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冥闇


 試練の山にはアンデッドが多い。それもパラディンを目指したが夢叶わず屍と成り果て、消滅を受け入れられず魔物と化した者たちだ。
 生ある者、試練を目指す者への恨みは強く、本能のままにセシルたちへと群がっていく。
 闇の力を行使する暗黒騎士には戦いにくい場所だが、セシルを前衛に立てて盾と成し、後方の魔道士が敵を駆逐する形で彼らは順調に山道を登り続けた。
 やはり厄介なのはあの魔道士だ。アンデッドは黒魔法の火も白魔法の聖も苦手としている。
 どうやらミシディアは本気でセシルをパラディンにするつもりのようだ。あの騎士の中に試練を打ち破り得る力を見出だしたのだろうか。

 じきに試練の祠へ辿り着く。奴らが通り過ぎたあとに残る焼き払われたアンデッドたちを復活させながら監視を続ける。
 魔道士が脅威なのは事実だが、それでも奴らを皆殺しにするのは難しいことではない。
 幾重にも取り囲み、昼夜を問わず攻め続ければいいだけだ。魔道士は簡単にアンデッドを倒せるが、私の部下はそれと同じだけ簡単に甦ることができる。
 聖を司る白魔法で倒されては復活できないが、見たところあの子供はホーリーを習得していないようだ。
 仮に聖魔法を持っていたとしても味方の回復で手一杯になり唱える余裕はないだろうが。
 ひたすらに数で押し続け、一時の休憩さえも与えなければ人間は弱る。魔道士の魔力が尽きれば一気に崩れ去るだろう。
 それでなくとも疲労や飢餓が心身を蝕む。たった三人、押し潰すなど造作もない。
 ああまったく、奴らを殺すなど簡単なことなのだ。にもかかわらずなぜ私が負けたのか、マコトが言うには「ゲームは主人公に有利なようにできてる」らしい。
 彼女の知る“物語”の中で、ゲームの駒である“私”は思考をしない。決められた通りに行動し、決められた通りに死んでゆく。
 腹立たしくはある。これは現実であり、私は如何にすれば勝てるか考えることができるのだ。勝利する気があるならば人間などに負けはしない。
 しかし……。あの男を殺すわけにはいかないのだ。

 祠に先回りをしてセシルたちを待った。
 そういえばマコトがルビカンテに「パラディンの試練、受けてみませんか?」と尋ねたのには笑わせてもらった。何も知らないくせに見事な精神攻撃をしたものだ。
 下手に怒りを発すれば自分の弱味がマコトにバレてしまうので、ルビカンテはひたすら黙って彼女を無視していた。
 マコトにしてみれば、白黒両魔を使いこなすルビカンテならば試練を乗り越えることができるのではと単純に思っただけの話だろう。
 しかしそれはルビカンテにとって触れてはならない過去に連なる。試練を受けてみるも何も……。
 あいつはかつて人間としてこの場所に立ち、驕り高ぶってパラディンの試練に挑み、己に敗れて命を落としたのだ。
 マコトはルビカンテが魔物と化した経緯を知らない。だからあいつの苦々しい表情にも気づいていなかった。
 もしあの場にカイナッツォがいたら、嬉々としてルビカンテの過去をマコトに教えたであろうことは想像に難くない。
 私はそこまでして嫌がらせをしたいとも思わんので黙っていたが。

 やがて奴らがやって来た。セシルが先頭に立ち敵を警戒しながら進んでくる。いつの間にか魔道士が一人増えていた。
 マコトが言うには最終局面にてゼムス様と戦う人間は五人。セシルとローザとカイン、そしてミストの召喚士とエブラーナの王子だ。
 それ以外の者は重要ではない。無論セシルが抱くであろうゴルベーザ様への恨みを蓄積しないためには生かすのが望ましい。
 嬲り殺そうと思えばできる、しかしそうはしない。私は気配を隠すことなく背後から近寄り、アンデッドたちに魔道士を急襲させた。
「むうっ!」
「敵か!?」
「気をつけい、他のアンデッドとは違うようじゃぞ!」
 すぐさま対応したのは老魔道士だ。襲いくるゾンビーを焼き払いつつセシルに強化魔法を唱えている。賢者か。なるほど、まともに戦うなら多少は苦戦しそうだ。
 まともな戦いなど、する気もないが。私はルビカンテとは違う。負けると分かっている戦いにわざわざ本気を出したりしない。
 ここに来た目的は……。
 先行していたセシルが後方に戻り、魔道士たちを庇うように立ちはだかった。
「ゴルベーザ様の邪魔立てはさせぬ」
「お前は、ゴルベーザの仲間か!」
「如何にも。ゴルベーザ四天王が一人、土のスカルミリョーネ……貴様らの、死の水先案内人だ……」
 禍々しい気を放つ黒い甲冑に身を包んだ騎士。ゴルベーザ様の弟。この男が存在しているからこそ、いずれあの方の精神が救われる。
 そんなことを聞かされては殺せるわけがない。

