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金色夜風


 風が吹き抜けて、ローザの長い金髪が揺れる。それを見つめるセリナの瞳は、まるで長く会えなかった恋人を想っているようにも見えた。
 ……女の子相手に何を考えてるんだろうと馬鹿らしくはあるけれど。ただセリナがローザを見る時の目は、なんだか僕のそれと似ている気がして妙に焦る。
 クリスタルと引き換えにローザが攫われ、彼女が無事でいるのか不安に駆られる時間が続いた。最悪の想像が何度も頭を過った。まさにその時の気持ちを思い出させる瞳なんだ。
 セリナはローザ本人を見てるのかもしれないし、彼女の向こうに誰かを透かし見ているのかもしれない。どちらにせよセリナが抱いているであろう焦がれるような気持ちを、僕もよく知っている。

「セリナは、同性が好きだったりするのかい?」
「……はぁっ!?」
 僕の横で同じく二人を見つめていたカインは、質問の意味が一瞬よく分からなかったらしく少し呆けたように固まってから我にかえって大袈裟に驚いた。
「いきなり何を馬鹿なこと……いや、ないとも言い切れんが……」
 カインの目が何かを思い出すように細められる。同性が好き、に心当たりがあるのか。たとえばゾットの塔で僕らの前に立ち塞がった、あのバルバリシアという魔物とか?
 身の丈よりも長い金髪は色だけローザとよく似ていた。そして彼女の死に際、セリナは見てるこちらが困惑するほど傷ついていた。
 バルバリシアは人間だったのかと勘違いしそうになったくらいだ。でも違う。あれは確かに魔物だった。彼女を好いていたのだとしたらセリナは魔物を愛せる人なんだ。
 そして喪いたての面影をローザに重ねているのかもしれない。だからあんなにも切ない目をしてる。

 考えすぎだと自分に言い聞かせていたのに、セリナが同性を好きになるタイプかもしれない可能性を示唆されて胸が疼いた。
 何度確かめても安心なんてできない。たとえローザが僕を好きでいてくれるとしても、僕以外のすべての人は僕よりローザに相応しいのではないかと疑ってしまう。
 ゾットの塔を脱出する瀬戸際、ローザは慌ててセリナの手を取ってテレポに巻き込んだ。ゴルベーザのもとにいる間に彼女たちは仲良くなったらしい。
 ……面影を重ねているだけだといい、セリナがローザ自身を好きでなければいいのに、なんて、くだらない願事を星に投げかけた。

 ローザとセリナを交互に見ながら思考に耽っていたカインが力なく頭を振った。
「確かにセリナならば男だの女だの気にしないかもしれん。……だがあれは、違うと思うぞ」
「そうかな」
 さっきよりも強い風が吹いたので、ローザは髪を押さえて目を閉じる。セリナの視線がそれを捉える。痛ましげに顔が歪んだ。何を思い出しているんだろう。
「風が止むまでには、まだ時間がかかる」
 それだけ言うとカインは再び口を閉ざしてしまった。せっかく戻ってきてくれたのに、まだ僕らはまともな会話を交わしていない。

 求めてやまなかった金の髪が視界の端でちらちらとそよぐ。
 カインはセリナを知っている。ローザも彼女を知っている。セリナがどんな人間で、何を考えているのか、少なくとも見当をつけられる程度には理解している。
 そしてセリナもまた、ゴルベーザのもとでローザとカインがどう過ごしていたのか、その目で見ていたんだ。僕の中にできた空白の時間を、三人は共有している。

――セシルのこと憎んでもいい?
 抑えきれなかった想いが意思に反して溢れたような声だった。思わず辺りを見回したけれど、セリナは相変わらず遠くでローザを見ている。
 幻聴だ。ホッとため息をつくと、カインが不思議そうに僕を窺った。
「なんでもないよ」
「……そう、か」
 セリナの存在が遠い。間近で話していても、僕とだけは相容れないと拒絶された気分になる。

 ローザから目を逸らしたセリナが僕の視線に気づいて、ぎこちなく微笑んだ。
 受け入れたいと、たぶん二人とも同じことを願ってるのに、それは痛いほど自覚してるのに……。この距離を縮める勇気がないんだ。
 風が頬を叩いた。セリナの唇が何かを堪えるように引き結ばれる。きっと僕も同じ顔をしているだろう。彼女がローザの髪に何を思い出し、何に傷ついているのか、僕は知らない。
 ただセリナの大切なものを奪ったのは僕なんだと、その事実がいつまでも胸に響いている。ローザを奪われるのと同じだけの痛み……永遠の傷を、彼女に負わせてしまったんだと。




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