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狂宴狼狽


 その頬の赤さ、潤んだ瞳。覚束ない視線と頼りなく揺らぐ体は、一見すると発情しているようでもある。……手に酒瓶さえ持っていなければの話だが。
「誰だ、セリナに酒を飲ませたのは」
「……バルバリシア、が……」
 今まで一人でセリナの相手をしていたらしいカインが答えた。
 かなり疲労しているようだ。彼の中に僅かながら残っていたはずの、私の術に抵抗する意識の波が消えかけている。まあ、好都合ではある。
「それで、バルバリシアは?」
「逃げました……」
 逃げた? バルバリシアがセリナから、か?
 不可解だな。いつもならば私が止めてもなおセリナに追い縋っている彼女が何故に。
 ふと視線を感じて振り返ると、やけに嬉しそうなセリナが私を見上げていた。何かが妙だ。

「どうした?」
「あのね、カインはねぇー、独身のまま死にそうだよねー」
「……そ、そうか?」
 無礼なことを言われた男を見遣れば、怒るでもなくただぐったりと壁に寄り掛かっている。兜の下に見える顔は心なしか青白い。
 ……ずっとこの調子で絡まれていたようだな。なるほど、バルバリシアも逃げるはずだ。彼女が体調を崩していないことを願おう。
「あとさ、ゴルベーザもそんな感じだよね! 彼女できなそう!」
「…………」
 なぜ嬉しそうなんだ。私には恋人など必要ない。だから生涯独身であろうとも別段問題はない……と思いつつ、断言されると少しばかり悲しい。

 唐突にセリナが立ち上がった。何かを掴むように丸めた右手を口元に宛がい、空いた左手を挙げると高らかに宣言した。
「1番セリナ! カインの歌をうたいます!!」
「や、やめ……ろ……」
「夜ごと〜ぼくを〜苦しめるぅ〜」
「クッ……言うな……ッ」
「重なる〜、ふたつの〜影〜〜」
 思い当たることでもあったのか、苦悩の表情を浮かべたカインが床に突っ伏した。ほんの少しローザの記憶を消してやろうかと思ったのは事実だが、もちろん実行はしない。
 セリナは未だ機嫌よく歌い続けている。基本的には善良な娘だが、時折やけに他人を傷つけるのが上手い。私としてはそういったところも気に入っているのだが。
「セリナ、やめてやれ。カインが泣いている」
「泣きませんッ!!」
「ええ〜……」
 精神が弱りすぎて使い物にならなくなっても困るからな。

 歌の邪魔をされて不満そうに口を尖らせていたセリナだが、ふらふらとさまよわせた視線を私の前でぴたりと止めた。
「……」
「……」
 嫌な予感がする。
「じゃあ、次はゴルベーザの歌をむぐ」
 思わずセリナの口を塞いだ私をカインが鼻白んだ様子で見つめる。
「聞いてみないんですか、ゴルベーザ様」
「要らぬ」
 私まで巻き込まれたくない。様子を見に来るべきではなかったな。しかしここで去っては知らぬ間にどんなことを歌われるかも分かったものではない。
 セリナはなぜか、他者の欠点や弱点を見つけ出すのが本当に上手いのだ。
 それを暴いて責め立ててくるわけではないのだが、知られたくないものは知られたくない。

「んむー! むむむぅ」
 何かを訴えながらぺちぺちと間抜けな音を立てて腕を叩かれ、我に返って手を離した。苦しげに息をついてセリナが私を睨む。
「ひどいよゴルベーザ……そんな黒くて硬くてぶっといので無理やり私の口を塞ぐなんて……」
「ばっ、馬鹿者! 普通に言えんのか、人聞きの悪い」
「えーんゴルベーザの中の人がいじめるよぉ!」
 駄目だ。ただでさえ人間は苦手だというのに、酔っ払いの相手など私の手には余る。やはりここはカインに押しつけ……任せて私は立ち去ることにしよう。
 そう思ったのだが、続くセリナの言葉で足が縫い止められた。
「も〜〜、ゴルベーザなんか……大好き!」
 脈絡なく呟いたと同時に抱きつかれ、あからさまに動揺してしまった。勢い余って私の鎧に額をぶつけたセリナは頭を押さえて踞る。
 意識を読み取るまでもなく、カインの視線が『その程度でほだされるのはあまりにも安すぎないか』と訴えていた。
 放っておいてくれ。セリナの口からそんな言葉を聞かされたのは初めてなんだ、仕方なかろう。

 未だ踞っているセリナと動揺が鎮まらない私を交互に見遣り、カインはため息を吐いた。
「ゴルベーザ様、俺はもう部屋に戻っても構いませんか」
「……待て。その前に、酒を一本残らず処分しておけ。バルバリシアと協力してな」
「はっ」
 立ち去るカインをぼんやりと見つめながら、セリナが眠そうに目をこする。動き回ったせいで酒が回ったようだ。
「セリナ。眠るのなら部屋に戻ってからにしろ」
「んー」
「こら、ここで寝るな」
「……おとーさん……うるさい……」
「おと……!?」
 せめて……せめて兄にしてはもらえまいか……。
 ゆったりと眠りに落ちてゆくセリナを抱え上げる。覗いてみたい気持ちはありながら、彼女の心を見るのは怖かった。
 異世界より連れ出され、この世に一人きり。お前は私を恨んでいないか。酒に酔っていたにせよ、あの好意が真実であればよいのだが。
 私の腕に抱かれ無防備にすべてを預けたセリナは確かに娘のようであり、それを運ぶ私は父のように見えるかもしれなかった。
 偽りだとしても、家族を演じていれば、いつかは……この胸のうちに燻る何かも癒されるのではないかと思えてくる。




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