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決戦


 やはり直接戦闘は苦手だなと思う。ゴルベーザさんの体なので筋力やなんかは充分にあるけれど、私の反応が追いつかない。経験が足りなすぎる。
 その点においてゼムスとの戦いは魔道士vs魔道士なので安心だった。とにかく相手より素早く、正確に、強力な魔法を唱え続けるだけで事足りる。
 しかもこちらはフースーヤさんとの協力プレイなので強化魔法と攻撃魔法を分担する余裕があった。
 そしてこのように。
「もう一息じゃ、パワーをメテオに」
「いいですとも!」
 ただでさえ強力な魔法を二人がけでパワーアップできてしまうのだ。
 三人とも尋常ならざる魔道士なので、ちょっとすごい光景だ。地下渓谷に無数の隕石が降り注ぐ。圧倒的な魔力の塊にゼムスの肉体は押し潰された。
「この体、滅びても……魂は……不滅……」
 そうしてゼムスは呆気なく命を閉じた。いかに強大で邪悪な意思を持っていようと所詮は一人の魔道士でしかない。倒すのは簡単だ。
 簡単だった。とりあえず、今この瞬間までは。
「愚かな。素晴らしい力を持ちながら、邪悪な心に躍らされおって……」
「残念ですが、まだ終わってません」
「何!」

 倒れ伏したゼムスの遺骸から闇が噴き出してくる。ここからが本番だ。そして、私とフースーヤさんではこいつを倒せないようになっている。
『我は完全暗黒物質……ゼムスの憎しみが増大せしもの……。我が名はゼロムス……全てを憎む……!』
 月の地下渓谷にはゼムスの悪意で歪められたモンスターが溢れている。
 四天王以下すべての仲間が排除してくれているけれど、それでもセシルがこの場に到着するまでには時間がかかるだろう。
「死してなお憎しみを増幅させるとは……」
「あれにメテオは効きません」
「うむ。クリスタルを使う時じゃ!」
 なんとか時間を稼がなければ。バブイルの塔から持ち出してきたクリスタルのひとつを掲げて、ゼロムスに翳してみせる。
 しかし、何も起こらなかった。
『暗黒の道を歩んだお前にクリスタルは輝かぬ。光はただ暗黒に回帰するのみ』
 やっぱり“マコト”でもクリスタルは使えなかったか。ちょっと期待したんだけどな。
『死ぬがよい』
「いかん、避けろ!」

 今までのお返しだとでも言うように漆黒の魔力を孕んだメテオが跳ね返されてくる。
 目一杯の強化魔法をかけているのだけれど、それでさえ体が引きちぎられるほどの痛みに喘いだ。
 さっきまでとは比べ物にならない強さ。この力を手に入れるために、ゼムスは自ら憎悪に身を投げ出したのだろう。
 横を見れば魔力を奪い取られたフースーヤさんが気を失っている。
 こうして実物を見るとさすがにモップではないな、なんて妙に間の抜けたことを考えた。
『……苦しむがいい、滅びるがいい……すべてを消滅させるまで、我が憎しみは続く』
「矛盾している。すべてが滅びたら憎悪だってなくなってしまいます」
『今度はお前の番だ……来るがいい……我が暗黒の中へ……』
「愛するものがなければ誰かを憎むこともできないでしょうに」
 手段はともかく、月の民として、故郷を得るために起こした行動だったはずだ。単純で些細な望みからすべてが始まった。
 長きに渡る眠りの中で、どうしてゼムスはそんなにも憎しみに駆られてしまったのか。
 守りたいものも、欲しいものも、何かを憎悪した理由さえゼロムスに奪われて、虚無の中へ消えていった。……哀れな人だ。

