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露見


 住み慣れた城に、まるで賊のように水路から侵入するのは嫌な気持ちだった。
「父上! 母上……!」
 城内には誰の姿も見当たらない。見張りに咎められないことさえ、僕の帰還を拒絶されているみたいで喜ぶ気になれない。一体どうして無人なんだろう?
 心臓が嫌な音を立てて鼓動を早め、立ち止まった僕の顔を彼が覗き込む。
「両親も城に住んでいるのか」
「ええ」
「名は……?」
「父はセシル、母はローザといいます」
 僕が王子であることに気づいたからなのか、彼は口を噤んで俯いた。その横でなぜかマコトさんまで驚いている。
「え、嘘。気づいてなかったんですか? ポロムが『セシルとローザによろしく』って言ってたでしょう」
「赤い翼として、だと思っていた」
「鈍い!!」
 そういえばミシディアで別れる時の会話を彼も聞いていたっけ。
 でも赤い翼の隊員として王と王妃に報告するのはおかしな話じゃないから、彼が気づかなくても無理はないけれど。
 それよりマコトさんと彼の親しげなやり取りが気になった。
「お二人は知り合いだったんですか?」
「いや……その」
 彼が僕の正体に気づいて当たり前だと言いたげなマコトさんの言葉。もし彼とマコトさんが知り合いなら、彼も父さんたちのことを知っているのだろう。

 口ごもる彼を庇うようにマコトさんは僕の手を引き、城内への扉に向かって歩き出した。
「とりあえずセシルとローザを探しましょう。魔物がいないのは幸いですが、やっぱり様子がおかしい」
「そうですね」
 言いたくないことは聞くべきじゃない。僕だって自分の正体に気づかれなければいいと思ってたんだから、お互い様だ。
 マコトさんはついて来ようとした彼に反対側の扉を示した。
「あなたは玉座の間をお願いします。私は塔を見てくるので、セオドア君は飛空艇を」
「は、はい!」
 そうか、もしドックにエンタープライズがなければ、父さんたちが脱出した可能性もあるんだ。
「魔道士さん方は帰って報告を。送りましょうか?」
「お構いなく」
「ご無事をお祈りしています」
「またまた心にもないことを」
 なぜか険悪なムードでマコトさんはミシディアの魔道士たちを送り出す。そして僕たちは手分けして城を捜索することになった。

 いつもなら会話も届かないくらい音で溢れている飛空艇技士たちの住処は、不気味なほど静まり返っていた。
 誰もいない。ドックは空っぽでエンタープライズはなく、整備士たちの姿もない。通路にも、門前にも、どこにも、兵士一人見つからない。
 まるで……魔物が城中まるごと、皆をどこかへ連れ去ってしまったみたいだ。
 気落ちしながら玉座へ向かおうとしたところで、マコトさんたちも合流してきた。
「ドックには誰もいません……」
「こちらも同じだ」
「塔も無人です。ただ、死体が見当たらないので全員避難した可能性はありますね」
 マコトさんに見つめられて僕も頷く。
「エンタープライズがありませんでした。襲撃の時に皆を連れて脱出したのかもしれません」
 だけど町の人たちは父さんが魔物を撃退したと言っていた。魔法で騙されてるのかもしれないけど、気がかりだ。
「いずれにせよ、ここに留まるべきではないな」
「はい……父さんたちを探さないと」
 城門にはあのおかしな兵士たちがいるだろうからと、マコトさんが城から離れたところまでテレポを唱えてくれた。

 きっと、父さんと母さんが魔物を食い止めている間に城の皆をエンタープライズに乗せて脱出したに違いない。
 ダムシアンか、ファブールか……どこかに避難して、無事でいるはずだ。
「僕は飛空艇を探します」
「そうか」
 では私もと頷くマコトさんを見やり、彼は何かを考え込んでいた。
「あなたは、これから……?」
 どうするんですかと尋ねる前に、彼が鋭い視線を城に向けた。
「長居はできんようだ」
「え?」
「行くぞ」
 困惑する僕を置いて彼はどこかへ歩き始める。マコトさんに背中を押され、慌てて彼の後を追いかけた。
 後ろを振り向くと城門が開くのが見える。……追っ手? でも、城には誰もいなかったのに。それにどうして僕が追われるんだ?
 バロン城に、父さんがいるはずの場所に誰がいるっていうんだ?

