降下涼風
私は一ヵ所で大人しくしてられない性分なんだって、ここに来て初めて知った。向こうではそんなことなかったんだけどなぁ。
こっちの世界について、大雑把には知ってるけど実はよく知らなかったりもする。たとえば戦い方を知らない私が一人で出かけるのがどんなに危険か、とかそういうこと。
ちょっと家を出て遊んだり買い物したり、そんな当たり前で些細な行動さえ誰かに付き添ってもらわなくちゃ叶わないんだ。
大人しく部屋に籠ってろって言われるのも仕方ないとは思うけど、他の人が忙しそうに動き回ってるのに一人だけぼーっとしてるのは耐えられないんだもん。
それに黙ってそばにいるだけじゃ、ゴルベーザが私を呼んだ意味がないと思うんだ。私がここにいることに意味を持たせないと。
……だから、誰かに迷惑かけてでも私は“何か”をしてなくちゃいけない。
固有の名前を持たないモンスターは、まだ個体の見分けがつかない。そもそも本人たちがお互いを区別してなかったりもしてちょっと困る。
たとえばソーサルレディとレディガーダーは別人だけど、複数人いるはずのソーサルレディさんはみんな同一の精神を持ってるみたいなんだよね。
異体同心とでも言うのかな? 人間っぽい外見でもやっぱり異形の魔物なんだって実感する。
襲われないのをいいことに、とりあえず手当たり次第に話しかけて意思疎通をはかって、こんな風に皆の特徴を調べてる。
とにかくまずは権力値を上げとかなきゃね。ゴルベーザが後ろについてるんだから充分なのかもしれないけど、私がここで役に立てなかったらいつ捨てられるかも分かんないから。
いざって時が来ないように、『いなくてもいいけど、どっちかと言えばいた方がいいかも』ってくらいの存在にはなっておきたい。
バルバリシア様とその配下たちには大事にされてる実感があった。なんか方向性は間違ってる気がするけど、あれくらいのズレなら平気。
ルビカンテとカイナッツォは……たぶん、ゴルベーザ次第なんだろうなぁ。面倒見ろって言われてる限りはそこそこ相手してくれそう。
結局のところ、問題なのはあなたですよ。これっぽっちも打ち解けてくれない、そこのアンデッドのあなた。
「…………」
無言で不機嫌まるだしだったら関わるのを諦めるだろう、なーんて思ってるなら大間違いだよ。そんな程度じゃ挫けないんだから。
「スカルミリョーネ、あのさ、」
「断る」
「聞くだけ聞いてよ!」
聞いた後まともな理由で断るなら納得するから。
今からあれこれをするからお前の用事には付き合えない、そう言われたら諦めがつく。でも単に相手したくないって理由で避けられたら追いかけたくなるんだ。
「スカルミリョーネってあんまり人と話したことないでしょ」
「……」
私をあしらうのが下手くそだもん。距離の取り方が甘い。そんなだから付け入る隙ができちゃうんだよ。
そうやって、『話すことなんか無い』って言い返せずに苛々そっぽ向いてるだけじゃ、私みたいなのは意地になるだけなのにね。
「スカルミリョーネと一緒に、どっかに出かけたいなー」
一歩、踏み出してみる。近づいた分だけスカルミリョーネが遠ざかった。毒のせいで近寄れない。それをいいことに気を抜いてるとすぐ距離を取られる。
「気晴らし、したくない?」
「私の気鬱は貴様が原因なんだが」
「出かけたら気分転換になるって!」
「……聞いているのか? 貴様が煩わせなければ気分転換なぞ必要ないんだ」
うーん、聞いてない、聞こえない。そんなちっさい不満は無視無視。
今日はスカルミリョーネと出かけるって決めたもん。どうせ暇なのは分かってるんだからね。今のところスカルミリョーネに用事はないって、ゴルベーザに確認済みだし。
とりあえず私に背を向けっぱなしのスカルミリョーネに、こっちを向かせることから始める。
「連れてってくれないならまたゴルベーザに頼んじゃうけど」
「……ま、また? どういう意味だ」
案の定、スカルミリョーネは慌ててこっちを見てくれた。
「こないだ気晴らしに外へ連れてってもらったんだー」
帰り際に凹んでたのが気になるけど、なんだったんだろう。お尻でも強打したのかな。
