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壮途


 バブイルの巨人から脱出して魔導船に乗り込んだものの、未だ月へ向かうことはできずにいる。
 確かにゼムスは倒さなくてはならない。でも、ゴルベーザを助けるということに、まだ心が納得できなかった。
 そうと口には出さないけれどローザは僕にゴルベーザたちの後を追ってほしいと願っている。
 天涯孤独だと思っていた僕の実の兄。もしかしたら二度と会えなくなってしまうかもしれない。
 でも……ずっと彼が諸悪の根元だと思っていたんだ。それが急に、実はゴルベーザの中身は異世界から来た別人で本当は敵じゃないなんて言われても……。

 カインはミストの村ではぐれてからずっと、ゴルベーザとその中にいる人の真意を知って彼らに協力していたのだという。
 そんなカインに、エッジはバブイルの塔で連れ去られたご両親の安否を尋ねた。
「親父たちが生きてるってのは本当なのか?」
「ああ」
 つい先程は彼らも巨人内部にいて、巨人を攻撃して動きを止めるため魔物たちと一緒に戦っていたそうだ。
 ゴルベーザの配下に加わってはおらず、魔物の性に負けて自我を失わないように力を借りているのだとカインは言う。
「マコトは人間を魔物に変えることもあるが、それは本人の望んだ時だけだ。あの二人については彼女の意思ではなく部下の暴走だった」
「ちょっと待て、彼女ぉ!?」
「だから助けようとしたんだが、人間に戻すことはできなかった。魔物として力をつければ人に化けることはできるらしいが」
「いや待てよ、マコトってやつ女なのか?」
 構わず話を進めるカインを制止してエッジが素っ頓狂な声をあげている。僕も驚いた。ゴルベーザが男なのだから、中にいるマコトという人も男だとばかり。

 改めて詳しい話を聞けば、それは意外な事実の連続だった。
 マコトがこちらの世界に現れたのは陛下が殺された直後だったとか。彼女はローザと同じか年下くらいの少女だとか。
 本来ならば魔法の力も何も持たず、戦いとは無縁の子供だったとか。
 一時期ゾットの塔に囚われ、それでも丁重な扱いに疑念を抱いていたローザは深く納得していた。
「道理で気が利くと思ったわ……。女性でなければできない気遣いがたくさんあったもの」
「マコトがバルバリシアとスカルミリョーネに細かく指示していたからな」
 確かに土のクリスタルを持ち帰った時、ローザが憔悴していたらゴルベーザへの憎悪を募らせるところだったけれど、彼女は元気そうだった。
 むしろカイポで目覚めてからずっと働きづめで溜まっていた疲労も癒えて、健康的で、いつも以上に美しくなっていた。

 マコトは悪人ではない。少なくとも彼女がクリスタルを集める理由が世界を滅ぼすためでなかったことは信じられる。
 でも……それならどうして、と零れ落ちる疑問を、エッジが口にする。
「……なんで、そんなやつがエブラーナを攻めたんだよ」
 ファブールは辛うじて国王陛下が存命だけれど、三つもの国が王を殺されて甚大な被害を受けている。
 魔物に国を乗っ取られ世界に戦争をばら蒔いたバロン、飛空艇の爆撃を受けて滅びたダムシアン、それに王の守護兵が殺され城を破壊されたエブラーナも。
 善良で無力な少女がそんなことをするだろうかと思う。その裏側で、善良で無力な少女だからこそ、そうしたのだとも思う。
「マコトは……お前たちに恨まれることは承知の上だ。人間を害してでも仲間がゼムスに殺されることを拒み、戦うことを選んだ。その目的の邪魔になるものを倒してきた」
「僕たちが魔物を倒すように、か」
 人の害になる魔物を殺すことに躊躇しないのと同じように。
 哀れに思い、同情しても、自分や仲間が生きていくために邪魔になるものなら戦うしかない。

