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羽風


 セシルたちが塔を昇ってくるのを待ちながら、私とカインは最上階でマコトと向き合っていた。
 威信と厳格さを持つゴルベーザ様のお姿には似ても似つかぬ、薄桃色のプルプルした体に変身しているマコトと。
「……で、その格好は何なんだ」
 耐えきれないといった様子でカインが尋ねるとマコトは体を奮わせながら答えた。
「プリンプリンセスです。アダマンアーマーのために、私のしっぽを切ってください!」
 意味が分からないわ。磁力の洞窟から戻ったセシルを塔に迎え入れたと思ったら突然この有り様。もう一度言うけれど、意味が分からないわ。

 困惑して黙り込む私とカインを交互に見上げ、マコトは慌てて言い募る。
「いやあの、ネズミのしっぽに続いてピンクのしっぽを持っていくと、小人のお父さんがアダマンアーマーをくれるんですよ」
「だからってなぜお前が変身しているのよ」
「本物のプリンプリンセスは月にいるので、しっぽを入手するにはこれしかないんです」
 これ……って、まさかマコトの体を切り落としてそのなんとかいう鎧と交換しろと?
 いくらセシルの補助をしなければならないとは言っても、そのために主の体を切り刻むなど御免だわね。
「カイン、任せるわ」
「断る。俺だって遠慮したい」
「別の姿に変身しているとはいえ、この私がゴルベーザ様の御体を傷つけられるわけないでしょう」
「プリン系は再生能力が高いので大丈夫ですよ」
 そういう問題ではない、と不本意ながらカインと心が通じ合うのを感じた。
 確かにパープルババロアなどを見ていても戦闘で欠けた体はすぐに回復して元通りになる。しっぽを切り落とすくらいでは死なないだろう。しかし……。
「マコト、変身したまま戦ったことはある?」
「え、ないですけど」
「では変身術を解いた時に傷が戻るかどうか、分からないじゃない」
「……そ、それはそうですね」

 人間の体に失った部位を復元するほどの再生能力はない。
 もしプリン状態でしっぽを切り落としたことがゴルベーザ様の体にも影響を与えた場合、失われた部位を取り戻すことはできなくなる。
 名案だと思ったのにと嘆くマコト(プリン)を見下ろしてカインがぽつりと言った。
「どうでもいいが、プリンのしっぽって何処なんだ」
 言われてマコトが自分の体を見下ろした。顔があるので辛うじて前後の区別はつくけれど、その軟体のどこにもしっぽと呼べる部位はない。
 ……しっぽがあればいいのなら。
「ねえ、カイナッツォに変身させて切り落とせばいいのではないかしら」
「でもそれだとカイナッツォさんも危ないのでは」
「アイツなら万が一本体を欠損しても復元できるわよ」
「そう……ですか?」
「ええ。しっぽの一本や二本、自己回復で治せるから安心しなさい」
 できなくても知ったことではないけれど。ゴルベーザ様の身を危険に晒すくらいならばカイナッツォを犠牲にしましょう。
「それに、元々しっぽがあるから分かりやすいでしょう?」
「なるほど!」
 青褪めたカインが小声で「何がなるほどなんだ……」と呟いているので余計なことを言うなと睨みつけておく。

