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試練


 慌ただしくて気づいてなかったけれど、ふと記憶を思い返して知ったことがある。ゴルベーザさんはゼムスから隠し続けていた記憶を密かに解放してくれていた。
 ゴルベーザさんの脳を使って彼の記憶を“思い出す”……この世界へ来て最初に試して失敗したこと、今度は簡単に成功した。
 彼がどんな風に生きてきたのか、“ゴルベーザ”となる前は何者だったのか、何を求めて私を呼んだのか、私はもう知っている。

 結論から言うとゴルベーザさんは、ゼムスの思念波に影響を受けない異世界の魔道士を召喚して自分の体を明け渡し、ゼムスを倒してもらおうとした。
 なぜ魔法も使えない私のような人間が選ばれてしまったのかは謎だけれど、精神支配が成されていない以上は成功と言えるだろう。
 無関係な第三者を召喚するにあたって、ゴルベーザさんは現れた異世界人を送り返す魔法も仕込んでいた。
 自分の肉体が死にそうになったら強制的に精神を切り離して元の世界へ送還されるように術を施していたんだ。
 つい先日、現実世界で私の肉体は風邪を引いており、ゴルベーザさんの肉体は戦闘で傷を負って弱っていた。
 二人どちらも危機に瀕したために防衛本能が誤作動を起こして、あの時いきなり精神が入れ替わったのではないかと思っている。

 次元の壁を越えて異世界から精神を呼び寄せられるなら肉体ごと召喚した方がいいんじゃないかと思ったけど、それはどうも難しいらしい。
 現にゴルベーザさんの記憶の中でも過去に何度か試して失敗に終わっている。
 思えば肉体と精神を一瞬とはいえ分離させるサイトロは初心者にも扱える下級魔法、それに比べて肉体を転移させるテレポは賢者クラスの高位魔法だ。
 形がなく曖昧な精神に比べて、世界を越えて肉体を移動させるのは大変な労力を要するのだ。
 痩せた自分をイメージするのは簡単だけど、実際に運動をして思い通りの体型に作り変えるのは大変、というのと同じ。……いや、ちょっと違うか。
 とにかく流動的な精神と比べて、肉体は変化しにくいってこと。そして私にとって重要なのは、元の世界からマコトの体を召喚するのは無理だという事実。
 ゼムスを倒したあと、ゴルベーザさんの精神を呼び戻して私も元の肉体に帰ることになる。それ以外の選択肢はとても少ない。

 目の前には歪な魔物と化したエブラーナ王と王妃の姿がある。ルゲイエさんが勝手なことをしたのは確かだけれど、それでもやはりこれは私の責任だと思う。
 ルゲイエさんはたぶん、新しい魔物を作る実験として彼らを利用したのだろうから。
「どうしても魔物になるのが嫌なら殺してあげてもいいですけど、本当にそれが望みですか? まだ若い息子さんの成長を見守りたいとか思わないんですか?」
 身寄りもなく、自分の人生に満足している人なら甘んじて死を受け入れるかもしれない。でもこの二人には未練があるはずだ。
 あの青臭いエッジが立派な大人になりエブラーナ王の座を継ぐのを見届けたいだろうに、と勝手にしんみりする私に、王妃が爆弾発言を落とした。
「エッジはもう26歳よ」
「え!? 嘘!」
 あの言動で26歳!! 露骨に仰天してしまったせいで王も王妃も微妙な顔をしている。緊張感を失ったら自我が壊れてしまうので危険だ。
「……失礼しました。でも、見守っていたいことに変わりはないんじゃないですか?」

