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棺の中で


 執拗な鍛練によって充分な魔力を得たマコトは、黒竜の召喚に再挑戦することにしたようだ。
 ゴルベーザ様の体で可能だったのだから大丈夫だとは思うが、また肉体が変化しているので黒竜は戸惑うかもしれない。
 ましてや魔物となったマコトは敵と認識され攻撃される可能性も決してなくはない。
 念のため私が付き添うことにした。しかし、その必要はなかったようだ。
「な、なぜなの……黒竜……」
 召喚術は正しく発動したのだが、黒竜は現れなかった。マコトの呼びかけに応えなかったのだ。
「おそらく、ゴルベーザ様が月におられるからだろうな」
「他の人の召喚には応えないってことですか」
 そもそも以前からして黒竜は“ゴルベーザ様がどこにもいない”からこそ、その肉体の持ち主となったマコトの召喚にも応えていただけだ。
 確かにマコトにも懐いていたが、本来の召喚主であるゴルベーザ様が帰還なさった以上はそちらの契約が最優先となる。
 新たにマコトとして黒竜の主人となれば叶うだろうが、ものぐさなドラゴンが二人もの主を認めるとも思えん。
「潔く諦めるのだな」
「ううぅ……」
 月が帰還すればゴルベーザ様に召喚していただける。しかしそれまで黒竜に会うことはできないだろう。

 我ら四天王を召喚できる時点で戦力としては何の不足もないのだが、やはりドラゴン好きのマコトはかなり落ち込んでいる。
「スカルミリョーネさん、新しい配下を増やしましょう」
 そして矛先は私に向けられた。……私の配下にドラゴンなどいない。もちろん、空を住処とする竜を使役できるわけもないのだが。
 マコトは瞳を期待に輝かせて拳を振り上げた。
「ドラゴン系のゾンビを仲間に!」
「ドラゴンはアンデッドにはならんぞ」
「ええっ? でもそういうモンスターいませんでした?」
 確かに、月にはアンデッドと化したドラゴンがいた。しかしあれはゼムス様の思念によって竜の自我を破壊されたものたちだ。
 生ける屍ではなく、言うなればただの“動く屍”に過ぎない。私はアンデッドにそのような仕打ちをするつもりはなかった。
「精神を失した死体を操れば可能だが、ドラゴンは死体を残さんからな」
 そもそも魔物は、たとえ死んでも時を経て甦ることができるのだ。死の残骸はじきに消え去り、魔力を蓄えて新たな肉体を得て誕生する。
 わざわざ己の死骸に縋りついてアンデッドと化す魔物などいない。死してなお生きようとするのは、死が即ち存在の消滅と同義の人間だけなのだ。
 自尊心の高いドラゴンが、翼を捨て去り地を這いずって生きるなど耐えられまい。
 そしてドラゴンというものは大抵が美を好む。つまり私とは徹底的に相性が悪いのだった。

 我々の軍勢には数体のドラゴンが加わっているが、そのほとんどは大空の覇者であるバルバリシアの魔力と美に惹かれて従ったものだ。
 あとはルビカンテと気が合ったらしい脳味噌まで筋肉と化した猪突猛進馬鹿の雄ドラゴンが少しばかりいる程度。
 海竜の類いはリヴァイアサンが強固に支配しているためカイナッツォにも手が出せずにいる。
 ドラゴンと触れ合いたいのならバルバリシアに掛け合えばいい。
 そう告げる私を無視してマコトは尚もドラゴンのアンデッド化に思いを馳せていた。
「バロン周辺にドラゴンの死体がいくつかあったんですよ。たぶん飛空艇部隊ができた時に討伐されたのだと思うんですけど」
「……死体が残っているのか?」
「はい。だから、何か未練があって復活できずにいるんじゃないかなって」
「……」
 バロンには竜騎士団があった。人間と絆を結んだドラゴンならば今生に未練を残している可能性もある。
 行ってみる価値はあるかもしれんな。

 だがしかし、バロン近郊に到着した途端に来たことを後悔させられた。折悪くも幻界に引きこもっていた召喚士がちょうどセシルを訪ねて来ていたのだ。
 鉢合わせになり、マコトは喜んでいるが。
「リディアさん。幻界を出たんですね」
「うん……」
「よかった。やっぱり人間は人間のそばにいないと」
「えっ、それマコトが言うかな」
 元は人間、それも異世界の存在でありながら魔物としてこちらに生まれ変わったマコトが「人は人のそばに」などとは確かにおかしな理屈だ。
 幻界に心を移していた召喚士は、どうやら人間の世界に戻ることを渋っているらしい。
「マコトは仲間が大切だから魔物になったんだよね」
「どっちか選んだつもりはないです。今の私がいるのは従姉やその家族がいてくれたからですし。リディアさんだって、どこにいてもリヴァイアサンたちのことは大切でしょう?」
「……うん」
 魔物の仲間になったらといって人間の心を捨てたわけではないとマコトは言う。そしてそれは仲間を思うが故なのだと。
「人間界にいた方がいいですよ。じゃなきゃその気持ちを忘れてしまうかもしれない」
「……そっか、そうだったんだね」

