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関心逃避


 同じ陣営にいるからといって誰彼構わず馴れ合いたいとは思わない。俺はただゴルベーザ様に仕えているだけで、他の者に興味はなかった。
 ……しかし、セリナの存在は少しばかり特殊だ。
 彼女は何のためにここにいるのか。四天王のように主君の手足となって働くわけではない。ルゲイエのように知恵を貸すわけでもない。魔物のように使い捨てる駒でもない。
 身の回りを世話するための侍女というわけでもなく、ゴルベーザ様の血縁でもなく、ローザのように理由があって捕らえているのでもない。
 剣を握ったことすらない人間の少女がここにいて、魔物たちの隣で“普通に”過ごしている、その姿はとても不自然に見えた。

 目の前で退屈そうに足を揺らしている少女を観察する。
 本当に、ごく普通の人間だ。ゴルベーザ様が自ら異世界より召喚し、俺がここに来る前からあの方に仕えているというが……。
 セリナは日頃、ただ遊んでいるようにしか見えない。もちろん寵愛を受けているならそれも不思議なことではないのだが、彼女はそういう存在でもなさそうだった。
 ゴルベーザ様に対して時に不遜とも言える態度をとり、かと思えば誠意を尽くし忠実で、魔物であれ人間であれ捕虜であれ別け隔てなく接している。
 セリナを見ていると、遠く霞みゆく記憶の何かが色づき始める。彼女はまるでゴルベーザ様の“  ”みたいだ。
 それが何なのか、思い出せない。
「……」
「なに?」
 俺の視線に気づき、セリナは不審げに眉を寄せた。

「お前はどうしてここにいるんだ?」
「だってバルバリシア様からローザ禁止令出されちゃったんだもん」
「……は?」
「バルバリシア様に無断でローザと話しちゃダメ! だって。今日はバルバリシア様が出かけてるから、勝手にローザのとこ行けないんだよ」
 いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだ。
 今日なぜこの場所にいるのかではなく、もっと根本的に“どうしてゴルベーザ様の陣営に加わっているのか”を知りたかった。
 しかし彼女は勘違いしたままその話を続けている。
「ローザはもう他の男のものなんだから、私が仲良くしたってヤキモチ焼く必要ないのにね〜」
「生々しい表現をするな」
 セリナがふと哀れみをこめた目を向けてくる。……腹の立つやつだな。一体、お前が俺の何を知っているというんだ。

 退屈の虫が騒ぎ始めたらしく、セリナは饒舌になった。少し捻れば潰れてしまいそうなほど非力な存在のくせして、その口から出てくる言葉はやけに鋭い。
「思ってたんだけどローザってさ、セシルの話ばっかりだね。カインが敵にまわったっていうのにそっちの話まったくナシ。勝ち目ないよ、可哀想」
「……お前は俺に何か恨みでもあるのか?」
「べつに。カインってどっかセシルに勝てるとこあるのかな? って考えてただけ」
 ほとんど初対面に等しい人間にそこまで言われると、さすがに傷つくぞ。
 俺がセシルに勝っているところなどいくらでもある。だが、ローザはセシルを選んだ。それがすべてだ。他の何で勝っていようと俺にとっては意味がない。
 だから俺は、あいつを……。
「あー、カイン? ちょっとマジで落ち込まないでよ。退屈しのぎにからかってるだけ、間に受けなくていいから」
「……」
 ますます理解できない。なぜこいつが寵愛されているんだ?
 俺個人を見下しているだけならまだしもセリナは根っからこういう性格だ。相手が四天王でもゴルベーザ様でも、こんな風にからかうことがある。侍らせて楽しい従順な娘ではない。
 退屈すると人の迷惑お構いなしにまとわりついてくるし、かと言ってゴルベーザ様の目的のために尽力している気配もない。
 そうだ。セリナはゴルベーザ様の目的など、歯牙にもかけていないのだ。

――苦痛を与えてはならない。傷つけてはならない。
 セリナに関して厳命されたのはそれだった。そうまでして守り、そばに置きたがる理由がよく分からない。
 戦う力云々の問題ではなかった。彼女はゴルベーザ様の野望になど興味がなく、ゴルベーザ様の悲願を果たすのに彼女は必要ないんだ。
「最近、つまんないんだよねー。あんまり長くカインたちと遊んでたらバルバリシア様が怒るし、かといってみんな忙しそうで相手してくれないし」
 みんな忙しそう……か。こいつは知らないのだろうか。よく彼女を連れ出して構っていた土のスカルミリョーネや水のカイナッツォは、もういない。
 スカルミリョーネは試練の山でセシルに倒され、バロン城を守っていたカイナッツォも後に続くように敗れたと報告が入っている。
 その事実をセリナに知らせないことがゴルベーザ様のご意思なら、俺が伝えるわけにもいかない。尤も、ろくに関わりのなかった相手なので俺は彼らの死に思うところもないんだが。
 ……セリナはあいつらとも親しかったのだろう。俺にそうするのと同じように軽口を叩き、叱られては謝り、まるで……人間同士のように。もっと近しい関係であるかのように……共に日常を過ごしてきた。

 ああ、そうだ。必要があってのことではない、理由も意味もなくとも当たり前のようにそばにいる。あの方の野望も何も関係なく、ただあの方のために存在する。
 セリナはまるで、ゴルベーザ様の家族のようだ。
「……」
「なにその視線? ……なんか、ちょっとむかつく……」
 僅かな憐憫に気づかれてしまったようだ。鋭いのか鈍いのか、よく分からないやつだな。
「お前は普通の人間だろう。ゴルベーザ様の所業に反発を感じることはないのか?」
「そういう込み入った話、カインとはしたくないですぅ」
 吐き捨てるように言ってそっぽを向いた。どこに触れると機嫌を損ねるのか、さっぱり掴めん。
「……どこかに行きたいって思うことはたまにあるけど、ここを出て行きたいって思ったことはないよ」
「難しいな」
「簡単だよ。私、みんなが好き。だからここにいたい。理由なんかなくたってそうするの」
 分からない。彼女は人間で彼らは魔物なのに、本来ならば共にいるべくもない関係を、なぜ容易く踏み越えられるんだ?
 ここは自分の居場所ではないと思うことはないのか。帰りたいと願うことはないのか。
 決して相容れぬ深い溝を目の当たりにしながら、どうしてそこから遠ざかろうとしない。

 大体俺は、なぜこんなにもセリナのことが気にかかるのだろう。
「……俺には分からん」
「カインはカインだし、私は私だから、私の気持ちなんて分かんなくてもいいんじゃない?」
 押し寄せる未来をさらりと受け流しながら、素知らぬ顔で生きている。もしかしたらこいつは、芯から冷めた人間なのではないかと疑わしく思う。
 本当に“普通”の人間ならばゴルベーザ様に従うことなどできない。あの方の残虐さを、他人の不愉快な側面までもを受け入れられるのは、確固たる自分を持っているからこそだ。
 セリナはゴルベーザ様の闇に影響されない。惑わされない。染まることがない。何があっても彼女は彼女として変容しない。
 父のごとく母のごとく、彼女はゴルベーザ様の生を見守っている。決してそれ以上の存在にはならない。
「……分からんな」
 セリナは再び黙って遠くを見つめている。
 親しき者が揺らいでも己の在り方は変わらない。揺らぐことのない“自分”を知るその姿……向かい合っていると、どうしても考えてしまう。
 なぜ、俺はここにいるのか――。




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