×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
Frou Frou


 人間の性質でも特に面倒なものといえばまず、常に服を着ていなければいけないということが思い浮かぶ。
 私がゴルベーザ様と出会った時、あの方も必死で「私についてくるなら頼むから服だけは着てくれ!」と仰った。
 他のどんなことでも私の好きにさせてくださるゴルベーザ様がそれだけは譲らなかったのだから、人にとってはよほど重要なことなのでしょうね。
 おそらくは服を着ていなければ暑さや寒さに対応しきれず死んでしまうのではないかしら。
 でもそんなこと、か弱い人間の体にしか起こり得ない。服を着なかったからといって魔物が死ぬことなどあるはずもないのだけれど。

 マコトは密かにバロンを訪ね、ローザにいくつかの衣服をもらってきた。ルビカンテはそれが大層、気に入らないらしい。
 部屋に広げられた数々の布切れを胡散臭そうに見下ろしながらマコトに詰め寄った。
「服など必要なのか?」
 その疑問は尤もだとは思う。今のマコトはいわば仮の姿も、つまり“服を着た人間”に変身しているのだから。
 きっと人間としての意識が“服は必要だ”と思わせているのでしょうけれど、変身術でいくらでも応用が効くのだから新たに用意する必要などない。
 それでもマコトは、もらった服を大切そうに抱えて「それは違う」と首を振った。
「確かにこうやって服を着てる状態には変身できるんですけど、変身で再現した服は油断すると脱げるので」
「な、何だと?」
 その言葉にはさすがの私もルビカンテも驚いた。……奴の目に若干の期待が見えるのは気のせいかしらね。

 ゴルベーザ様の姿でいた時にもマコトは変身術を何度か使っていたけれど、ほとんどは魔物や動物に変身していて人間に化けたことは数えるほどしかない。
 だから術の乱れによって服が脱げるという謎の現象を私は目撃していないけれど、カイナッツォとの特訓中にそれが起きたことがあるという。
「私は今この服を着てますけど、これは“服を着てる状態”に変身してるだけで本来の私は何も身に纏ってないわけですよ。じゃあこれって私の皮膚の一部という扱い? それともちゃんと脱げるの?」
 言いながらマコトが服を捲ると、つい触りたくなる滑らかな肌が垣間見えた。ルビカンテがぎしりと固まる。……さっきから不審な動きを見せているわ。
 それはともかく、マコトの主張は確かに興味深い。
「仮に脱げるとして、脱いだ服はどうなるの? みたいな細かいことを考え始めると、この服が変身魔法の範疇なのか分からなくなって形を保てなくなるんです」
「なるほどね……」
 今マコトが捲ったのを見る限りはそのまま普通の衣服のように脱ぎ去ることができそうだった。ではそうしてマコトから離れ、独立した服はどうなるのか?
 おそらくマコトが“これは自分から独立している”と認識することで服の形を保っていた魔法が乱れ、消滅してしまうのだろう。

 カイナッツォがバロン国王に変身していた時にはこのような困惑は見られなかった。
 あいつは根っからの魔物だから思い込みで違和感を捩じ伏せることができたのかもしれない。
 しかし頭でっかちな人間の思考が残るマコトはどうしても細かいことを考えてしまい、術が不安定になりがちなのだ。
 ……にしてもなぜルビカンテは錯乱しているのかしら。
「それで、その服は脱げるのか?」
「脱ぎません」
「脱ぐかどうかではなく、脱げるのか?」
「脱ぎません」
「……」
「……」
 しばしの睨み合いの末、当然ながらマコトが気合いで負けるとルビカンテは彼女の服に手を伸ばした。
「わー! セクハラ反対!」
 とりあえず竜巻に巻き込んで吹き飛ばし、壁にめり込ませておく。どうも月から戻って以来おかしいわね、あの男。