 死にたくない、消えてしまいたくないという想いは人間だけの感情だ。だからこそ“死なないでほしい”そして“そばにいてほしい”という心が芽生える。
 己に対しても他者に対しても、生への執着を持ち得るのは人の心を持つものだけの特性なのだろう。
 考えてみれば仲間という概念からして人間特有のものだ。
 単純に力を得るために魔物として転生したのかと思っていたが、マコトは何かを大切に想う気持ちを捨てないために人の心を守っているのだな。
 人間であるゴルベーザ様のためにもいいことだ。そう納得している私を振り返り、今更だけどと召喚士が呟いた。
「ところで、そっちの……えっと、確か四天王の一人だよね」
「土のスカルミリョーネさんです。人見知りが激しいのであまりしゃべりませんが気にしないでください」
「分かったわ。私はリディア、よろしくね」
「……」
 人見知りで片づけられると不愉快だな。尤も、あちらから敵対して来ないのならば強いて毛嫌いする理由もないのだが。
 あくまで対等にして異なる立場を貫こうとしていたミストの者たちとは違い、リディアは魔物側に歩み寄ろうとする。
 マコトと似た視点を有している。その点では好感が持てた。

 バロン周辺にはマコトの言う通りいくつかのドラゴンの死体が残されていた。恨みゆえに縛られたか、あるいは絆を結んだ人間への未練でもあるのか。
 多くの者は自尊心の高さが仇となったようだ。新たな肉体を手に入れるということは、つまりこの肉体の敗北を認めるも同義だからな。
 死を受け入れたくない、この器でより強くなりたい、そんな思念が朽ちかけた肉に魂を縛りつけている。
 その精神に触れ、アンデッドとして甦る意思があるかを尋ねた。
 もはや天を駆けること能わず、醜く爛れた体で地を這い生きることとなる。それでもいいのかと問えば首肯する気配があった。
 骨が震え出し、半ば土に還りつつある腐肉を纏いながらおぞましき不死のドラゴンが立ち上がる。
 なぜか背後から二つの歓声があがった。
「わー、すごい!」
「やっぱりカッコいいですよね、ドラゴンゾンビ!」
「そうだね。圧倒的な強さを感じるよ」
「貴様らの感覚は分からん……」
 マコトはまだしも、リディアもやはり同類か。幼い頃より幻界で育った人間の娘は少々感覚が歪んでいるようだ。
 このまま幻界で育てば近いうちに精神は魔物と化すだろう。今のうちに人間性を学び直させようという幻獣王の判断は尤もだな。

「育成系ゲームでドラゴンって結構あるけど、アンデッドは見たことないんですよね。なんでだろう、絶対デザイン素敵なのに」
「えっ、マコトの世界では人がドラゴンを育てるの?」
「本当に生きたドラゴンを育てるわけじゃないんですけど、育成シミュレーションって言って……」
「ふんふん」
 変貌した己の肉体を怯えるでも蔑むでもなく歓迎し、よく分からない話で盛り上がる娘二人を前にしてドラゴンが戸惑っている。
 そいつらが特殊なだけだから気にするなと慰めておいた。
 結局、バロンの周辺にいたドラゴンはすべて私の配下に加わった。
 死体を残して今生にしがみついているような者ならば、人間でなくてもアンデッドになれるということだな。
 魔物も生に執着するとは思わなかった。新たな知識を得たことについてはマコトに感謝しよう。

 マコトは未だリディアに向かって育成シミュレーションの説明を続けている。しかし今一つ伝わっていないようでリディアの頭上には疑問符が浮かんでいた。
 彼女の世界の文明は我々には理解しがたいものが多すぎる。
「戦いが苦手だというわりに、お前が魔物を恐れなかったのはそのゲームのお陰か」
「え? あー、そうですね。RPG以外だと魔物が脅威じゃないものは多いから、恐くはなかったです」
 あちらの世界にはモンスターがいない。魔法も使えない。にもかかわらずマコトは我々のようなものを見慣れている。
 この世界も彼女の知るゲームの一つであるというし、他にも魔物を育成したり戦わせたり、様々な物語があるという。
 要はマコトのいた世界の中に数多くの小さな異世界が存在するということだ。
「戦いの物語って大体、人間がモンスターを倒すじゃないですか。人間同士でも、誰かと敵対して主人公ではない側がやられちゃうものだし」
 どちらにも感情移入してしまい、決着がついた後に悲しさが残るので戦いを描いた物語は苦手なのだとマコトは言った。
 リディアもまたマコトの言葉に深く頷いている。
「そうだよね。魔物だって人間だって、同じ大地に生きる命なのに。どっちかが居ちゃいけない存在なんてことないはずよ」
 だからといって仲良く共存していける関係でもない。勘違いされては困る。私とて、人間の死を貪る魔物だ。

「争いと殺戮を本能とする魔物もいる。同じ大地に生きるということは即ち、生存を競う関係でもあるということだ」
「そりゃあ私たち人間も殺されたくないから戦うけど、お互い様だもの。魔物の本能が間違ってるってことにはならないわ」
 リディアの言葉に、人間に外敵と断じられ討伐されたドラゴンがしんみりと過去を思い返している。
「誰も死なない世界なんて結局は破滅しか待ってない。殺し合うのも自然の摂理ですからね」
「マコト、王妃さまと同じこと言ってる」
「そう思い切れるように魔物になったんです」
 魔物を悪だと言い募りながら、理屈のうえでは人間も本当のことを分かっているのだろう。だが感情が納得しない。
 殺し、殺されることを自然のままに受け入れるためにマコトは魔物になった。……そうか、リディアも同じなのだな。
 人の感情で敵を悪と定め、恨まぬように、幻界で育てられたのだ。
 そして今また人間の暮らしを再現するマコトと同じく、人の心を失わせぬよう人間界に戻された。
 マコトがなぜこの娘を構うのか、分かったような気がする。何かを大切に想う人と、恨みを残さぬ魔と、その心を両立させてやりたいのだろう。




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