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愛蔑裏苦


 バブイルの塔に続く洞窟をもそもそ歩く。私と違って迷いのない足どりのセシル。頼れる後ろ姿はさすが勇者様って感じだ。負け惜しみじゃないけど、そんな責任感は重くないのかなぁ。
 私はセシルみたいになれない。散々っぱら甘やかされて守られて、なのにまだこんなに辛くて苦しいんだ。嫌なことがあったら逃げたいし、目を瞑ってなかったことにしたくなる。
 でも卑怯な自分からはどうしたって逃げられない。
 私に属性があったらきっと闇属性だね。闇のセリナ、四天王みたいでかっこいいじゃん。よわっちくて四天王になんかなれたもんじゃないけどね。

 私のすぐ横にはカインがいる。一緒に最後尾を無言でのたのた歩く。似てるような立場がどっかで決定的に違っていた。私もカインもいずれあの場所に戻るのに、カインは私と同じものを見てるわけじゃない。
 セシルを憎む本音もありつつ、カインの行動はすべてがカインの心に従ってるわけじゃない。他人に操られて暗黒の道を歩む……本当のところでゴルベーザの気持ちを理解してくれる人がいるとしたら、それはカインしかいなかった。
 どういう気持ちでここにいるんだろう。どうしてゴルベーザのところに戻るんだろう。操られてたから、それだけなのかな? 正気に戻ったあとで待ってるのは悪の道を突っ走った後悔だけ?
 洗脳が解けたら、操られてる間のことは何もかも嘘になってしまうのかな。
 操られて自分の意思をなくしたわけでもない私は自分の行く道を自分で決めなくちゃいけない。私は、ゴルベーザのところに帰って……その後どうしたいんだろう。

 大切なものが増えすぎた。節操なしの報いだ。選ぶべき未来がぐるぐる円を描いて、どこを向けば前に進めるのかも分からなくなる。
「ごめんね、セシルの仲間になれなくて」
「お前が仲間になっても無意味だろう」
 ……時々、ホントに悪気がないのか疑いたくなるんだよね、カインって。もうちょっと人好きのする態度を心がけた方がいいよ。無意味って。無意味って。そりゃ私は何の役にも立ってないけど。無意味って。
 あからさまにへこんだ私にさすがのカインも慌てたらしい。
「いやその……お前はゴルベーザが好きなんだろう。だったら俺たちのことなど気にするな。あいつを守ってやればいい」
 うーん。支えるとか手助けするとかじゃなく、ゴルベーザを守る? なんかそれって烏滸がましいんじゃないの? 私よりゴルベーザの方がずっと強いのにさ。
 っていうかそれより聞き捨てならない言葉があったよ今。

「好きとか言われるとなんか……誤解されそうな言い方やめてよね」
「お前が自分で言ったんじゃないか」
「はあ? 言うわけないでしょ、そんな恥ずかしいこと」
 スカルミリョーネやカイナッツォにはよく言ってたけど。だってあいつらはうんざりした顔してくれるから照れずに言えるもん。
 でもルビカンテたちには面と向かって言いにくかったなぁ。人型だからかもしれない、なんかちょっとマジになっちゃうっていうか、微妙な空気になるのが恥ずかしくて言えないよ。
 ゴルベーザ相手になんてもう……、絶対、そんなこと言うわけがない。
 家族にだって友達にだって私は言わない、言えないんだ。あなたが好きとか、大切に思ってるとか。あまりにも近くにいたら改まっては言えないものだよ。
 言えばよかった。言っておけばよかった。もっと、もっと、もっと……。出会いがどんなきっかけだって私はゴルベーザを大事に想ってること、伝えておけばよかった。

 いつかこうなることが分かってたから言えなかった? だから本気で踏み込めなかった? エンディングを迎える時にはお別れだって、その現実を見たくなかったから?
 どうせみんな死んじゃうし、どうせ“あの人”にとって黒い甲冑を纏っていた頃の記憶は黒歴史。私がその思い出を大切にしてたらゴルベーザは自分の罪から目を逸らせなくなっちゃうじゃない。
 私はゴルベーザのことを好きだなんて言っちゃダメなんだよ。きっと正気に戻った彼にとって今までのことは忘れたい悪夢だから。
 ゼムスに操られてる彼は本来いないはずの人間で、異世界から来た私は本来いないはずの人間で、後で奪って傷つけるために与えるなんて間違ってる。

「……好きなんて、絶対言わないって」
「いや、言った。大好きと言いながら抱き着いてた」
「それはカインの夢か妄想」
「あのな……、もしかして本当に覚えてないのか?」
 ねえ待って真顔で言わないでよ。それ本当なの、本当に起きた出来事なの、現実なの? だとしたらそれ私じゃないよドッペルゲンガーさんだよ。
 私がゴルベーザに抱き着いて大好きって言った? あり得ない! そんな直球ストレートが許されるのは小学生までだ!
「酔ってたから本音が出たんだろう」
「よっ……え、私お酒なんか飲んだの?」
「飲んだというか、飲まされたと言うべきか」
 違う衝撃が頭にガツンときて思わず足が止まった。カインも釣られて立ち止まる。お酒ですと? ……こっちの成人っていくつなんだろう。いやそんなこと関係ないでしょ、私は違う世界の人間なんだから。
 それより、それよりも。
「お酒飲んで酔っ払って大好きって抱き着いた?」
「あの時は他にもいろいろやったがな」
 他にも!? いろいろ!! うわあ、もう、うわあ。あらゆる意味でもうダメだ。私はもう成人してもお酒なんて飲まない。もう自分が信じられない。
 お酒飲んで酔っ払って大好きって抱き着いたんだって。アッハッハ。あぁ……ゴルベーザのとこに帰るの、やめて逃げようかな……。

 地底の裏側まで落ち込みそうな私を見下ろしてカインは不思議そうに首を傾げた。
「べつに構わんだろ、それくらい。……何がそんなに恥ずかしいんだ?」
 くそう。言ってやりたい。じゃあそういうあなたは一度でもセシルやローザに大好きと伝えたことがあるんですかと言ってやりたい。ごくごく親しい人に臆面もなく好意を伝えられるのかと。
 でもダメだあ! こんな恥ずかしい気分を味わった後で他人の傷はえぐれない!

「私……そんなこと言ってないから」
「いや、だから」
「言ってない。ゴルベーザのことなんか好きじゃない。違うよそれは」
「あいつのにそばにいたいって言っただろ」
 違うんだよ。好きだなんて。ゴルベーザが好きだなんて。セシルたちよりも大切だなんて。……ダメなんだ、それは自覚しちゃいけないんだ。
「好きじゃない」
「……セリナ、お前」
「言わないで。気づかないでよ」
 私を呼んだのはゴルベーザじゃないんだよ。いくら探したって何もするべきことなんかないんだよ、私。この世界に何の因果も宿命もない。何もなくて、空っぽの穴を埋めたくて、そばにいたいなんて。

 選べないよ。セシルたちよりもゴルベーザのことが大切だなんて。ゴルベーザのことが好きだなんて。だって私、元の世界に帰っちゃうのに。




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