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無垢なままで


 魔導船に乗って帰ってきたセシルたちはそれぞれの居場所へと散っていった。
 セシルとローザはバロンに。カインさんも一度は帰国したものの、その後は旅に出て試練の山で修行することにしたようだ。エッジはエブラーナの再建に。
 そしてリディアは幻界にいた。彼女の故郷であるミストを破壊した私が言えることではないけれど、なぜ? という思いが拭えない。

 リヴァイアサンが茶飲み友達のような気軽さで迎えてくれるので私はすんなり幻界との往き来が可能になっていた。
 以前ゴルベーザとして来た時も特に敵対することはなかったけれど、更に待遇が良くなっている気がする。
 王妃アスラは「幻獣王様はいろいろな意味で女性に優しいのですよ」と不穏なことを言い、王様自身は「マコトはもう孫みたいなもんじゃからのー」と宣っている。
 ……孫?
 まあそれはともかく、リディアがこのまま幻界に留まるとは思いたくない私は、気軽に来訪できないセシルたちの代わりのつもりでやって来たのだ。
「まさかずっと幻界にいるわけじゃないですよね」
 単刀直入にそう切り出せば、リディアはキョトンとして首を傾げた。
「たまには外にも出るよ?」
 いや、たまにとかいう問題じゃないんですよ。

 幼少時リヴァイアサンに攫われたリディアは幻界で成長して帰ってきた。ほんの数ヶ月で十年ほどの歳月が流れてしまったのだ。
「こっちにいたらどんどん歳とっちゃうし、もったいないですよ」
 次に外へ出た時にはお年寄りになっていたらどうするのかと焦る私に、リディアはしばらく黙り込んでいた。
 そして「ちょっと落ち着いて」となぜか私が嗜められる。
「マコト、もしかして幻界は外より時間の流れが早いと思ってるの?」
「そうですよ。だってリディアさん一瞬で大人になっちゃってるじゃないですか」
 小中高を全部すっ飛ばしたようなもの。これは大変なことだ。いくらラストバトルに間に合わせるためとはいえリヴァイアサンの行為は罪深い。
 と思ってたら、苦笑しながらリディアが放ったのは衝撃の事実だった。
「確かに幻界と外では時間の流れが違うけど、ここの方が早いわけじゃないわよ?」
「……え?」
「私はこっちで十年くらい過ごして、幻獣王さまの力で外の世界の“あの時間”に出ただけだもの」

 曰く、外の世界と幻界の間には時空の歪みがあって、確かに違った時間が流れてはいるけれどそれは単純にどっちが早いとかいうものじゃないらしい。
 リディアは失ったミストの村の代わりに幻界を第二の故郷として過ごした。
 友を作り、魔法を学び、すくすくと育ち、十年の時を経て幻獣王に送り出された。
 こっちから見るとリディアは一瞬で大人になってしまったように思えるけれど、彼女からしてみればちょっとタイムスリップしたくらいの感覚なのだ。
「マコトは……ゴルベーザの時に私たちを助けてくれてたんでしょ?」
「あ、アダマンアーマーを持ってきた時ですか。じゃあ、あれもリヴァイアサンが時間を縮めてたんですね」
 私が町に入って出てくる頃にはもうセシルがクリスタルを入手していた。でも、単に幻獣王が“ちょっと先に送り出した”だけだったんだ。
 リディアが黒魔道士として召喚士として充分な力をつけ、セシルの助けになるためには十年ほどの歳月が必要だった。
 そしてまた幼いリディアが母親の死と故郷の喪失を乗り越え、私……というより現行犯にされてしまったセシルとカインさんを許せるだけの時間も必要だった。

「ここで育ったことは後悔してないよ。あのまま一緒にいても、私はセシルを助けられなかったもの」
 それでも、過ぎた時を遡ることはリヴァイアサンにもできない。
 たとえばミストの生き残り……リディアと同年代の子供たちだっていただろうに。彼女はもう、彼らと同じ時間には戻れないんだ。
 やっぱりあの時、火事の中から幼いリディアを攫ってうちで育てればよかったと思う。そんな私の内心を知ってか知らずかリディアは微笑んだ。
「マコトはゴルベーザに呼ばれたこと、後悔してる?」
「え? いいえ、それはないです」
「じゃあセシルと敵対したくなかったと思う?」
「それは……」
 思わないわけでは、ないけれど。
 私はゴルベーザさんの肉体の中にいたから、兄弟を憎み合わせたくないと思っていた。それを差し引いても、セシルと味方同士なら……。
 人殺しとして罪悪感に苛まれずに済んだのだろうか、とも思う。

 もし私がセシルと共に力を合わせてゼムスを倒すことだけを考えていたら、事はもっと単純に終わったんだ。
 正義が悪を討ち滅ぼす、ただそれだけのストーリー。
 でもそれでは……今この状況はあり得なかった。四天王やベイガンさんやメーガス姉妹や、皆と一緒に過ごす今は、他の道を辿っては得られなかった結末だ。
 そして改めて見れば、リディアは幻界に住む者たちを大切に想っている。ミストの住民やセシルたちとは別の意味で。
 なるほど。それと同じことなのか。
「違う未来もあったんだろうけど、それは今と引き換えなの。だから私は、これでいいんだよ」
「……うーん」
「まだ不満?」
「いえ。リディアはいい子に育ったなぁと」
「なにそれ!」
 そもそも蟠りを振り切ってそんな風に笑える時点で。
 リディアがこんなに強く健気に育ったのも、幻界での経験があればこそなのだろう。それは分かった。
 幻獣王のさじ加減で外の世界とあまり変わらない時間経過のうちに向こうへ戻れることも、納得した。
「でも仲間の皆さんも寂しがるでしょうから、なるべく帰ってあげてくださいね。何なら呼んでくれればテレポしますし」
「呼んだらって……」
 召喚獣経由で幻界から呼びかけてもらえば私とリディアが連絡を取り合うのは簡単だろう。タクシー代わりにテレポを使えば魔法の訓練にもなってちょうどいい。

 私を見つめながら何か考えていたリディアが、ふと呟いた。
「マコトは魔物なんだよね。私にも召喚できるのかな?」
「……あー、できるかもしれないです。でも今はまだちょっと力が足りないので」
 新しい肉体になって、ゴルベーザ時代に積み重ねてきた能力はリセットされているのだ。今の私を召喚しても役には立たないだろう。
「それに、私は四天王に世話してもらってる身なので、勝手に契約するわけにはいかないかと」
「え、マコトが主人じゃないの?」
「それはゴルベーザだった時の話です」
 今は真の主人の命令で私を“よろしく”している状態だから四天王の方が立場は上だ。
 彼らが命令違反を犯さないために私も大人しく世話されているようにとルビカンテさんも言ってたし。
「ふ〜〜ん……」
 リディアはなんだか腑に落ちない顔をしている。
「召喚でなくても普通に呼んでくれたら来ますから」
「そっか。でも、呼ばなくてもいつでも来てね?」
「じゃあ、リディアさんもいつでも遊びに来てください」
 なんだか友達同士のような言い様に二人して少し笑う。
 すぐには無理でも、ゴルベーザさんを待つ十数年で皆とこんな風に話せるようになれたらいいのだけれど。




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