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正義


 最後のクリスタルをゴルベーザの手から守るために封印の洞窟へ行く……はずだったのだが、思わぬ展開になってしまった。
 ジオット王が余計なことを言ってくれたお陰でゴルベーザの隙をついてバブイルの塔へ侵入することになったのだ。
 先程はマコトの危機に感づいて急遽駆けつけたものの、ルビカンテは抵抗を続けるエブラーナの残党を狩り出すため地上に滞在している。
 つまり今、バブイルは完全に無防備な状態だ。

 もしもセシルが七つのクリスタルを取り返してしまった場合、俺はどうすればいいんだ?
 封印の洞窟で咄嗟に八つもクリスタルを抱えて逃げ出せというのか? あまり現実的ではないな。
 俺はそんなに手先が器用な方でもないんで盗みとるのは無理だし、四人を倒して強奪するのも難しい。
 このタイミングでバブイルに行くことをマコトは知っているんだろうか。俺に話していなかっただけで対処してあるといいんだが。
 ドワーフ城での別れ際マコトの様子はおかしかった。それが気がかりだ。
 いくらマコトが戦い慣れていないとはいえ、あそこまで無抵抗にやられるほどゴルベーザの体は弱くないはずだ。
 何か不測の事態が起きているのに確かめる術はない。
 もどかしい想いに歯噛みしているところへセシルが声をかけてきて、冷や汗が流れた。

「カインは、ゴルベーザに操られていた時の記憶があるのか?」
 まさかお前も心が読めるのか、さすがゴルベーザの弟……と焦ったが、べつに俺がマコトの心配をしていることに気づいたわけではないらしい。
 セシルは俺に話しかけながら自分の中にある苦悩を整理しているようだった。暗黒騎士になった頃からの癖だ。
 愚痴をぶちまけたって構わんぞと俺が言うと、コイツは決まって「カインだって一人で抱え込んで愚痴ってくれないじゃないか」と拗ねて妙な喧嘩になる。
 だから俺は、黙ってセシルの呟きを聞くことにした。
「ゴルベーザは何のために力を欲しているんだろう? 月に何があるっていうんだ?」
 月には、お前たち兄弟と青き星に住むすべての生物を脅かす意思が眠っている。そして“ゴルベーザ”はそれを倒すための力を欲しているんだ。
「彼の目的も知らないのに、悪と決めつけて断罪するのは……」
 正しいことなのか、と言いかけて、自分の言いたいことはそうじゃないとセシルが首を振る。どうやらマコトの言葉が効いているらしい。
「正義よりも、正しいことよりも、大切なものって……何だろう」

 戦車隊を率いるドワーフたちが準備を整える間、バブイルに攻め込むまでには少し時間がある。
 ゾットの塔での出来事以来セシルが抱いている疑問、このままゴルベーザと戦っていいのかという思いは、さすがに誰にも打ち明けられないようだった。
 しかし見たところリディアとローザも同じ疑いを持っているはずだ。特にローザは、塔で“マコト”の存在に僅かながら触れている。
 ただひたすらローザの身を気遣っての監禁に違和感を抱いたんだろう。それにバルバリシアやスカルミリョーネの態度も誠実だった。
 そして何よりセシルの心に波紋を投げかけるのは、あの賢者の行方だ。
「ゴルベーザはテラの怒りを受け止めようとしていた。ローザが言うには彼がメテオを放って死なないように、白魔法をかけていたと……」
 ローザはあの賢者が生きているかもしれないとも言っていた。瀕死の彼にバルバリシアがテレポを仕掛けていたそうだ。
 その目的は崩れ行く塔から逃がすためにほかならない。……俺への強化魔法は何故か端折られたんだがな。

 ゴルベーザを守ろうとする者が確かに存在する。誰かから見ればそうするに足る人物なんだ。そのことが感じられるからセシルは躊躇っている。
「僕でさえ、彼が世界を滅ぼすためにクリスタルを集めてるとは思えない時がある……あれだけのことをしてるっていうのに」
 陛下を殺し、バロンを乗っ取って各国に戦争を仕掛けた。それだけを見れば決して許せない、許してはならない、悪だ。
 ダムシアンやファブールの民にとってもそれは同じことだろう。
 しかしゴルベーザを憎んで彼を倒そうとするならば、その志のもとに集った者たちにとっては俺たちが悪となる。
 俺たちに信じる正義と復讐すべき憎悪があるように、あちらも正義と憎悪を抱えていると知らねばならない。
 憎むならば許すために。過去の恨みに縛られることなく、心を自由にするために、戦うことだ。