「それじゃあ私ちょっと、カイナッツォさんにお願いしてきます。セシルが来るまでには戻りますので」
 マコトがプリン姿のまま転移してゆくのを見送り、カインが心なしか呆然としている。
 次に会う時にはカイナッツォの姿が変わり果てているのではないかと心配しているらしい。
「呆けている場合ではないわよ。セシルたちがここへ来たら、お前の仕事が始まるのだから」
 ルビカンテが地底で手に入れてきたマグマの石を放り投げれば、カインは慌ててそれを受け取った。
「分かっている。闇のクリスタルの存在を伝えて地底へ導けばいいんだろう。あと、こいつも渡すんだったな」
 取り出したのはアダマン島からマコトが持ってきた鉱石だ。何でもセシルが試練の山で授かった剣を鍛え上げ、最強の聖剣へと強化するらしい。
 ただでさえ尋常でない力を帯びた聖剣が更に数倍の威力になるという。同じ魔石で作った鎧が手に入るなら、確かにカイナッツォを切り刻む価値はある。
「それにしても、武器まで膳立てされているとは恵まれた男ね」
「さすがは主人公といったところだな」
「哀れな脇役を演じることに不満も抱かないの? 情けない」
 近頃カインは何か吹っ切れたのか、安い挑発には乗らなくなった。
「セシルは俺よりもローザに相応しい男だ。あいつの敵を演じることで、それを証明してもらうさ」
 好いた女を奪うでもなく、易々と友に譲るでもなく、遠くへ逃げてどちらも忘れてしまうでもなく。カインは正面から二人に挑んで敗北することを望んだらしい。

 セシルの足止めに向かったメーガス姉妹が倒されて逃亡する頃、マコトが戻ってきた。
 微かに冷気を帯びながらしょんぼりとしているのはカイナッツォにブリザガでも食らって退散してきたのか。
 変身術を解いてゴルベーザ様の姿に戻り、甲冑を身につけたところでセシルたちが駆け込んできた。
「ゴルベーザ!」
「ようこそ諸君。待ちかねたぞ」
 間一髪の出来事に私とカインは密かに冷や汗をかいた。まったく、こんな無意味な綱渡りはやめてほしいものだわ。
 今まであたふたしていたマコトはといえば、まるで悠然とセシルの到着を待っていたかのような落ち着き払った態度で手を差し出した。
「クリスタルを渡してもらおう」
 出会った当初は遠慮がちにおどおどしていたくせに、マコトを日毎に厚顔な性格にしたのは誰の影響かしら。
 目一杯の警戒心を剥き出しにしながら、セシルがクリスタルを差し出す。どうやら偽物ではなさそうね。これで地上のクリスタルはすべて揃ったわけだ。
「確かに受け取った。ローザをここへ」
 マコトの目配せに軽く頷き、部屋に閉じ込めていたローザをこの場へ転移させる。
 彼女は傍らのカインが目に入らぬかのごとく真っ直ぐに恋人のもとへ駆け寄り、セシルの腕に抱き留められて安堵の息を吐いた。
「ローザ! 無事かい?」
「ええ……。私は平気よ、セシル」
 再会を喜び合うのも程々にして、すぐに彼らは武器を構える。このまま平穏に終わるとは誰も考えていない。

 ローザを取り戻すまではセシルの背後に控えていたカイポの賢者が、マコトの前に歩み出てきた。
 これからメテオを唱えて死ぬ男。マコトからは助けたいとも聞いていないけれど、目の前で仲間を死なせてはセシルの憎しみが募るのではないかしら。
「約束を守る程度の良心はあったようだな、ゴルベーザ」
「老いぼれに用はない。ローザを連れてさっさと立ち去るがいい」
「そちらに無くとも私には用がある。アンナの仇、討たせてもらうぞ!」
 挨拶代わりに放たれたバイオをマコトは軽く払いのけた。
「アンナとは誰だ。お前の家族か?」
「貴様がダムシアンで殺した私の娘だ!」
 怒りの籠められたファイガは力任せに握り潰す。魔物を意のままにする術を持つダムシアンをマコトは半ば憎んでいる。おそらく賢者の言葉を誤解しているだろう。
「ゴルベーザ様、その男の娘はダムシアンの民ではございませぬ。王子に会うため城を訪れていたところ、巻き込まれたのです」
「……そうか。ああ、思い出した」
 賢者は最終決戦に加わらない。しかし本当にメテオを唱えられる実力者ならば、ゼムス様との戦いにも役立つはずだ。

