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想像


 動物への変身にはかなり慣れてきた。特に小動物はルビカンテさんからよくリクエストされるので習熟度がどんどん上がっている感じだ。
 あとはゾットの塔をうろついてるモンスターの一部にもうまく化けられるようになってきた。
 躓いたのは、試しにルビカンテさんの姿になってみようと思った時だった。
 魔法の訓練に付き合ってもらって一番見慣れているし、人の形をしているから変身しやすいと思ったのだけれどなぜか失敗した。
 続けて試した四天王全員の変身に失敗し、ゴルベーザさん以外の人型になれないことに気がついた。
 動物なら「猫っぽく」という漠然としたイメージだけで変身できたんだけどなぁ。
 いずれは人間にも変身してみたいと思っている。そこで私は、変身魔法のエキスパートを訪ねることにした。
「師匠、もっといろんなものに変身したいです」

 見事な変身術を駆使してバロン王の執務室でお仕事しているカイナッツォさんは、私を一瞥するとおざなりに頷いた。
「あー、他の人間に変身できりゃ便利かもな」
「そうです。是非お願いします」
「でも教えるのはめんどくせえから断る」
「ええ!?」
 今忙しいんだと一蹴されてしまった。でも見たところ書類を読みもせずひたすら判子をついてるだけじゃないか。
 それに、バロンはそのうち手放すんだからそんなに熱心に政を維持しなくてもいいと分かってるはず。
 つまり本当にただ「めんどくせえ」だけなんだ。
「私がバロン王に変身できれば、替え玉をやれるかもしれませんよ? そしたらカイナッツォさんは休めます」
 まあそんなことする気はないのだけれど建前だ。外見を真似ることはできても私に王様のふりなんて不可能だし。
 カイナッツォさんはこう見えてもバロン潜入のために入念な下調べを行っていたそうだから、バロン王のふりは彼にしかできないのだ。
 しかし玉座に飽き飽きしているカイナッツォさんに、私の提案はかなり魅力的に聞こえたらしい。
 急に真面目な顔になって手を休め、私に変身術をレクチャーし始めた。

「お前は猫だの犬だのに変身する時、漠然としたイメージでやってんだろ?」
「そうですね。もし自分が猫だったらーって適当な想像でも成り立ってます」
「動物の姿でも人間語を話している。骨格も筋肉も脳の造りも、本物とは違うわけだ」
 カイナッツォさんに「お前の世界じゃ猫は人間語を話すのか?」と聞かれ慌てて首を振る。
 言われてみると猫の時どうやって口を動かしているのか記憶にない。ただ漫画やアニメのおかげで“人語を話す動物”がイメージしやすかった気がする。
「お前がやってんのは変身術じゃねえ、“猫になった自分”を想像してるだけだ」
 なるほど。だから同じ調子で種族ではなく個人であるルビカンテさんに変身しようとしてもうまくいかなかったのか。
「人間は頭でっかちだからな。ちょっと矛盾に当たると術が完成しねえのさ。姿形をなぞるんじゃなく変身対象そのものになるんだ」
 適当に“猫になった自分”を想像するのではなく、“誰”に変身するのかを明確にして。見本を忠実に再現し、その姿を纏うのが変身術。

 知り合いの人間か。やっぱり今がゴルベーザさんの体だから、それとはかけ離れてる方が成果を確認しやすいかな。
 一番きちんと想像できる人の姿形を頭に浮かべ、その動き、声、仕草を追体験するように想像してから魔法を発動する。
 頭と胸部が重くなって下半身がすっきりした感覚だ。
「って、なんでバルバリシアなんだ。人間に化けろよ、人間に」
「最初に思いついちゃったので」
 自分で試した時は失敗したのにあっさり成功した。でも特定の“誰か”に変身するのはやっぱりとても難しいみたいだ。
 動物や魔物になるのは姿形さえ思い浮かべればいいけれど、たとえばバルバリシアさんに化けるなら彼女の顔形から言動に声、仕種や癖まで事細かに想像できなければいけない。
 改めて、カイナッツォさんがバロン王に変身しているのは凄いことなのだなぁと思う。
 それにしても髪が長すぎて、胸が大きすぎて重い。バルバリシアさんはこんなものを抱えていたのか。と、不意に気づいた。
 バルバリシアさんはいつも軽やかに飛行している。体の三倍くらいある長い髪もふわふわ浮いてて重さなんて感じさせないんだ。
「変身はできてるのに飛べないんですね」
 ちゃんと飛んでいるところをイメージしたのに。そもそも四天王に変身してみようと思ったのも、彼らの能力が使えたら自己強化に繋がると考えたからだ。