 黙り込んでしまったセシルに、俺が言ってやれることは何だろうか。マコトから聞いたことをすべて話してやればセシルの疑問は解決するのかもしれないが。
「……根拠もないただの戯れ言と思って聞いてくれ」
 俺が口を開くとセシルは縋るような目で見上げてきた。
 不安なら強がって意地を張らずに助けてくれと言えばいいのに。ローザはこういうところが放っておけないんだろうな。尤も、それは俺も同じだが。
 ほだされて何もかも白状してしまいたくなるのを抑え、俺は空を見上げながら“独り言”を語った。
「ゴルベーザは悪人ではないと思う。ただ、人間の味方ではないだけだ。あいつの仲間は俺たちじゃない。だから敵対するはめになっている」
 俺につられてセシルも空へ視線を向けた。地底の空には月が見えない。あるのはただの暗闇だ。
「でも、ゴルベーザの敵って? 僕らのことじゃないのか」
「言ったろう、ただの戯れ言だと。俺も事情を聞いたわけじゃない。操られていた時の微かな記憶から……そんな気がしただけの話だ。他の奴らには言わない方がいい。混乱させるからな」
 本物のゴルベーザは、精神を支配しようとするゼムスの思念から逃れるためにマコトのいた異世界へと逃げたという。
 弟であるセシルにもその思念は届くのだろうか。だとすれば、俺が勝手にすべてを教えてはセシルを危険に晒し得る。

 一体なにを考えていたのか、しばらく黙り込んでいる間にセシルの思考は過去へと飛んだ。
「僕らが学校に入る時、ハイウインド家にはドラゴンがいたよな」
「……知ってたのか」
「遠目に見たことがあったから」
 父の亡き後、みるみるうちに衰弱していった父の相棒。セシルがあいつを知っていたなんて思いもしなかった。俺たちがまだ出会ってもなかった頃のことだ。
 元々、パートナーを失ったドラゴンは軍に留まらず野生に帰るか、故人の後を追うように衰弱死することが多い。
 だがあいつは、生き延びた。少なくとも父の死後数年は。
「僕はあのドラゴンが好きだったんだ。でも、卒業して軍に入る頃にはいなくなってたな」
 ……飛空艇が開発され、空軍の編成が始まると同時に、バロン周辺とダムシアンとの航路に生息する飛行モンスターの討伐が宣言された。
 あいつはハイウインド家を出ると、仲間を連れて遠くへ去っていった。
「飛空艇のお陰でバロンは強くなり、皆の暮らしも豊かになった。でもその陰にはたくさんの犠牲がある」
「セシル……」
「ゴルベーザが黒竜を召喚した時、彼はあのドラゴンの仲間なんじゃないかと思ったんだ。……根拠のない戯れ言だけどね」
 魔物が殺され、憤るマコトのことを思い出した。彼女は人を殺すことを恐れていたが、魔物を屠る人間に同情をすることもなかった。
 異世界の生き物である彼女にとっては、人間も魔物も同等の存在だ。
 振るわれた力は勝てば正義になり、敗れれば悪となる。俺たちもあいつらも変わりはない。ただ、より強い者だけが大切なものを守ることができる。

 マコトの目論見は成功している。セシルはきっと憎しみを乗り越えるだろう。そしてゴルベーザを……その黒い甲冑の中にある心を、許すだろう。
 俺の親友はそれができるだけの男だと信じている。
「なあセシル。知ってるだろうが、俺はずっとローザが好きだった。今でもな」
「カイン、それは……その」
「お前が彼女に相応しくない男なら、命を懸けても奪い取っている」
 だから身を引くなんて愚かなことは言ってくれるなよ。そう願いを籠めて見つめると、セシルは真っ直ぐに俺の目を見返してきた。
「……いくらカインが相手でも彼女は渡せない。僕だって、ローザがいなければ生きていけないんだ」
「そうか。安心した」
 親友の俺になら譲ってもいい、なんて言われたら今すぐローザを連れてマコトのもとへ走っているところだ。その程度の薄っぺらい想いに負けるつもりはない。
 だが、決して敵わないと認められる男にならば……潔く、敗北を受け入れよう。
「俺の心がどう変わっても、俺はお前たちを守る。信じてくれとは言わんが」
「カインは僕らを裏切ったことなんかない。今までもこれからも信じてるさ」
「……ありがとう」
 見せかけの正義になんて囚われないとセシルは言った。その声音には暗黒騎士だった頃の面影もない。
 迷い、悩みながらも、進んで行ける意思の強さが感じられた。
「大切な人たちを守るために……僕は、そのためだけに力を振るうよ」




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