 マコトの様子が変わった。賢者の娘が死ぬ“イベント”を思い出したのかもしれない。彼女の心が苦い気分を味わっているのが感じられる。
 悔恨の気配を察した賢者も微かな躊躇いを覚えているようだった。それでも復讐の火種が消えることはなかった。
 続けざまに放たれたサンダガもブリザガも、マコトは避けずに受け止める。ゴルベーザ様の魔法耐性はその程度の術を歯牙にもかけない。
「やはり、メテオを使わねばならんか」
「やめるんだ、テラ。ここは退くべき時だよ」
「そうじゃ。お前さんの体が持たんぞ!」
 仲間の説得にも耳を貸さず賢者は杖を掲げ、マコトを睨む。
 追い縋っても戻らぬ者のために、なぜ人は愚かで無意味なことをするのかしら。本当に不可解だわ。
「その程度の魔力ではメテオを使うには足りない。命を落とすことになるぞ」
「構うものか! 足りぬ魔力は私の命で補う!」
 杖に生命の火が灯され、瞬く間に魔力が膨れ上がってゆく。こんな狭い空間でメテオが発動すれば仲間たちさえ無事では済むまいに。
 賢者の目は“ゴルベーザ”への憎しみに眩んで何も見えなくなっていた。
「バルバリシア」
「承知。ローザ、お前も防御魔法を唱えなさい!」
「!」
 強化魔法など配下に任せていたから使い方を忘れたわ。だからカインにかけそびれたのはわざとではないわよ。
 セシル一行にシェルが行き渡り、マコトが何か魔法を唱え始めた時、賢者の魔法が解放された。
「アンナの痛み、思い知るがいい!!」

 閃光と轟音が部屋を覆い尽くした。それがメテオだったのかどうかも目を焼かれて視認することはできなかった。
 ゾットのエネルギーが急速に失われていくのを感じる。この塔はもう長くない。
「馬鹿な……ヤツだ。なぜもう少し、待てない、のか……」
 白く霧のかかっていた世界が輪郭を取り戻し、完膚なきまでに破壊された部屋の中で屍のように転がるセシルたちと、膝をつき血を流すマコトの姿が目に入る。
 なんてこと。自分に強化魔法をかけなかったの?
「クリスタルは手に入れた。退くぞ……カイン!」
 倒れ伏した賢者には辛うじて息がある。モンク僧とバロンの技師、そしてセシルに庇われたローザもなんとか無事だった。
 しかし強化魔法の薄かったカインは気を失っている。べつに……わざとではないわ。衝撃で精神支配が解けたふりをするのだから傷を負った方が信憑性があるじゃない。
「術が解けたか。致し方ない」
「ま……待て、ゴルベーザ!」
「邪魔をするな!」
 追い縋るセシルを振り払う力もなく、マコトはテレポを唱えて逃げ去った。思ったより深手を負ったようだわ。ルビカンテがすぐに戻れればよいのだけれど。

 さて、後始末をしなければ。ローザが無事だから脱出はできるでしょうけれど、老いぼれの賢者はどうすべきか。
「曲がりなりにもメテオを発動したうえ、ゴルベーザ様に傷を負わせるとは。その魔力だけは大したものね」
「テラ!」
 瀕死の賢者を守るようにセシルと仲間が立ちはだかる。
「た……倒せなんだ……か」
 よくよく見れば賢者には白魔法がかけられていた。マコトがリレイズをかけたのね。罪悪感にでも駆られたのか。それもまた愚かしい。
 万が一にもここで倒れたらどうするつもりだったのよ。成し遂げられぬ決意など存在する価値もない。彼女にはもっと大切な使命がある。
「あの方にはお前よりも切迫した未来への想いがある。ちっぽけな憎しみごときでは倒せぬ」
 手を翳し、賢者の姿を消し去ると彼らは姦しく囀ずり始めた。
「テラ!?」
「バルバリシア、何を……」
「おい、べっぴんさん! あのクソ爺をどこへやったんじゃい!」
「それよりも己の身を案ずることね。ほら、裏切り者のカインも目を覚ましたわよ」
 私はあの男を助けはしない。運命を掴みとる力があるならば、気まぐれな風が味方をしてくれるでしょう。あとは自分次第よ。




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