲に使ってますか?」
 殊更に善人を気取るつもりはないけれど偶然手に入った魔力をこれ幸いと手中におさめてしまうほどの悪人でもない。私は自分の体に戻りたい、それだけだ。
「はっきり言って、わけの分からないことに巻き込まれて迷惑してます。起きがけに焼き殺されそうになるし。本音では早くゴルベーザさんを呼び戻して自分の体に戻りたいですよ。……でも、ゼムスは倒しておかないと、またゴルベーザさんは支配に怯えなきゃいけないじゃないですか」
 自分が自分でなくなるのは恐ろしいことだと思う。体が変化しただけでもこんなに困ってるくらいだもの。
 幸いにもゼムスの精神支配は私に届かないみたいだから、自分の目的のついでにゴルベーザさんと、四天王を助けたいだけなんだ。
「お互いにとって不運な偶然だったかもしれませんけど、自由を取り戻すために協力してくれませんか?」

 こっちを見たまま黙り込んでいたルビカンテさんは、やがて小さくため息を吐いて頭を下げた。
「……悪かった」
「えっ」
「確かに、お前は何も不誠実なことをしていない。ゴルベーザ様が逃げたという事実を認めたくないがために、八つ当たりしていたのかもしれないな。すまなかった」
 そう素直に謝られるとなんだか戸惑ってしまう。潔すぎて本当にモンスターっぽくないな。
 何はともあれ、これでゼムスを倒すために四天王の協力を得られることになった。あとは彼に戦闘からの逃走を納得してもらうだけ。……だけ、とは言ったものの。
「ルビカンテさんは、戦うのが好きなんですよね。それも強い相手と戦うのが」
「そうだ。私を倒す者がいるというならば尚更、戦ってみなければ気が済まない。逃げるなど以てのほかだ」
「強者と戦うのも生きててこそじゃないですか。死んじゃったら終わりなんですよ……?」
「それは人間の理だろう。我ら魔物の生死は曖昧だ」
 なんでも魔物というものは、傷ついて死んでも力を取り戻せば自分で甦ることができるそうだ。生死の境界は人間のそれよりも曖昧。だから死に対して躊躇いが少ないのかもしれない。

 四天王は、一旦セシルたちに各個撃破されたあとゼムスの力で甦る。それで今度は全員といっぺんに戦うはめになって……とはいっても昔のゲームだから描画しきれず順番に戦うだけの“なんちゃって共闘”だったけれど。
 とにかく、モンスターを生き返らせるのがそんなに難しくないというのは事実だろう。でも、人間は違う。
「死ねば終わるのは人間くらいだ。私はそれほど柔くない」
「だから、ですよ」
「何?」
 生き返るから死んでもいい? そんなわけがない。ゲームでだってゼムスの力を借りなきゃあの場で甦ることはできなかったんだから、きっと自力で甦るのには途方もない時間がかかる。
「自分を負かした相手とまた戦いたくないですか? 強くなって、今度は勝ちたいでしょう? その時に相手がまだ生きてるとは限らないんですよ。人間は死んだら終わりなので」
「む……」
 ルビカンテさんと因縁があるのは忍者キャラだった。従姉がよくエクスカリバーを投げさせてたのを覚えてる。彼はシナリオでは死なないけれど、ルビカンテさんが次に甦るまで生きてるかどうかはあやしいものだ。
 もちろん私も、その頃にはいないだろう。
「その場かぎりの力を振りかざして死ぬよりも、敗北を糧にして更なる力をつけるのが強者のやり方じゃないですか?」
 相手が強ければ強いほど、生きてリベンジし続ければお互い今以上の高みを目指せる。人間の時間は有限だからうまく使わないと。

 反論こそないもののルビカンテさんは黙り込んでしまった。これはたぶん、私の言い分を認めるのが負けたような気持ちになって悔しいだけだと思う。
「勝てないって分かるまで戦ってもいいです。でも死ぬ前に、負けを認めて逃げて、生き延びてください」
「次の勝利へと繋げるために、か。お前は結局、ゼムス様を倒すのに私を利用したいのだろう?」
「ん?」
 それは誤解だ。最終目的は確かにゼムスを倒すことだけど、それを為すのはセシルたちだし。
「ゼムスを倒すのに力を借りる気はないですよ。そもそもゲームではセシルたちがゼムスと戦う時、四天王はもういないんだから。わざわざ増援なんかさせませんよ」
「では……我々に何をしろと言うんだ。敗北を喫してまで逃げて生き延びて、その後に」
「いや、生き延びることそのものが目的ですって。あなたが死ぬのが嫌だから言ってるんです」
「……は?」
「は、って言われても」
 まさかそこから通じてなかったとは。自分が死んでも平気なもんだから「死なないでほしい」という感情が理解できなかったみたいだ。
 思いもよらないことを言われてルビカンテさんは呆然としている。精神的にも無防備になっている今がチャンスとばかりに挑発してみる。
「ゴルベーザ四天王なのに主以外に膝を屈するんですか?」
 案の定、火の勢いが強まる。私にまで燃え移りそうになって慌てた。かなりカッとなりやすい性格みたいだから気をつけてあげないと、変なところで勝手に死なれてしまいそう。
「そこまで言うのなら、お前に従ってやろう。マコトよ、私を使いこなしてみるがいい」
 できるものならと言外に含め、不敵に笑う。
 土壇場で好き勝手やってくれちゃうんだろうなと容易に想像できた。でもまあ、いいや。彼らを生かすのは私の……“ゴルベーザ”の仕事なんだから。




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