×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
迷霧


 洞窟の出口へ抜ける前に、巨大な魔物に遭遇した。どうやらコイツが地面を揺らしていたようだ。
 無視して通り抜けたいところだが放っておくと洞窟が崩壊しかねない。致し方なく退治することになった。
 マコトの魔法ならば苦もなく葬りされるだろうに、彼女はデビルロードからずっと真面目に戦う気がないようだ。いや、ただセオドアのサポートに徹しているのか。
 ここまでの道中にも致命傷を負いそうになれば強化魔法をかけ、戦闘が終われば回復はしてくれている。しかし攻撃魔法は決して唱えない。
 前回の戦いであればセシルが担っていた位置、つまるところ“物語の主人公”という立場にあるセオドアを、育成している。そういうことらしい。
 ならばと私も補助に徹し、セオドアの動きに合わせる形でのみ戦いに加わった。

 親譲りの剣技と白魔法の知識、それを使いこなせるほどに鍛え上げた肉体を備えるセオドアは、戦士として申し分のない能力を秘めている。
 そう……秘めてしまっていた。両親への劣等感に苛まれているためか自身の能力に疑念を抱き、持てるすべてを発揮できていない。
 セオドアの息が切れかけたところで魔物の目がマコトに向けられた。彼女は密かに何かの魔法を使っている。おそらく魔物の気を引いて挑発しているのだろう。
「マコトさん!」
 魔物の牙が彼女に届く寸前、セオドアが両者の間に割って入った。その一太刀で両断され、魔物が息絶えたと同時にセオドアも膝から崩れ落ちる。
「ありがとうセオドア君、助かりました」
「い、いえ! 無事でよかった……」
 わざと攻撃を食らおうとしたくせに、とは思いつつ、セオドアの表情を見る限りマコトのやり方は正しいようだ。
 やはり守るものがあるほど人は強くなる。
「二人とも無事か?」
「はい! 今のは、ここの主だったんでしょうか?」
「そのようだな。今では……」
 かつてここを守っていた者も、強かった。先程の魔物よりずっと。

 マコトの魔法で回復して更に地上を目指す。揺れはおさまったが、新たな危機が迫っていた。
「追手です」
「えっ?」
 突然のマコトの一言にセオドアが振り返る。未だ姿は見えないが、来た道の向こうから複数人の声が響いてくる。
「他に道はない」
「ここにいるはずだ」
「逃がしてはならない」
 やはりここまで追ってくるか。律儀にバロンの兵士を模して、……セシルを操り……敵は一体何をしようとしているのだろう。
「あ、あっちからも来ます!」
 セオドアの声につられて見れば、洞窟の出口からも追っ手が現れた。どうやって先回りをしたのかなどとは、人外のものを相手に考えるだけ無駄だな。
「マコト、テレポはできないか?」
「砂漠のどこに出るか分かりませんけど、それでよければ」
「良くない」
「ど、どうしましょう!? このままでは……」
 囲まれると言い募ろうとしたセオドアの姿が俄に掻き消える。私たちを取り囲むように真っ白い濃霧が広がっていった。
「静かに……二人とも喋るなよ」

 すぐ目の前を、いやに規則正しい足音が行き交っている。思ったよりも人数が多いな。城に侵入されたのがそんなに気に入らなかったということか?
「どこだ」
「ミストにもいなかった」
「ではバロン周辺に」
「探せ」
「逃がすな」
 魔力を帯びた霧は姿のみならず気配までも消してくれたようだ。
 兵士たちは洞窟内を隈無く歩き回り、ここに私たちがいないと結論づけたらしくバロン側へと引き返していった。
 やつらが洞窟から出たのを見計らって霧が晴れる。セオドアがホッと安堵の息を吐いた。
「霧のおかげで助かりましたね」
「……」
 あの霧は……しかし彼女は亡くなったはずだ。まだ娘を見守っているのだろうか。そして私たちをも助けてくれたのか。恨んで、いるだろうに。
「どうしました?」
「いや。行こう」
 不思議そうに見上げてくるセオドアに首を振り、ミストを目指して再び歩き始めた。

 洞窟を抜けてしまえば村はすぐそこだ。遠くに建物の立ち並ぶ影が見えている。しばらく見ていない間に随分と復興が進んでいたようだ。
 私が一人で修練に励んでいる間にも世界は前に歩み続けていたのだと改めて思い知らされる。
 ミストを目前にしてセオドアが迷いを見せた。
「この先はどうしましょう」
 バロンを離れたものの、城から逃れた者たちの行方は分からない。しかしおおよその見当はつく。
「エンタープライズが向かうとすればダムシアンだろう」
「では、あの崖を越えるんですか?」
「そうだ」
 村向こうの山は崩落して道が途切れている。だからこそ追われる身の我々が向かうはずはないと追手に思わせることができる。
 セオドアの体力は充分だ。マコトの魔法もある。不可能だとは思わなかった。

 構わず歩き続ける私に駆け寄り、セオドアが困ったような顔をして尋ねた。
「ま、待ってください! あなたは、どうして僕を助けてくれるんですか?」
「お前のためじゃない。私は……、ある男を追っている。その男を命に代えても倒さねばならん」
「ある男……?」
「元バロンの竜騎士だ」
 セシルか、あるいはローザのいる場所に奴は現れるはずだ。
 おそらく私の正体に気づきかけているのだろう、セオドアは何か言いたそうだった。しかしその時、ずっと黙っていたマコトが慌てて空を見上げる。
「マコト?」
「エビフライ!」
「えっ……」
「じゃなくて、魔導船が」
 彼女の視線の先、ミシディア方面から飛び立った光る物体が空の彼方へと消えていくのが見えた。
 ……魔導船のことをエビフライと呼んでたのか……。いや、それはともかく。
 魔導船はミシディア沖の海に封印されていた。あの船を呼び出すのは月の民以外にあり得ない。ということは……。
 マコトは一心に空を見据えている。月の帰還、か。帰ってくるんだな。それで一体、世界に何が起きるというのだ。




|

back|menu|index