 どうやったら飛行できるのか、せめて髪だけでも浮かせられないかと四苦八苦する私を見てカイナッツォさんがため息を吐く。
「そういう余計なことは考えないのが一番だぜ。術の邪魔になるからな」
「余計なこと、ですか」
「たとえば……」
 黒目のない乳白色の目が私の体を観察し、一点で視線を留める。
「お前、その服はどうなってんだ?」
「え、どうなってると言われても」
「そんな服さっきまでは着てなかったろ? 変身で現れたってことはそれもお前の一部か? 脱ぐことはできるのか? 自分の体から離れても服の形を保てるのか? それに元々着てた服はどこいったんだ?」
 矢継ぎ早に尋ねられて頭が混乱した。これはバルバリシアさんがいつも身につけている服だ。だからそのままコピーしたように私もこれを着ている。
 この服を脱いだとしたら……? 変身術は文字通り“身”を“変じる”魔法だ。そもそも服を着ていることからしておかしいのではないか。
 見せかけだけの幻影術なら触れればゴルベーザさんの体や服の感触があるはずだけれど、さっきまで着ていた服は消えてしまっている。どこに?
 でも“服を着たバルバリシアさん”に変身したのだし……とすると脱いだ“服”はどうなるの……そもそもゴルベーザさんの服は私の魔法の影響下にないはず……。
 そんな風にわけが分からなくなってきたところで、服が消えた。
「わああっ!!」

 幸いにも全裸になったのは一瞬で、すぐにパニックになって変身が解けたので元のゴルベーザさんの体に戻った。もちろん服は着ている。
「それが余計なことを考えるって状態だ」
「な、なるほど」
 衣類や装飾品、能力までを付属させて変身術の範疇と考えるかどうか。そんな“余計なこと”を考えてたら集中が乱れるのは当然だった。
「重要なのは想像する力だ。“そこにそういう形で存在してる”って思い込みさえありゃ大体のことは何とかなる」
「大雑把なんですね」
「創造魔法は力業だからな。だからそれができねえ精神魔法の方が難しいのさ」
「なるほど」
 たとえば黒魔法でもそうだ。炎をイメージするだけでは単なる想像、でもその想像に魔力を与えてやれば現実に炎を創造することができる。
 こう考えればいい。変身術は“着ぐるみ”の中に入るんだ。あくまでも想像した通りの姿を創造するのであり、服を着替えたりはできない。
 全裸にもならない。
 余計なことを考えてはいけない。

 必死で全裸ダメぜったい、服は脱がない、と自分に言い聞かせる私をカイナッツォさんが胡散臭そうに見つめていた。……確かに不審だ。
「ふーん……」
「な、何ですか?」
「いやなに、人間には変身術なんか使えない、と思ってたんだがな」
 人間は自分の姿に確信を抱いている。この世に生まれた時点でその存在は確固たるものとなり、『別の自分』を想像するのは難しくなるらしい。
 それは魔物にとっても同じで、ほとんど精霊に近い存在である四天王はまだしも、普通のモンスターには変身術なんて使えないのだとか。
 プリンのような魔物なら定まった『自分』を持っていないから変身できるけど、あれはあれで知能が足りないから想像力が働かないのだそうだ。
「ま、マコトの場合は既に他人の体に入っちまってるからなぁ。精神が体の変化を受け入れやすくなってんじゃねえか?」
「それはあるかもしれませんね」
 ゴルベーザさんの肉体に入ってすぐは衝撃の連続だった。主にトイレとか、お風呂とかが。体験したことのない感覚に確信を持つのは確かに難しいだろう。
 漠然と『男である自分』を想像しようとしてもうまくいかない、けれど私にはゴルベーザさんの体という一例がある。
 変身術で違う体になる、という想像の埒外なことにも精神が納得しているんだ。

 それにしても、人間に変身できるということは、ゴルベーザさんの姿をとっていなくてもいいってことだ。
 これから様々な悪事を働くにあたって、その汚名を背負う“ゴルベーザ”ではない架空の人物を作り上げた方がいいんじゃないかとも思った。
 たとえばゴルベーザさんとは似ても似つかない、黒髪の小柄な娘にでも変身して偽名を名乗るとか。
 いずれゴルベーザさんが帰ってきた時に過去の悪事の影響を受けずに済む。
 でも……それをすると、自分が本当は何者なのか、忘れてしまう気がして怖くなった。
 ゴルベーザさんの体にいるから、私は彼と入れ替わった“マコト”なのだと覚えている。慣れない男性の体に対する違和感と困惑が“本当の私”を忘れさせない。
 変身はあくまでも変身であり、それを本性の代わりにしてはいけないと思うのだ。
「カイナッツォさん、ありがとうございました。この魔法はいろいろと役立てさせていただきます」
「じゃあ早速バロン王に……」
「塔に帰りますね! お仕事がんばってください!」
「おい、てめえ! 待てコラァ!!」
 できるかもしれないと言っただけで「替え玉をする」とは言ってない。話が違うと憤慨する声を聞きつつ急いでテレポを唱えた。
 申し訳ないけど、私にはゴルベーザに変身し続けるという大切なお仕事が待っているのだ。




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