 こちらの世界へ来て随分になるけれど、魔物に囲まれての生活を続けていくほど人間の「モンスター滅すべし」という考え方が理解できなくなっている。
 だって、私から見たらどっちも似たようなものだし。
「とりあえず……話してる間に暴走されたら困るので、ちょっと精神支配の魔法をかけさせてもらいますね」
 それは生まれてすぐからずっとゼムスの思念波に晒されていたゴルベーザさんが編み出した、心を閉ざして精神への干渉を防ぐ魔法だ。
 魔物の肉体を受け入れられない彼らでも、この魔法があれば理性を失うことはない。錯乱を煽る意識の乱れが収まり、二人は不思議そうな顔で私を見つめた。
「我々を……実験台にするつもりだったのでは?」
「あー、それは嘘です。エッジを怒らせて力を発揮させたかったので。いや、まるっきり嘘でもないですけど」
 エブラーナ王夫妻は死ぬ予定の名無しのサブキャラクター。……だからいいか。
「改めて自己紹介しますね。私はマコト、この“ゴルベーザ”の体を借りている、異世界から来た人間です」

 わりと端折りながらも包み隠さず私の素性と目的を打ち明けると、二人は「嘘だろ」と胡散臭そうに睨みつけてきた。
 なんか四天王といいベイガンさんやカインさんといい、仲間になった人たちは皆すんなり信じてくれたんで、ここへ来ての真っ当な反応は逆に安心する。
「で、ゼムスを倒したあと私は元の世界へ戻ることになるんですけど、こっちに残りたいんです。そのためには魔物として生まれ変わるしかなさそうなんですよね」
「……我々でその安否を確認しておきたい、と?」
「そんなところです」
 ベイガンさんを始め、望んで魔物と化した人間は多数いる。でも彼らの場合は魔力と変身魔法を与えて“もう一つの体”を手に入れただけだ。
 まず精神、心の在り方の変化があって、魔物になることを自ら望み、その器となる肉体に変じた。
 存在を歪めてモンスターになったわけじゃない。だから私の目指すケースの参考にはならないのだ。

「魔物の肉体で自分を保つのって、そんなに難しいですか」
 魔物だって人と同じに理性的だ。破壊のことしか考えてない者などほとんどいない。
 避けたいのは“自分ではなくなること”であり、べつに“魔物になること”には何の問題もないはずじゃないか。
「うちにいるのが善い魔物だとは言いませんけど、あなた方に悪い魔物になれと言うつもりもないですし。そんなに変わるもんじゃないですよ」
「だが、常に自我を破壊せんとする力を感じるのだ……。全力で抗えば耐えられるが。お主は休むことなく気を張り続けていられるか?」
 うーん。寝る時も食事の時もトイレの時も風呂の時も、怒っていても喜んでいても泣いていても常に自我を保つことに集中するなんて。
「まあ、無理ですね。でもあなた方は忍者でしょう?」
「何を……」
「忍び難きを忍ぶもの。時には任務のために心を刃で切り刻むような所業にも手を染める。それでも、自分が自分でなくなるわけじゃない」
 魔物として生きたら人としての意思が壊れる、なんて考えるからいけない。問題は心の在り方だ。すべてを自分の意思で行えばいい。
 “ゴルベーザ”の肉体に在って彼の意思を叶えながら、それを行うのはあくまでも“マコト”であるように、新たな器と、その性質を受け入れる。
「人であるエブラーナ王と王妃は死んだ。あなた方は前世の記憶を持つ魔物だ。本能を拒絶せず受け入れよ。そのあるがままの生き方を」
 肉体を精神で支配するんだ。その性質も自分の一部として受け止めて。

