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魔王


 地底の空を駆けるファルコンの甲板で、不意に誰かが呼んだ気がして頭上を仰いだ。そこに彼女が現れ……いや、降ってきた。
「マコト!?」
 無意識のうちに両腕を差し出し、落下してくるその体を受け止める。……まではよかったが飛空艇の進む勢いに押されて二人して転がってしまう。
 まったく、空から女の子が降ってくる場合もう少しゆっくり来るのが定石であろうに。
 悲鳴と騒音を聞きつけたリディアたちが慌ててこちらを振り返った。
「マコト! な、なんで?」
「どっから来たの!?」
 対するマコトはといえば魔力を使い果たしており気絶寸前だ。言葉を発せずにいる彼女の口に回復薬を押しあて、しばし待つ。
「ぷはっ! はあ……は、し、死ぬかと思った。テレポで死ぬかと」
「運転中の飛空艇に転移してくる奴があるか」
「だ、だって、地上にいると、思ったんですよ」
 僅かにでも座標がずれていたら溶岩の中に真っ逆さまだ。マコトならば咄嗟にレビテトくらいは使えるかもしれないが。

 エリクサーで快癒すると、マコトはふらつきながら立ち上がり改めて私の全身を眺める。何を言われるかは予想がついた。
「お久しぶりです。布って」
「着替える暇がなかったんだ」
「それにしても布って」
「元は普通の服だったんだ!」
 この時のために丈夫なローブを着ていた。だがマイナスの攻撃が思いのほか激しく、脱出する時にはこのような有り様になってしまったんだ。
 しかも伯父上が問答無用でテレポしてくださったお陰で館に準備していた着替えも無駄になった。
 青き星に向かいながら、こんなことならマコトに「魔導船が封印される前にローブを積んでおいてほしい」と頼めばよかったと何度悔やんだことか。
 いずれ召喚獣を集めに行く際に服を買えるだろう。……そう願う。

 慣れ親しんだ様子で私と話すマコトを見て、リディアが訝しげに眉をひそめている。
「マコト、その人の知り合いなの?」
「え? ええ、まあ」
 名乗っていないのかと視線が向けられて気まずい思いで目を逸らす。正直なところ、なんと名乗ればいいか迷ったのだ。
 ゴルベーザでもいいのだが、じきに仲間が全員揃った時に無用な混乱を招きかねない。しかし本名を告げたところで「で、誰?」と言われるのがオチだろう。
「私の友人のセオドールさんです」
 そんな苦悩をさらりと無視してマコトはリディアたちに私の本名を告げた。
「そんな名前だったんだ。なんかごっつい見た目と似合わないね」
「セオドール……って、まさか」
 失礼極まりないルカの感想はともかく、リディアは何事か察したようだ。
 銀髪に青い瞳、セオドアに似た名前を持つ黒衣の男。まあ、聡い者ならばそれだけで大体のことは分かるだろうな。

 キョロキョロと辺りを見回し、ここがファルコン号の甲板であり地底の空を飛んでいると認識したマコトは首を傾げた。
「どうして地底に?」
「まずはバブイルの塔へ行かなくてはならん」
「あそこにはもう何もないですよ」
 しかしエッジたちを拾ってやらねば、地面に叩きつけられて死んでしまうだろう。
 マコトたちはバブイルに住んでいたはずだが、何もないと言うからには私の忠告に従って事が始まる前に避難していたようだ。
 しかし四天王の姿が見当たらないのはなぜだろう。こちらに戻ってすぐ合流できるものと思っていたのだが。
「一人なのか?」
 別れ際の態度を見る限り、過保護なあやつらがマコトに単独行動をさせているとは思えない。連れ立って私のもとに馳せ参じるはずだった。
「分からないんです」
 彼女の呟きは無感情に冷たく響いた。
「皆を逃がしたはずなのに、誰もいないんです」
「そうか……」
 規定のシナリオから外れた四天王の行く末は私にも予想がつかなかったが、どうやら最悪の結果になってしまったようだ。

 バブイルの塔が近づいてくる。マコトの表情は暗く、四天王の不在を察したリディアとルカも沈黙していた。
「マコト、五人分の強化魔法を頼む」
「五人……?」
 私の言葉に顔を上げたマコトの視線が、塔の上部からバラバラと落ちてくる人影を捉える。
「え、ちょっと待って!」
 咄嗟に唱えたのは……グラビデだろうか? しかしもちろん対象にダメージは与えない。異説で“ゴルベーザ”が使っていたような重力を操る魔法だな。
 落下の衝撃を和らげて、エッジ以下エブラーナ四人衆が甲板にふわりと着地する。
「た、助かった!」
「今の魔法は一体……?」
「な、何なの? 空から落ちてくるのが流行ってるの!?」
 落ちてきた方も迎えた方も大混乱だ。