 立ち上がることもできずにいる私のもとへ回復魔法が飛んできた。渓谷の敵を掃討していた四天王が合流したようだ。
 力を振り絞ってゼロムスの前に立つ。背後でバルバリシアさんの声が聞こえた。
「マコト! じきにセシルたちが来るわ」
「ありがとうございます。それまで持ちこたえてみせます」
 だから下がっていてほしい。今は四天王の出る幕じゃない。せっかく助けたのにここまで来て失うなんて真っ平だ。
 そんな私の内心を見据え、ゼロムスが薄く笑ったように思えた。憎悪の化身でも悦びという感情を知っているのか?
『魔物を侍らせ、人ならぬものに成り果てるか』
「魔物でも人間でも同じです。仲間は仲間ですから」
『貴様が還れば無に帰す縁だというのにな』
 その言葉に四天王が動揺するのを感じた。ああ、そういえばまだ言ってなかったっけ。私は元の世界には帰らないと。
「どんな姿になろうとも私は私。たとえ魔物として、“異世界”で魔物に生まれ変わるとしても。……私は仲間を見捨てはしない」
 向こうの世界から自分の体を召喚できるならそれが一番だったけれど、ゴルベーザさんでさえ失敗している以上は望み薄だ。
 ならば、こちらの生き物として新たな肉体を得るしかない。ルゲイエさんが器を用意してくれている。戦いが終わったらすぐにでもーー

 集中が乱れた。ゼロムスが意識を刈り取る邪悪な波動を放ち、背後にあった四天王の気配が消えるのを感じた。
 悪寒に肌が粟立つ。でも大丈夫、フースーヤと同じく気を失っただけだ。まだ助けられる。
「この世界で得た縁を手放すつもりはない。私は……真の居場所を見つけたんだ」
『だが貴様の仲間は消滅する。貴様の居場所は崩壊する』
 絶望に打ちのめされる。憎悪が心を塗り潰す。これだけやってもなんにもならない。四天王は死んでしまった。セシルは来ない。私には何も遺されないのだ。
 まるで私自身の思考のように絶望の波が心に打ちつけた。これがゴルベーザさんを苦しめ続けた“声”なのか。
 それでも私の心を震わせたのはーー歓喜だった。
 なぜ聞こえるようになったのか? 異世界の存在である私の精神にゼムスは干渉できなかったはずだ。今までは。
 あの思念が届くということは、つまり私は“こっち”の存在に成ったのだ。
「私こう見えてもリアリストなんで安易に絶望なんてしないんですよ」
 自然と笑みの浮かぶ唇で呪文を唱える。大きな魔法の気配にゼロムスが顔を歪ませた。
『貴様の魔法は効かぬ』
「べつにあなたにかけた魔法ではありませんから」
 渓谷を蹂躙していたすべての魔物、ベイガンさんたちをこの場にテレポートさせる。
「撤退です。四天王とフースーヤさんの回復を」
「御意に」
 頷くや否やベイガンさんは真っ先にカイナッツォさんを回復に行った。うーん、今でも彼にとってはカイナッツォさんが“陛下”なんだろうか。

 私の行為がよほど気に食わなかったようでゼロムスは無差別にワームを放ってくる。
 無視しようかと思ったのに、ちょうどそこへセシルたちが到着してしまった。彼らに傷を負わせるわけにはいかないな。
 周囲にいくつも重力魔法を発生させ、荒れ狂うワームを引き寄せる。……まだうまく操れないので、すべて集めて食らってしまった。
「マコト!」
 さすがに、痛い。意識が飛びそうだ。顔面蒼白で駆け寄ってくるセシルの姿もぼやけてよく見えない。
 さっき私が掲げたのは火のクリスタルだったか、水のクリスタルだったか。
 ゼロムスはあらゆる感情を食らい憎悪に染め変える。たとえば喜びや希望が光だとするならば、それはヤツの餌にしかならない。
 必要なのは絶望を払う力、闇を食らう光だ。
「暗闇の中でも輝く力がその心の中にあるはず……あなたの光を、クリスタルに託して」
 私は闇のクリスタルをセシルの手に握らせると同時に、その場に崩れ落ちた。
「……僕らには守るべきものがある。絶対に、負けない!」
 そんなことは最初から知ってます。でも……その言葉をセシルの口から聞くことができて、ようやく安心した。




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