「あ、ありがとう、バルバリシアさん……」
「構わないわ」
 彼奴のことだから未だ自分の扱えない変身術を解明するために実際に服が消滅する様子を見たいと思ったのかもしれない。そういうことにしておこう。
 もしただ単に“中身”が見たいだけなのであれば後で念入りに粉砕してやればいい。
 ともかく、これでマコトが服を必要とする理由は分かった。
「物理的に存在している服を纏っておけば、何かのきっかけで集中が乱れても平気というわけね」
「はい。カイナッツォさんくらい熟練すれば変身を保ったまま服だけ変えたりできるみたいですけど、それまでは普通に着替えた方が安全かなって」
 これも食事や睡眠と同じくマコトの精神を維持するための行いだということ。ならば協力しない理由はない。
「いいのではなくて? 服を装備できれば耐性を上げることも可能でしょうから」
「なるほどな。では早速ルゲイエに魔法防御力を高める服を作らせるか」
「ひゃう!」
 もう復活するなんて無駄に耐久力の高い男だこと。マコトが怯えているじゃないの。

 私とルビカンテが納得してじっと見守っていると、マコトは困ったように眉尻を下げて俯いてしまった。
 着替えるのではなかったのかと尋ねれば、なぜか涙目で私たちを見上げてくる。
「ちょっと部屋を出ててほしいんですけど。ルビカンテさんは特に」
「なぜだ?」
「こ、これを着るのに、術を切り替えて、一回あの……裸にならないといけないので」
「私は構わないが」
「こっちが構うんです……!」
 真顔で答えるルビカンテにマコトも必死の形相で懇願している。
 ああそうか、人間には羞恥心というものがある。特に異性に対しては。
 ゴルベーザ様が私や部下に「せめて服だけは!」と懇願なさったのも、今にして思えば裸を目にするのが恥ずかしかったのかもしれないわね。
 尚も気にせず着替えろと言うルビカンテを巻き込んで部屋の外へとテレポすることにした。

 中ではマコトが着替えている部屋の扉の前に立ち、ルビカンテは至極不満そうだった。
「なぜ私が見てはいけないんだ」
 むしろなぜお前が見る必要があるのかと問いたい。他のことならばマコトの嫌がる行為は全力で控えるというのに、やはりこれは男としての執着か。
「お前は……元人間だというのに鈍いわね。それともわざとやっているの?」
「何のことかな?」
 わざとね。わざとだわ。根拠はないけれど間違いなく。もう一度ミールストームを食らわせておこうかしら。
 でなければ石化して塔の屋上から落としてやろうか……、ファブールの雪山に埋めて封印するのもいいかもしれない。
 部屋の外から殺気を感じ取ったのか、急いで着替えたらしいマコトが慌てて扉を開けた。
「あ、あの、終わりました」
「……」
 それを見てルビカンテがまた固まっている。

 マコトが変身術で再現していたのは異世界風の奇妙で複雑な服だった。ローザが用意したものは、人間の魔道士が身につける高価なローブだ。
 これなら人間の町に紛れ込んでも問題はない。食糧や他の衣服を手に入れるのも簡単になるだろう。
 そして魔法に対する耐性がやや高まっているのを感じる。ゾットの塔でなにくれとなく世話を焼いてやった甲斐あって、ローザの心証は悪くなかったようね。
「変じゃないですか?」
 マコトが不安と期待に揺れる目で見上げてくる。褒めてほしがっているらしい。犬のように尾を振る幻覚が見えた気がした。
「よく似合っているわよ」
「本当ですか? よかった……!」
 サイズが分からなかったためか少しマコトの体よりも大きく、ゆったりしている。おかげで小動物っぽさが増しているけれど似合っているのは間違いない。
 ただなんというか、強そうには見えないわね。これはどう受け止めるのかとルビカンテを見れば、まだ固まっていた。
 彼奴にも犬の尾の幻覚が見えたのかもしれない。




|

back|menu|index