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遭遇


 あてもなく歩き出したものの、次から次へとモンスターに襲われてちっとも進めなかった。
 どうしてこんなに魔物だらけなんだろう。まるで倒しても倒しても今の戦いがなかったことにされるみたいに、次々と新手が湧いてくる。
 こんなにモンスターが多かっただろうか。
 行く手を塞ぐモンスターを必死に睨む。炎を纏った獣……近づくだけで体を焼かれてしまいそうだ。黒魔法がないと倒すのは難しい。
 でも、それでも、僕はバロンに帰る。赤い翼の任務を全うしなくてはいけないんだ。

 僕を包み込もうと広がる炎をなんとか盾で往なして、襲いかかる獣の牙に剣で応じる。凄まじい力に押されて体勢が崩れた。
「くっ!」
 立て直す間もなく、僕の周りが真っ赤に燃え上がる。獰猛な牙が吸い寄せられるように目の前に迫り、思わず目を閉じた瞬間、モンスターの悲鳴が聞こえた。
 火傷したところに力が入らない。そのまま転がるように尻餅をついて、目を開けるとモンスターは息絶えていた。
 死骸を見下ろして修練服を纏った男の人が立っている。どうやら彼が助けてくれたみたいだ。
「生きているようだな」
「あ……ありがとう、ございます……」
 慌てて立ち上がろうとしたら、足元がふらついた。視界がチカチカして前もよく見えない。それでも剣を杖にして体を支え、彼にお辞儀をする。
 ……それは彼から目を逸らすためでもあった。
 ほんの一瞬だけど、死んだら楽になれるかもしれないと思ってしまった。そんな自分が許せない。

 恥ずべき臆病な心を見破られるのが怖くて、お礼もそこそこに彼から背を向けて歩き出した。
「おい、大丈夫か? 多少は戦闘の心得があるようだが、あまり無茶をするものではない」
 多少は、という言葉にカチンときてしまう。僕だって正式な赤い翼の一員だ。バロン王国の栄えある騎士なんだ。
 そりゃあ父さん母さんや、かつて二人と共に戦った人たちには到底敵わないかもしれないけれど……、僕だって必死に戦っているんだ。
「平気、です。バロンに……帰らないと……」
 自分の足で、自分の力で辿り着いてみせる。僕はもう意地だけで足を動かしていた。なぜか後ろから彼がついてくる。
「歩いて行くつもりか?」
「飛空艇がなくても……僕は、バロンの飛空艇団、赤い翼の一員です」
「赤い翼の者か」
 納得した風の言葉に思わず足を止めて振り返る。頭に巻いたターバンの下から金色のきれいな髪が見えていた。僕を見据える瞳は薄い青。彼はバロンの人だろうか?

 国に戻ったら彼にちゃんとしたお礼をしたい。でも、そうするには父さんに頼まなければいけないだろう。
 どうしても、家を訪ねてほしいと言うことができなかった。誤魔化すように彼の言葉に乗ってしまう。
「……赤い翼をご存知ですか」
「バロン王国の主力部隊を知らぬ者などおるまい」
「そう、ですね」
 父さんが作り上げた、世界に誇るバロン王国の最強部隊。彼もきっと僕の父さんの名を知ってるはずだ。
「だが、いかに赤い翼の一員とはいえ気をつけろ。魔物の様子がおかしい。あの頃のようにな」
 彼の空色の瞳が何かを探すように空へと向けられた。それを追って僕も視線を上げる。そこに……、
「え!?」
 小さなもう一つの月があった。いや、小さいんじゃない……“本物の月”よりも離れたところにあるんだ。
「もう一つの月が迫っている」
「どうして……」
 彼は父さんくらいの歳だろうか。ある年代の人たちが言う“あの頃”とは間違いなく十四年前の大きな出来事を指している。
「お前も聞いたことがあるだろう。かつて、この大地に起こった戦乱の話を」
「……ええ、よく知っています」
 だって僕の両親は、それを鎮めた英雄なのだから。

 僕が生まれる一年前まで、空にはもう一つ月があった。そしてそこに封じられていた悪意の塊が、この星に住むすべての生き物を滅ぼそうと企んだ。
 魔物たちは邪悪と化して、各国で戦乱が起こったという。……まさか、また同じことが起きるっていうんだろうか?
 月から僕へと視線を戻し、彼は言った。
「西のミシディアからバロンに行ける。私も同行しよう」
「いいのですか?」
「私もあの国に用がある」
 もしモンスターが増えているのがここだけではないとしたら。任務のためだけじゃない、すぐにもバロンに戻らなければいけない。
 ミシディアが近いならデビルロードを通って帰れるだろう。さっきのモンスターを一撃で倒した彼が一緒に来てくれるなら、とても助かる。
「ぼ、僕はセオドアといいます。あなたは……」
「名は捨てた。とうの昔にな」
「え?」
「先を急ぐのだろう。無駄話はするな」
 ミシディアからバロンに行ける、と言うからには彼もデビルロードの存在を知ってるんだ。
 何者なのかは気にかかるけれど、彼の言う通り、のんびり話をしてる場合じゃない。僕は黙って彼に従い、ミシディアに向かって急ぐことにした。

 痛む足を引きずりながらなんとか彼の後を追いかける。道中で襲ってくるモンスターはほとんど彼が排除してくれた。
 もっと強力な白魔法が使えたらいいんだけど……でも、デビルロードまで魔力を温存しないと。
 滲む汗を拳で拭って顔を上げる。そこに、ローブを纏った女性が空から舞い降りるように現れた。
「セオドア君、やっと見つけた」
 聞き慣れた声の主は、両親の友人である魔道士のものだった。
「マコトさん!」
「飛空艇が墜落したと聞いて探しに……ん?」
 彼女の視線が僕から隣に立つ彼に移り、マコトさんは首を傾げた。その視線を遮るように彼が僕に尋ねてくる。
「知り合いか」
「は、はい。両親の古い友人です。あの、マコトさん、もしよかったら」
「喜んで」
「え、まだ何も言ってないですけど……」
「バロンに帰るんでしょう? 協力します」
 確かに「ついて来てくれませんか」と言うつもりだったのだけれど、先回りされて戸惑った。
 飛空艇が墜落したと聞いて探しに来たって……まさか父さんに頼まれたんだろうか? でも、マコトさんはそんな過保護なことはしない。
 彼女はいつだって僕の力を信じてくれていた。必要のない手助けはしないはず。

 マコトさんは僕と彼に回復魔法をかけてくれた。
「ここまで転移を繰り返してきたので、バロンまでテレポするのはちょっと厳しいかな。ごめんなさい」
「い、いえ! 僕らは、デビルロードから帰るつもりなんです」
「なるほど。それなら近道できますね」
「はい。だから徒歩でもバロンまですぐですよ」
 普通ならテレポなんて習得しただけでも称えられる高位の魔法で、繰り返すなんて不可能に近い神業だ。でも彼女はそれをやって僕を探したのだと言う。
 マコトさんは母さんも認めるすごい魔道士だ。同行してもらえれば、さっきのような敵にも協力して対処できるだろう。
 それに、見知った人がいるというだけで心が少し落ち着いた。
「で……こちらの方は?」
「さっき、モンスターに襲われているところを助けてくださったんです」
「そうでしたか。仲間は多い方が頼もしいですね。よろしくお願いします」
「……ああ」
 彼は気まずそうな顔をしつつマコトさんによろしくと頭を下げた。
 名前を教えてくれないのは何か事情があるんだろう。怪しくはあるけれど、彼のことは信じられる気がした。こういう直感には、自信があるんだ。




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