 思い出していたのは試練の山でのことだ。ゴルベーザ……いや、マコトはスカルミリョーネを助けるためにやって来た。
ーー私は仲間を見捨てない。だからここにいるんだ。
 彼女はたくさんの人間を殺し、僕らは彼女の仲間をたくさん殺した。怒りに目を眩ませて安易に人を憎むなと彼女は言っていた。
「セシル……やはりあいつが憎いか?」
 なんとかして彼女への憎しみを消そうとしているくせに、カインは僕らに「憎むな」とは言わない。
 想いの自由をマコトは残している。諸悪の根元であるゼムスとは絶対に違う、優しさがそこにある。
「……分からないよ」
 分かるのは、僕がマコトを憎むのなら、彼女も僕を憎む権利があるということだけだ。
 そうして続く負の螺旋が破滅にしか辿り着かないのは暗黒騎士だった頃から身に染みている。
 負の力を抑え込むのではなく、罪と向き合い、悪を受け入れ、赦しを光にかえて……パラディンになった時に学んだはずなのに。

 今まで黙って何か考え込んでいたリディアが不意に口を開いた。
「ミストでルビカンテが私を守ってくれたの」
「へ!?」
 またしてもエッジが素っ頓狂な声で驚いている。正直、彼がいてよかったと思う。張り詰めた空気を絶妙に和ませてくれるから。
 リディアは僕とカインを見ないようにしながら、魔導船の窓に映る月を眺めた。
「大火事に巻き込まれた私を、炎を操って助けてくれた……あれはルビカンテだった」
 僕にボムの指輪を持たせたのは水のカイナッツォを名乗る四天王の一人だ。それは即ち、ミストを滅ぼしたのもマコトの意思だということになる。
 でも、もしかしたら彼女の意思にかかわらず現れたバブイルの巨人みたいに、何か不測の事態があったのかもしれない。
 あるいはダムシアンや他の国のように、ミストにも滅ぼさなければならない理由があったのか。
 魔物の視点から見れば人間の町は、つまり住処のすぐ近くにできた魔物の巣も同然なんだ。
 それでも彼女はリディアを助けてくれた。今この時のために……?

「村を滅ぼして皆を殺したこと、許せない。でも……、私を助けてくれたのも、やっぱり彼らなの。マコトが何もしなかったら私たちの誰もここにいなかったわ」
 リディアの言葉に、渋い顔をしながらエッジが頷く。
「まあな。俺だってゼムスなんてヤツの存在、気づきもしなかった。もしいきなりゴルベーザが現れて『一緒に戦ってくれ』と言っても、俺だって親父だって取り合わなかっただろうぜ」
 いくら言葉で説かれても世界中が一致団結してゼムスに立ち向かうことなどできなかっただろう。
 ゴルベーザがいたからこそ、彼が人を苦しめたからこそ、大切なものを守るために力が必要だと思い知らされた。
「幻獣王さまが言ってた『もっと大きな運命』に、マコトたちも巻き込まれてるのよ」
 必要な犠牲だったなんて言われても、奪われたものを想う心が納得できるはずもない。でもーー、それでも僕はーー。
「月へ行こう」
「セシル……」
 憎しみで誰かを倒すためではなく、大切な人を守るために、そのためだけに戦うと決めたんだ。

 顔さえ知らない兄さんが僕を助けてくれた。彼がいなければ、ゼムスに操られていたのは僕だったかもしれない。
 異世界の住人に助けを求めることさえできずに精神を支配されて、ローザを、カインを皆をこの手で……。
 その兄さんをゼムスから守るために、マコトは世界を敵に回して戦った。運命を変えたのは彼らだった。
 憎まずにいられるのかは分からない。だけど憎みたくないとは思っている。
「ゼムスを倒さなければ」
 そして彼女たちと話をしなくては。許し合えるまで、話をして……それから先は皆で決めるんだ。




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