 特に傷を負っているでもなく、いつもと同じ様子でルビカンテさんが帰ってきた。本当にセシルと戦ったのか謎なくらい無傷だ。
「おかえりなさい」
「なぜ迎えに来なかった?」
 しかもなんかちょっと怒っている。べつに迎えに行く必要はなかったと思うのだけれど、ああ見えて実はめちゃくちゃ苦戦して大ピンチだったんだろうか。
 いや、絶対ないな。
「なんで不貞腐れてるんですか」
「それはこちらの台詞だ」
「私はべつに……」
「機嫌が悪いだろう、私がルゲイエの実験を批判した時から」
 言い当てられてヒヤリとする。ルビカンテさんに「児戯にも等しい実験」と言われて密かにショックを受けてたのはバレていたようだ。
 しかもどうやらルビカンテさんは、私がルゲイエさんを擁護して不機嫌になっていると思ってる。
「まさかあれは、マコトの命じたことだったのか?」
「違いますよ。本人の意思確認もとらずに魔物化するわけないじゃないですか」
 私はただ、人が心を保ったまま魔物になれる魔法と、新しい肉体を作る実験を命じただけだ。
 でもそれが結果的にエブラーナ王と王妃の肉体を歪めることになってしまったから反省はしている。
 いつかのアントリオンと同じ、意図したのとは違う結果で他人の人生を破滅に追いやってしまった。

 そういえばと辺りを見回し、王夫妻はどこへ行ったのかとルビカンテさんが尋ねる。
「魔物になるのを受け入れてくれました、とりあえず魔法の修行をしてもらいます」
「何? しかしそれは転生だ。人間にとっては自分が自分でなくなるのと同様だろうに、よく受け入れたものだな」
「心持ち次第ですよ。魔物になっても自分を見失わない意思の強さがあればいいんです。ルビカンテさんだってそうやって魔物になったんですよね?」
 二人の体はルゲイエさんが魔力の底上げだけを考えて作ったものなので、きちんと制御できれば変身魔法も使える。形だけなら人間の姿にも戻れるはずだ。
 彼らを部下にする気はないので、エブラーナの守護霊的なものにでもなればいいんじゃないかな?
 そんなことを考えてたら、なぜかルビカンテさんが硬直していた。
「どうしました?」
「なぜ、それを……」
「それって、ああ。ゴルベーザさんが記憶を見られるようにしてくれてたんです。どうやって私を呼んだのかとか、四天王との出会いとかも」
 ルビカンテさんは元人間だった。道理で妙に生真面目だったり潔かったりすると思った。
 前世の素性までは知らないけれど、正々堂々を重んじる騎士とかじゃないかと思う。

 硬直は解けたもののルビカンテさんはなにやら虚ろな目をして遠くを見ている。どうしてそんな死刑台に向かうみたいな顔してるのか謎だ。
「あの……知られたくないことでした?」
 ゴルベーザさんの記憶を見る限り、普通に世間話的な扱いの思い出っぽかったので秘密を暴いたとかいう気はなかったのだけれど。
 やっと私と目を合わせてくれたルビカンテさんは、怒ったような声で低く呟いた。
「無様だとは思わないのか」
「何がですか?」
 いやそんな睨まれても本当に分からない。元人間ってことが無様だと思う理由はないはずだ。
 それとも……魔物になった経緯の方かな?
「え、もしかしてパラディンの試練のことですか。でもあれってたぶん、月の民しかなれないんだと思いますよ」
 要するにセシルはクルーヤの後継者として、ゴルベーザと、その後にはゼムスを止めるために力を与えられたに過ぎない。
 ルビカンテさんを始めとして今まで試練に敗れた人が弱かったのではなく、単にパラディンの役割……月の民の意思を代行する者には不適格だっただけだ。

 思い返せば以前うっかり私が「パラディンになってみませんか」と言ったら無視されたし、試練の山について聞いた時も変に怒っていた。
 あれは試練に敗北したことを弄られてると勘違いして怒っていたのか。
「そんなこと気にしてたなんて、ルビカンテさんもかわいいところありますね」
「やめてくれ」
「パラディンになんかならなくたってルビカンテさんが強いのは知ってますから、大丈夫ですよ」
「……」
 それに、人間だった時の敗北感が彼の強さへの執着になっているということは、ルビカンテさんが前世と同じ人格を引き継ぎながら魔物として生きている証になる。
 肉体が変じても精神は変わることなく。
 いずれ私が歩むかもしれない道の先にいる先達として、とても心強いと感じているんだ。




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