私がゴルベーザと散歩に行ったと聞いて、驚きから立ち直ったスカルミリョーネが怒り始める。
「なんて事をしてるんだ貴様は! ただ役に立たないだけならともかくゴルベーザ様に迷惑をかけるな!!」
……だから、一言多いんだってば。こう見えて私もわりと繊細なんだよ? 役に立たない役に立たないって連呼されたら言い返したくなっちゃうじゃん。
大体、べつに強要したんじゃないもん。「退屈そうだな、セリナ」「うん。どっか行きたい」「では出かけるか」ってそれだけで散歩に連れてってくれたんだ。
一番えらい人が一番フットワーク軽いってどうなんだろう? でも、ゴルベーザと出かけるのも楽しかった。
「今日はカイナッツォも捕まらないし。スカルミリョーネが連れてってくれないならまたゴルベーザのとこに押しかけるよ」
「……」
「ゴルベーザに私を押しつけたくなければ早く私を外に連れてけー!」
「…………」
うわすごい、葛藤が目に見えるよ。私に関わりたくないー、でもゴルベーザ様に肩代わりさせるわけにはいかないー、って。
でも連れて出かけるだけでそんなにめんどくさいのかな? こうやってぐるぐる迷ってる方が無駄な時間だと思うけど。
こっちは散歩に出かけてそのまま捨てて帰られるかもってリスクを背負ってるんだよ、ちょっとは甘やかしてよ。
うんともすんとも言わないスカルミリョーネにため息を吐いて、私は踵を返す。
「あーあ。じゃあ分かった。ゴルベーザのとこ行ってくるね!」
「まっ、…………待て。私が付き添ってやる。どこに行きたいんだ」
いま一瞬、スカルミリョーネは私の腕を掴んだ。すぐに離れたけど、感触が残ってる。
「……何がおかしい」
「ううん、べつに! 地面の上ならどこでもいいよ」
「では少し待っていろ」
えっ、と思う間もなくスカルミリョーネが消えて、逃げられた? って悔しがる前に戻ってきた。早いなぁ。テレポってやっぱり便利。
そして押しつけるように手渡されたのは万能薬。毒対策だね。でも、いちいち毒にかかるたびにもらうのも面倒だよ。
「これ、備蓄があるなら袋ごと私が持ってちゃダメなのかな」
「……お前が持っていたら、遠慮なく近寄って来るだろうが」
「うん」
「私が管理する。……いつでも用意しているわけではないから、無駄に話しかけるなよ」
「えーー」
ホント、分かってないな。……そうやってうっかり殺さないようになんて気を使ってくれちゃうから、近寄っても大丈夫だって安心するんだよ。
心の底から私が嫌なら、もっと冷たくなって嫌われようとすればいいのにね。
両手を伸ばすとスカルミリョーネは仏頂面で抱え上げてくれた。なんだろう。結構恥ずかしい体勢なのに、あんまり気にならないや。
「今日のことはバルバリシアに言うな。また殺される……」
「仲悪いなぁ」
「当たり前だ」
いや、何がどうして当たり前なのかは分かんないけどね。
バルバリシア様だって別に誰彼構わず嫌って八つ当たりするわけじゃない。配下には優しく接してるし。
性格が合わないんじゃなくて、単にスカルミリョーネがそうやって邪険にするから拗ねてるだけじゃないかな。
ぐにゃっと景色が歪んで目眩がした。スカルミリョーネに抱えられたまま薬を飲む。苦味から逃げるように空を見上げると、遥か上空に塔のようなものが見えた。
「……ってここ、ゾットの真下じゃん!」
「地面の上ならどこでもいいと言っただろう」
そりゃ確かにそう言ったけどさ。言ったけど、もうちょっと気を利かせてよ。あまりにも雑すぎる。
お腹減ったーって言ってる人にカロリーメイトを投げつけるくらい雑だよ。
とはいえ外に出るのは気持ちがいい。スカルミリョーネの腕から降りて、体をおもいっきり伸ばしてみる。
塔の中だってすごく広いし、そんなに狭苦しいわけじゃない。気分的に窮屈ではあるけど……でもどうしてこんなに外へ出たくなるんだろ。自分でも分かんないや。
爽やかな風が吹いて、視界の端で髪が揺れた。あそこにいたくない、なんて思ってないのに、時々どうしてか息が苦しくなる。
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