 闇を褥とするアンデッドには暗黒剣など効かぬ。しかしセシルの剣はどこか鈍い。闇を曇らせるもの、それは即ち光だ。
 セシルは既にその力に光を宿しかけている。元々暗黒騎士など向いていなかったのだろう。ミシディアはそれを見抜いてここへ導いたのか。
 魔道士どもを部下に任せ、セシルと剣を交わす。
 新たなアンデッドを生み出すたび私の中から闇の力は消えてゆく。セシルの暗黒剣は私の体を容易に切り裂いた。
「なぜ貴様は闇に呑まれんのだ……?」
「何っ!?」
「暗黒剣は精神を蝕む。負の力をどうやって御している?」
 弟にできて兄にできぬ道理もない。セシルが暗黒に呑まれぬのなら、ゴルベーザ様とてゼムスに抗う力を持っているはずだ。
 私の目的はそこにある。セシルの持つ力の源を、見極めたい。
 困惑を見せつつもセシルは律儀に私の問いかけに答えた。
「僕には……守るべき人がいる。仲間がいる限り、邪悪に屈したりしない!」
 眼前に迫る剣の対処に集中するあまり、背後から迫る炎に気づけなかった。
 ふと見渡せば大量に連れてきたアンデッドたちは既に焼き払われている。
「もうお前だけだぜ! 覚悟しやがれ!」
「パロム、いかなるときでも油断してはいけないと言われたでしょう!」
「う、うるせーな、分かってるよ!」
 やはり黒魔法の使い手が二人もいては分が悪いな。賢者が加わったお陰で、ミシディアの双子は余裕を持って攻撃と治癒に専念できる。

 闇の力を宿しながらも心に光を絶やさずにいられるのは、己を守ってくれる、そして己が守るべき仲間がいるから……か。
 精神のか弱い人間らしい話だ。理屈ではなく感情が奴らを踏み留まらせる。
「ゴルベーザ、様……」
 ならば、あの方はなぜ異世界へと逃げたのだろう。
 ゼムス様の思惑を挫くだけなら我々を切り捨てて与えられた使命を放棄すればよかったのに。セシルのように人間のもとへ行き、仲間を得ていれば……。
 なぜギリギリまで我らのもとに留まってくださったのか?
 セシルの剣と魔道士どもの魔法が迫っていたが、浮かびかけた答えに思考が鈍る。
 その刹那、視界を闇が覆った。
「ゴルベーザ!?」
 気づけば目の前にはゴルベーザ様が……いや、マコトが立っていた。

 冷気で魔法を粉砕し、鎧で剣を弾き飛ばす。……どうやら私は庇われたらしい。失態を晒してしまった。
「なぜ逃げない?」
「まだ戦えます」
「引き際だ」
 マコトがついてきているとは思わなかった。知っていればもう少し余裕をもってこの場を脱したのだが。
 急な難敵の出現にセシルの身が強張った。魔道士を背に庇い、疲労を払拭して全身に力を漲らせる。奴らに一瞥さえくれることもなくマコトは私を振り向いた。
「私は仲間を見捨てない。だからここにいるんだ」
 迂闊だった。ゴルベーザ様が精神支配の術に長けているのは分かりきっていたというのに、どうかしている。
 戦いながら私が何を考えていたのかマコトには筒抜けだっただろう。
 ゴルベーザ様が我らを仲間として認めてくださっていたからこそ、ゼムス様の思念に耐え続けながらも留まっておられたのではないか、などと……。

 マコトが背を向けているのをいいことに賢者が魔力を練り上げる。
 至近距離で解放するには強大すぎる魔法の気配を察知し、セシルが慌てて双子を庇った。
「ゴルベーザ! アンナの仇、今ここで討つ!!」
 面倒そうに振り返り、マコトはリフレクを唱えかけたが直前に思い止まって賢者にサイレスをかけた。
 おそらく跳ね返した魔法がセシルに当たることを恐れたのだろう。
「アンナが誰かは知らんが、私は私の邪魔になる者しか殺していない。貴様らとて私の大切なものを奪っているだろうが。怒りに目を眩ませて安易に人を憎むな。恥を知れ」
 素っ気なく言い捨てるとマコトは私を巻き込みテレポを唱えた。
「ま、待て……!」
「帰るぞ」
 追い縋るセシルの手が届く前にその姿は掻き消える。
 ……安易に人を憎むな、か。ゼムス様の憎悪に呑まれつつあったゴルベーザ様を救い出したのは、やはりマコトなのだな。
 ゴルベーザ様以外の人間など顧みるに値しないと思っているが、彼女だけは別だ。考えてみれば異世界の存在など魔物も同然ではないか。
 私は改めてマコトを仲間として認めることにした。彼女の望みを叶えよう。それがゴルベーザ様の助けになるならば。




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