 俄に騒がしくなった飛空艇の上でエッジは真っ先にリディアの姿を視界におさめた。
「まさか天国じゃねえよな、ここは……」
「エッジ、どうして空から落ちてきたの?」
 調子のいいことを言うも華麗にスルーされ、リディアの質問に照れ笑いで答える。
「歴史は繰り返す、ってな。いちかばちかだったが助かったぜ」
「お館様……、やはり賭けだったのですな」
「な、なんて無茶な」
 どうでもいいが、エッジは私とあまり変わらない歳のはずなのに若々しいな。月で会った時と変わっておらぬとはどういうわけだ。
「よおルカ、元気そうだな」
「お陰さまで。あんたほどじゃないけどね!」
 続いてルカに軽く挨拶をし、エッジの目が私に向けられる。
「てめえは……」
 再会を祝し合うのは後にしよう。やはりバブイルの塔は未だ起動していないようだ。クリスタルは今、バロンに集まっている頃だろう。
「ドワーフの娘よ。地上に向かってくれ」
「え、う、うん」
 青き星のクリスタルを取り戻せば、そのエネルギーを使って四天王を甦らせることもできるかもしれない。

 物悲しい表情で遠ざかるバブイルを見つめていたマコトに気づき、エッジが詰め寄った。
「マコト! 探したぞ。お前の家はどうなってんだ、乗っ取られちまったのか?」
 そこは私も気になるところだ。四天王を取り戻すためには正確な情況を知っておきたいな。
「あの月が近づいてくる前、何があったか話してくれるか?」
 エッジと私を交互に見やり、マコトは小さく頷いた。 
「少女の姿をした何かがバブイルの塔に現れて、私たちの力をもらい受けると言い攻撃を仕掛けてきました」
「それってリディアを無愛想で感じ悪くしたようなヤツか?」
「な、なによそれ……」
「そう。リディアをモデルに人形を作って失敗したようなヤツです」
 マイナスに接触したうえで今この場に四天王がいないのならば、彼らが幻獣と同じように使役されている可能性もある。
「少女を殺したことは覚えています。でも、その直後のことが思い出せないんです」
 マイナスは複数の存在だ。マコトは対峙した者を殺したかもしれないが、残っている者が四天王を連れ去ったのかもしれない。

 地上への穴が近づく。霞みゆくバブイルを睨みつけながらエッジが先ほど空から降ってきた経緯を告げる。
「その召喚士もどき、まだバブイルの塔にいたぜ。イフリートを操っていやがった」
「そんな……」
 幻獣が奪われたことにショックを受けるリディアに対し、マコトもまた表情を険しくした。
「私は皆がどこへ行ったのか、敵と相対しなかった者までなぜ消えてしまったのか、知りたい」
「殺されたか、あるいは“修正された”のかもしれんな」
「以前の戦いで死ぬはずだったから?」
「あの戦いが繰り返されているのだ。彼らが敵になっている可能性は……覚悟しておかねばならぬ」
 まずはクリスタルを取り戻すことだ。そして喚んでみれば四天王の安否に見当もつくだろう。
 魔物であれば殺されている方がまだマシだ。魔力さえあれば甦らせるのは簡単なのだから。問題はクリスタルの力を使っても復活させられない場合だ。
 それはつまり、彼らがまだ生存しているということになる。どこかで生きていてなおマコトの呼びかけに応えない、ということになる。

 尋常ならざる魔力を滾らせ、マコトの中に色濃く憎悪の根が張り巡らされるのを感じた。
「今なら私、怒りで魔王になれる気がします」
「やめてくれ、物騒な」
 リディアとエッジが殺気立ち、ルカは青褪めて後退る。それだけマコトの気配は異様だった。
 四天王以下ゴルベーザ配下の者たちが生きているならば、終盤のボスラッシュは避けられるかと期待したのだが……どうやらそんな程度では済みそうにない。
 もし筋書き通りに操られた彼らと戦うことにでもなれば、クリエイターは悲惨な目に遭うやもしれんな。




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