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明日天気


 城下をぶらついていたら、見慣れない顔立ちの少女を見つけた。
 服装からするとバロン王国からの旅人みたいだが、顔の作りは微妙にエブラーナ風だ。もしかすると混血かもしれない。
 そこらの土産物屋で買ったとおぼしき観光客向けの派手な下駄は男物で、バロンの服にも幼い顔にも小柄な体にも不釣り合いなそれを道に飛ばして遊んでいる。
「こら、誰かに当たったら危ねえだろ」
 俺がそう声をかけると彼女は振り返り、何やらまじまじとこっちを見上げてきた。
 視線は俺の顔ではなく髪に注がれている。そして彼女は僅かに眉をひそめた。何なんだ? 俺の素性がバレたってわけじゃなさそうだが。

 足からすっぽぬけて飛んでいった下駄を拾ってやり、彼女に近づいてみる。まだほんの子供だな。旅人だとは思うんだが、連れはいないんだろうか。
「何してたんだ」
「天気占い」
 なんじゃそりゃ。天気と言われて空を見上げる。中途半端な曇天だった。今朝からずっと、雨が降りそうで降らない。
 気分がくさくさして出掛けてきたが、妙なのに出会っちまったな。
 俺が視線を下ろすと、彼女は下駄を履きなおして片足立ちになり、右足をゆらゆらと振ってみせる。
「こうやって足で下駄を飛ばして、表が出たら明日は晴れ。裏返しだったら雨」
「まじないか。聞いたことないけど、面白ェな」
「今日はなかなか表が出ないんだよねー」
 ……晴れが出るまで何度もやっちゃあ占いの意味がないんじゃないのか?

 細い足を振りあげる。人のいない方へ、放物線を描いて飛んだ下駄は横向きになって落ちた。
「また曇りだよ」
 下駄を飛ばした当人がつまらなそうに呟く。
「晴れじゃなきゃダメなのか?」
「その方が気持ちいいもん」
 まあ確かに、お天道様の見える空の方が俺も好きだけどな。空が青いと分かりやすく気分も晴れる。
「でもよ、これだって結構すごくねえか?」
 表なら晴れ、裏なら雨。それは単純な結果だが、下駄は一番細い部分を地につけて危ういバランスで立っているんだ。狙ってもなかなかできないだろ、これは。
「……能天気な考え方だね〜」
 悪いかよ。どうせなら前向きだと言って褒めてくれ。

「ところで嬢ちゃん、親はどうしたんだ?」
「嬢ちゃんって」
「なんで笑うんだよ」
「ごめん。親は……、いないけど保護者がいるから大丈夫」
「そうか?」
 辺りを見回してもそれらしいのは見当たらない。
「町の外で待ってるから」
「ふぅん……」
 危なっかしいな、一人の時になんかあったらどうすんだよ。見たところ丸腰だし、腕が立つようにも見えねえし……。この辺は治安もさほど良くないってのに。
 それに、こいつの妙に寂しそうな顔が気になる。ガキのくせに過去を悼んでるみたいだ。
 放って行けないじゃないか。この国で孤独を感じてる子供がいるなんてよ。

 始めは気まずそうにしていた彼女だが、俺が立ち去らずにいるとすぐに表情を和らげて話しかけてきた。
「……これ、やってみる?」
 差し出された下駄をじっと眺める。どうせやることもないし、もう少しここにいるのも面白そうだ。
「よっしゃ。俺が晴れにしてやるぜ」
 足に馴染んだ草履を脱いで、いそいそと履きかえる。隣で見守る彼女は楽しそうだ。なんとなく俺まで嬉しくなってきた。
「どりゃああああッ!」
 気合い充分で振り上げた足を離れ、空へ吸い込まれていく小さな影。ゆっくり宙を舞って、急速に落ちてきたそれは、向かいの茶屋の縁台を破壊した。
「あー、これは嵐だね……」
「明日じゃなくて、今からな……」
 店の主人が壮絶な笑みを浮かべてこっちに歩いてきた。その額に浮いた青筋がハッキリと見える。隣でこっそり後退ろうとしていた彼女の首っ玉をつかんで引き留める。
「ちょっと離してよ、壊したのはあなたでしょっ! 一人で怒られなよ!」
「お、お前の下駄だろ? 連帯責任ってやつだ」
 あの店の親父は顔見知りだ。俺が誰かもよく知ってる。知ったうえで、手加減なんぞしてくれない。
 やべえ。絶対おふくろにまで伝わるよな。いい歳してガキと遊んでぶん投げた下駄で民の家を破壊した、って。カッコ悪すぎるぜ。

 だらだらと冷や汗を垂らす俺を見上げて、彼女は悪びれもせず囁いた。
「……逃げちゃおうよ?」
「顔見られちまったからなぁ」
「今日逃げ切れたら、明日には嵐もおさまってるかもしれないじゃん」
 そう甘いもんじゃねえだろ。でもまあ、次に投げたら表が出るかもしれないしな? 明日に賭けるってのは悪いもんじゃねえか。
「確か、外に連れがいるって言ったな」
「お願いします」
「お願いされてやる!」
 腕を差し出すと、片足だけ下駄を引っかけた彼女が手を重ねてくる。その軽い体を担ぎあげて走り出した。
 背後から追いかけてくる怒号に二人して笑い声をあげながら。
 明日の天気なんか、明日にならなきゃ分からねえ。空が曇ってたって、気分までどんより合わせてやるこたぁないんだよな。




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