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無防備都市


 四天王の部屋も作ろう、と決心した。
 私たち下っぱモンスターと違って高位の魔物である彼らは食事も眠りも必要とせず、ゾットの塔にいた頃から自分の部屋は持っていなかった。
 でもここへ来て改めて各自の部屋というものの必要性を切々と感じている。
 まずなんていうか、みんな個性豊かで趣味もバラバラなので多種多様な私物が増えすぎなのだ。
 しかもそれがバブイルの塔の地底部分から地上部分までまんべんなく、そして無造作に放置されている。まったく片づかない。
 その上に四天王の定位置がないことでモンスターのテリトリーが混沌としてしまって、あちこちで反発する属性同士の喧嘩が起こっているのが現状だ。
 バブイルに秩序を! というわけで四天王の部屋を定めてその周辺を配下モンスターの住み処とし、掃除や整理整頓は各自で行うこととする。

 塔を一番散らかしているのはバルバリシアさんだった。
 彼女は気まぐれに人間の町や村を訪れては発見した面白いものを持ち帰ってくる。そしてすぐに飽きて放り出してしまう。
 主にドグさんが片づけてくれているけれど、それをまたラグが持ち出すのでいたちごっこになっているし、マグさんは見て見ぬふりをしていた。
 塔の最上階からいくつかのエリアをバルバリシアさんの担当区画として、彼女には他のエリアに私物を置かないよう注意しておく。
 その下はルゲイエさんの研究室だ。これはもう弄るのが怖いから無視する。
 ものぐさなカイナッツォさんは所有物を増やさないけれど、直属の配下であるベイガンさん以下バロン兵の皆さんは半分人間なので私物も私室も持っている。
 塔内の彼らの居住エリアをまとめてカイナッツォさんの担当区画とするのがいいだろう。
 スカルミリョーネさんは放っておくと延々アンデッドを作っている。廊下の曲がり角でゾンビーとぶつかるのはもう遠慮したいので専用の部屋を用意した。
 今はバブイルの地上部分1〜5階がゾンビエリアになってしまっているけれど、彼らには地底との中間部分に引っ越してもらうことにする。
 人間生活をしているベイガンさんたちが地上1階〜を欲しているので、スカルミリョーネさんの担当区画は地下1階〜5階くらいだ。
 今後アンデッドの量によって変動があるかもしれないので、地底部分のいくつかは空室としておいた。

 問題なのはルビカンテさんだった。
 彼もバルバリシアさんと同じく人間の装備品や魔術書など頻繁に持ち帰ってくるのだけれど、言えばちゃんと自分で片づけてくれるのてそこは大丈夫だ。
 それでも私が「四天王の部屋を作らなければ」と決心した一番の原因は、ルビカンテさんなのだった。
 彼の担当区画はドワーフの領域に接する地底部分になっている。そこに部屋を作って、持ち帰ったものはきちんと室内に収納されている。
 ただルビカンテさんはそこを“自室”として使ってくれてはいない。単なる物置代わりだった。
 今朝、私が目が覚めると、枕元にルビカンテさんが立っていてじっと私を観察していた。昨日も一昨日もそうだった。
 昨夜、私が眠りにつこうとすると、ルビカンテさんは私の部屋にやって来てそのまま立ち去ってくれなかった。一昨日もその前もそうだった。
 朝起きて、ごはんを食べる時も、出かける時も、寝る前も、寝ている間も、お風呂やトイレにさえルビカンテさんはついて来ようとする。
 さすがに最後の部分は耐えられなくて思わず鳩尾を殴ってしまった。まったく効いてなかったけど。求む筋肉。
 とにかくルビカンテさんはなぜだか四六時中休むことなく私を追いかけてくるのだ。お願いだから自分の部屋で過ごしてほしい!

「というわけで、ですね。再三に渡ってお伝えしている通り、せめてお風呂とトイレにだけは、ついてこないでほしいのですが」
「分からないな。目を離した隙に何かあったらどうする?」
 戦いは終わったんだから何もないですよと言い返したいところだけれどそうもいかない。
 元ダンジョンであるバブイルの塔で、解除し忘れていたトラップにかかって死にかけた私に大口を叩く権利はないのだ。
 たぶん面倒見のいい彼のことだから、ゴルベーザさんの肉体から出て弱体化した私を心配してるのだとは思う。
 雑魚モンスターとしては魔力の高い方だけれど四天王である彼から見れば私はまだまだ弱っちいんだ。
「私も頑張って強くなるので、あまり甘やかさないでほしいんです」
「甘やかしているつもりはない。当然のことをしているだけだ」
 いや、充分すぎるくらい甘やかしてると思う。ずっと見守られていたら私は安心してしまってなかなか強くなれないだろう。
 ……うん、お風呂やトイレで見守られるのは別の意味で安心できないけれども。

 私がこっちへ来た当初こそ大事な主君の体に取り憑いた異物という扱いではあったけれど、それでもルビカンテさんは私の面倒をよく見てくれた。
 戸惑いつつも少しずつ私の存在を受け入れて、ゼムスを倒すため、ゴルベーザさんを呼び戻すために惜しみなく協力をしてくれた。
 魔法の使い方さえ分からない私に基礎からじっくり教えてくれたのはルビカンテさんだ。その後も魔法の特訓に一番根気強く付き合ってくれた。
 そもそも私が最初に出会ったのはルビカンテさんで、この世界が“何処”なのか気づくきっかけを与えてくれたのも彼だった。
 だからつまるところ私は、刷り込み効果ってわけじゃないけど、ずっと導いてくれていたルビカンテさんのことが好きだ。
 ゴルベーザさんの体にいる時はその感情を自然に受け入れていたと思う。大切な仲間、その中でも一際特別な、尊敬と感謝をする相手として。
 でも今こうして、自分自身として接するようになってその優しさを誤解してしまいそうな自分が嫌になる。
 ルビカンテさんは主に言われたから私を守っているだけだ。ちょっと前まで主の肉体を守るために私のそばにいたのと同じように。
 そこのところを誤解してルビカンテさんに、変な好意を抱いてしまうと……すごく不毛だと思う。

「見守ってもらえるのはありがたいんですけど、やっぱり私も人として、プライバシーは守りたいというか」
 ちゃんとした距離を保つためにも、無意味に意識してしまう状況は避けたいというか。
「日中そばにいるのは良くて、なぜ風呂とトイレと着替えと就寝中は駄目なんだ」
 それはその時間帯と状況的に私が人間として女として凄まじく無防備なので、他人に、ましてや異性に見守られていたくはないからです。
 と言ってもルビカンテさんには通じないのが困ったところ。
 そりゃあ私のことを愛玩動物扱いしているルビカンテさんに「羞恥心を分かってください」なんて無理がある。
 恥ずかしいのでやめてほしいと言ったところで「は? べつにお前のことなんか眼中にないから」ってなものだろう。自惚れてんじゃねーよって感じだ。
 私だってたとえば飼い犬が一人でお風呂に入ろうとしたら心配になるし、猫がトイレにいたら「お、頑張ってるね!」と見守ってしまう。
 恥ずかしいだろうから見ないであげよう、なんて思わない。
「でも私は、見られているのが、人として嫌なんです。だから……できれば、」
「……分かった」
「わ、分かってくれましたか」
「ああ」
 ホッとするものの、今一つ納得いかない顔のルビカンテさんに不安は拭えない。
 私が恥ずかしく思うのは自分と彼を対等に見てるからだ。でも向こうはそうじゃない。それを実感するのは、ちょっと虚しい。




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