 半ば走るようにして彼が向かったのはミストに続く洞窟だった。洞窟の入り口はバロンの兵士が守っている。
「また話が通じないんじゃ……」
「というかあれ、人間じゃないですね」
「え?」
 マコトさんが堂々と兵士の前に歩み出ると、彼らは顔を歪ませて身構える。やがて気持ちの悪い音を立てながらその体はモンスターに変貌した。
「粗悪な模造品」
 ぼそりと呟いたマコトさんが手を翳す。なすすべもなく魔物は凍りつき、砕け散った。
 呆気にとられて隣を見ると剣を抜きそびれた姿勢のまま彼も硬直していた。
 マコトさんはますます魔法の腕が上がっているみたいだ。

 ミストの洞窟を進みながら彼がマコトさんに尋ねる。
「あれは人間に化けた魔物か? それとも魔物に変えられた人間か?」
 その言葉は僕を青褪めさせるのに充分だった。人間が魔物に変えられた? ヒトに変身できる魔物の存在は聞いたことがあるけれど……。
 もし人間を魔物に変えてしまえるなら、さっき死んだのは本物のバロンの兵士だったのかもしれない……。
 おそるおそるマコトさんを見ると、彼女は彼の言葉に「どちらでもない」と答えた。
「元人間でも生粋の魔物でもありません。強いて言うなら新種のゴーレムでしょうか」
「どういうことだ」
「生き物じゃないんです。器のモデルになった人間がいるとしても、先ほどの兵士は命を持たないただの人形です。私が昔やったことを上っ面で再現してるようですね」
 あれが生き物ではなかったという事実にホッとすると同時、マコトさんの言葉の意味がよく分からなくて戸惑った。
「昔やったことって……?」
「ん? ああ、私は昔、人間を勧誘して魔物に変えてたんです」
「え!?」
 僕の受けた衝撃に呼応するように地面が揺れ始め、足を滑らせて崖から落ちてしまった。

 マコトさんのレビテトらしき魔法に救出されたあとも心臓がドキドキして落ち着かない。人間を魔物に変えてたって、彼女が?
 そりゃあ確かに人並外れた力を持つ魔道士だとは知ってたけど、だからってどうして彼女がそんなことを。
「あの、セオドア君……知ってますよね? 私が魔物だって」
「え、ええ? ええええ!?」
 また地面が揺れて、マコトさんは咄嗟に僕の腕を掴まえてくれた。反対の手は彼を掴んで踏ん張っている。
 揺れがおさまっても僕の頭はくらくらしていた。マコトさんが魔物? 人間じゃない? そうか、だからミシディアの彼らと険悪だったんだ?
「いや、だって私、十三年間この姿のままで変だと思わなかった?」
「母さんも昔と変わってないって皆言うので」
「……そ、それは確かにそうですけど」
 マコトさんは僕より少し年上くらいにしか見えない。でも母さんも彼女よりちょっと上くらいに見えるから、女の人はそういうものだと思ってた。
 だけど違ったらしい。マコトさんは魔物だから、人間のように歳をとらないだけだった。
「えっと、私は十四年前にセシルたちと戦った魔物なんですよ。尤もその時は人間でしたが」
 もう驚き疲れた。呆然としたまま揺れる地面をふらふらと歩き続ける。

「改めて説明するのはめんどくさかったのかな。セオドア君が生まれた頃には普通に友人として会ってたし」
 だからってそういう重要なことは父さんなり母さんなりから打ち明けておいてくれるべきじゃないんだろうか。
 べつに彼女が魔物だからって嫌いになるわけじゃないけど……衝撃が大きすぎて、どう反応すればいいかよく分からない。
「まあ私のことはいいです。とりあえず、あのバロンの兵士たちは魔物にされた人間ではないので安心しましょう」
「……それって、安心できるんですか?」
 マコトさんの過去はショックだけど、勧誘してたというくらいならきっと合意のうえで人間を魔物に変えていたんだと思う。
 でも彼女の言い分を信じるなら、今バロン兵のふりをしてるやつらは彼女の魔法とも関わりのない未知の怪物だってことになる。
 僕の言葉に少し考え込んで、マコトさんは頷いた。
「あのバロンの兵士たちは魔物にされた人間ではない謎の怪物なので注意しましょう」
「……」
 とにかく、城の兵士たちが魔物に変えられたわけじゃないのは確かだ。今はそれを素直に喜ぶだけにしておこう。




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