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天真悪魔


 心を強く保てるならば、それで抗えない力があるなんて信じない。ましてそれが邪悪な意思なら、私は白魔道士だもの……決して屈するわけにはいかないわ。
 けれど事実として私の身は拘束されていて、血が滲むほど力を籠めてさえ腕を縛る鎖はびくともしなかった。
 何かの魔法障壁が私の魔力を封じていて、サイレスにかかっているわけでもないのに呪文を唱えることができない。……できないことだらけで、途方もない無力感に苛まれる。
 それよりもっと辛いのは、今この瞬間にもセシルに心配をかけているということ。
 早く脱出して、彼のところに戻らなくては。

 部屋の中は静まり返っていたけれど、いきなりドアの向こう側から怒鳴り声が聞こえた。もしかしたらという儚い期待は、思い描いたよりも高い声によって崩れ去る。
 響いてきたのはセシルの声ではなく、聞き覚えのない少女の声だった。
 荒々しくドアが開かれ、入ってきた少女は私の姿を見るなり背後を振り返る。
「いたいけな女の子を縛って何が楽しいのかな! ゴルベーザのばか。変態、鬼畜! 私はローザに話があるから、どっか行っててよ。あ、立ち聞き禁止だから!」
「セリナ、待っ……」
 追い縋る言葉を遮って、無情にもドアは閉じられる。そんなことありえないはずなのに、悲しげなため息が聞こえた気がした。
 ……今のは……ゴルベーザ? じゃ、ないわよね。同じ甲冑を纏った別人に違いないわ。だって、こんな少女に叱責されて引き下がるなんてあまりにも……。

 セリナと呼ばれていた少女はこちらに駆け寄ってきて、私の前で膝をつくと申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめんね。閉じ込めるにしても、せめて自由に動けるようにしてよって言ったんだけど、あのオッサン分からず屋なんだよ」
「……あなたは?」
「セリナです。一応ゴルベーザの配下で、人間。えっと、トイレとお風呂は私か……いなかったらルビカンテにでも言ってくれれば大丈夫だから!」
 なにが大丈夫なのか分からないわ。
 それ以前に、目の前の少女にどういう印象を抱いていいのかも分からない。
 今まで目にしたゴルベーザの配下たちは、私に対して過剰な敵愾心を剥き出しにするか、ただ無関心に通り過ぎるだけだった。
 彼女は違う。セリナは、私に好意的ですらあった。でも、なぜ?

「あなた……人間なの?」
「うん。操られてもいないよ」
 聞きたかったことをあちらから言われて戸惑った。
 どうして無邪気に笑えるのかしら。こんな場所には不似合いの笑顔に毒気を抜かれて、罠かもしれないなんて猜疑心も抱けない。
「どうしてこんなところにいるの? あなたみたいな女の子が、ゴルベーザの……仲間だなんて」
「うーん。まあ、配下としてできることは何もないんだけどね。いてくれって言われたから、ここにいるだけ」
「ゴルベーザがそう言ったの?」
「うん」
 いともあっさりとセリナが頷く。
 見る限りセリナは確かに魔力さえ持たない普通の少女。ゴルベーザは彼女を何に利用するつもりなのかしら。
 セリナはどうしてあの男に従っているの? 彼が何をしているか知ってるの? 家族はいないの?
 疑問は溢れ出てくるのに、あまりにも快活な彼女の笑顔を見ていると何も言えずに口を噤んでしまつ。

 力を持たない普通の人間で、私に好意的ではあっても、ゴルベーザの配下だというなら彼女は敵だわ。気を許してはいけない。
「あー、言われたって難しいだろうけど、あんまり不安にならないでね。危ない目には遭わないから。私も様子見にくるし、絶対それ、普段は外させるし」
 そう言って私に巻かれた鎖を指差した。……鎖を外す? 配下である彼女にそんな権限があるのかしら。

 人間の少女、ゴルベーザの仲間、妙に明るくて、どうやら表面上は私の味方にもなってくれる。短時間で得られた情報はそれだけ。
 味方だとはもちろん思えない。けれど敵と切り捨てるのも違う気がする。セリナは本当に、敵意がないんだもの。
 もしさっき見たように彼女がゴルベーザに対して強く出られる立場にあるなら……、私が逃げるのを手伝ってくれないかしら。
「ローザ、大丈夫?」
「……ええ。ごめんなさい、考え事してて……」
「うん。私、疑われたって怒らないから大丈夫だよ。あとね、さっきも言ったけど私にできることって少ないんだ。やるべきことも全然ないの。だから、」
 ピッと眼前に突き出された指に、思わず目が寄る。セリナはなんだか軽やかに宣言した。
「ローザになるべく不自由させない。気晴らしできるようにする。……あなたの世話が私の仕事! やることができた! ありがとう!」

 唖然とする私をよそに、ふわりと笑ったセリナは踵を返してドアの方に駆けて行く。そしてドアに手をかけようとしたところで振り返った。
「やっぱりまずその鎖が問題だよね。またすぐ来るから、ちょっと待ってて……うおっ!」
 言いながらドアを開け、さきほど閉め出されてからずっと部屋の外で待っていたらしいゴルベーザの甲冑にぶつかりそうになってセリナは硬直した。
「セリナ。……あまり勝手なことをするな」
 離れていてさえ体を這う威圧感に、冷や汗が流れた。彼女の勢いに押し流されていた危機感が戻ってくる。
 やっぱり駄目よ。彼女の行動がゴルベーザを怒らせたんだわ。私を守ろうとしたせいで。……私のせいで。
 誰かを盾にして、守られているだけでいるのは嫌なのに!

「ゴルベーザ、まだいたの? まあ丁度いいや。ローザのあれ、外してよ」
「再三に渡ってそれはできないと言ったであろう」
「逃げられて困るなら結界でも張ればいいじゃん。それとも縛るのが好きなの? このSMマニアめ!」
「何なんだそれは……」
「説明してほしいですか?」
「いや、遠慮しておく。結界のことは考えておこう。見張りをつけるならば鎖を外してもよい。だが、お前がここに頻繁に来るのは許さぬ」
「頻繁に来ちゃダメなら、たまにはいいの?」
「……駄目だ」
「ケチ! フーン。いいもん、勝手に来るもん」
「許さぬと言っている。閉じ込められたいのか?」
「私に嫌われたいならそうすれば?」
「本当にいいのだな」
「どうぞ! 私は、ゴルベーザがそんなことするわけないって信じてるもん!」
「………………たまに、だぞ。毎日は許さんからな」
「はいはい。じゃ、鎖外してね」
「今すぐには無理だ」
「じゃ、早くして。ローザが動けるようになるまで私もこの部屋出ないから」
「セリナ、我儘もいい加減に……!」
「はい、魔法の準備と見張りを呼びに行ってらっしゃ〜い」
「……くっ」

 ため息をついてトボトボと去って行く巨体を茫然と眺めながら、私はこれが夢なのか現実なのかも分からなくなっていた。
 セリナは『いてくれと言われたから、ここにいる』と言っていた。それが事実ならば、ゴルベーザの方が彼女の存在を望んでいるということ。
 彼女の方が主導権を握っていること。あの二人、あれじゃあ、まるで……セリナの方が主人みたいだわ。
「フフフ! 勝った!」
 嬉しそうにガッツポーズをとるセリナをじっと眺める。おそらく善良とは言えない性格なのだろうけれど、仲良くしておくべきかもしれない。
 いずれにせよ、彼女がそばについていてくれるなら身の安全は確保できそうだわ。




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